名草戸畔三社!名草戸畔の腹「杉尾神社」神武東征【和歌山シリーズ#和歌山市周辺シリーズ#和歌山紀北シリーズ#熊野九十九王子社】
和歌山県海南市に鎮座する杉尾神社は、地元で「おはらさん」と親しまれる名草戸畔伝説にまつわる古社です。創建は724年と伝えられ、主祭神は大山祇神(杉尾明神)と応神天皇(誉田別命)を祀ります。神武東征の際、名草戸畔が討たれ、その遺体が分断され埋葬されたという伝説が残ります。特に、胴体が埋められたとされる杉尾神社は、腹部の神様として信仰を集め、腹痛に悩む人々が御杓子を供えて祈願する風習が今も残っています。紀の川に流れ着いた大蛇の伝説や、浅野家に嫁いだ娘の腹痛を治したとされる逸話も有名です。「お腹痛けりゃ杉尾のお宮」と謳われる一方で、「腹の黒いのは治らない」というユニークな言い伝えも存在します。
日本書紀
紀伊国に迂回した時、天皇の兄・五瀬命が雄水門で雄叫びをあげられた後、
竈山の地で薨去される。次いで、名草邑で名草戸畔を誅する。
神武東征
神武東征で亡くなった名草戸畔の遺体は名草の住民によって頭、胴体、足の三つに分断され、頭は宇賀部神社、胴は杉尾神社、足は千種神社に埋葬されたとされています。
変更履歴
▼HP▼アクセス
和歌山県海南市阪井1858
▼祭神・本尊と脇時
杉尾明神(オオヤマツミ)
応神天皇ことホンダワケ
▼見どころ
→由緒・歴史
724年、勧請されたと伝えられている
杉尾明神が主祭神
伝説として、お腹の神様として今でも御杓子をお供え祈願している
由来
本NOTE冒頭の通り神武東征の話
紀の川の河口に1匹の大蛇が川岸に流れついた。玉をくわえ腹部に金色に光る杉織状になった輪があり、立派な足もあったと伝えられ、これぞ神の化身と小野田に頭部、杉尾神社に腹部、千種神社に足を埋め祀った
氏子中より浅野家に嫁いでいた娘があり、嫁ぎ行く前夜はげしい腹痛におそわれ、うわ言に「北の山に埋もれている古い器があるから、それにて亀の川の水を汲み神社に供えてほしい」言われた通りすると、不思議にも激痛がおさまり無事赤穂に嫁ぐことができた
「お腹痛けりゃ杉尾のお宮、腹のくろいのはなおりゃせぬ」
ただ「おはらさん」でも、腹の黒いのは治らないらしい・・・
→参道




→境内









→割拝殿/本殿



東本殿:大山祗神(杉尾大明神)
西本殿:誉田別命




→八坂神社

→摂社・末社「皇大神社/蔵皇神社/金刀比羅神社/厳島神社/秋葉神社/金本稲荷神社」


























▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
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