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通常非公開!国重文2体の仏像は寺より古い「西導寺/許波多神社」秦氏?天武天皇/坂上田村麻呂も祈願【京都宇治シリーズ/浄土宗寺院特別大公開】

 京都の10月は「浄土宗寺院特別大公開」があり、そこで京都ツウのみが知る寺や秘仏が公開されるのだが、この「西導寺」もその1つ。宇治市の寺は宇治市のイベントでも公開される時があり、2024年はこちらだった。(パンフレット
 「西導寺」近くに鎮座する「こはたじんじゃ」と少し距離のあるところに鎮座する「許波多神社」を紹介。そう、あまり聞いたことがない神社だが宇治市に2社あるので一気に書く。ちなみに「波多」から「秦氏」を妄想するのは私だけか?まずは場所の確認からどうぞ!

変更履歴

2025/07/07:初版


▼西導寺:京都府宇治市五ケ庄大林19

→歴史

  • 15世紀に前身となるお堂が作られ、17世紀初頭に寺院として成立した新しい寺

  • 1436年、「二階堂」(八角二階)という立派な庵室を建立したのが始まり

  • 1605年、円誉上人が再興

  • 1730年、現在の地に移転

  • 2月3日の節分会と8月21日の盂蘭盆法要の際に、国の重要文化財の2体が開帳される

  • 節分会では、10:00から大根炊き、13:30から収蔵庫の前で護摩木奉納があり、10:00~16:00頃まで収蔵庫が開放されるそうな

→境内

 表門を入ると、正面に本堂、左に庫裏、右に法然上人像、右奥に収蔵庫がある。地元の方でワイワイしている・・・。
 ちなみに駐車場は本堂裏の駐車場で、駐車番号がないところなら止めてよいとのこと。

→本堂

→宝物館

  • 観音菩薩像:秘仏として厨子中に安置されている観音菩薩像がある。足が長くスラっとした仏像で今は「金剛薩埵菩薩」とのこと。

  • 毘沙門天像@重文

    1. 平安時代後期の作で、像高103cmの桧材一木造り

    2. 右手を腰に当て、左手に戟をとる「鞍馬寺型毘沙門天」(鞍馬寺:私のNOTE)である

    3. 詳細は宇治市が発行した資料を参照ください。仏像の写真もあります。(https://www.city.uji.kyoto.jp/uploaded/attachment/11616.pdf

  • 三尺阿弥陀如来

  • 薬師如来像@重文

    1. 定朝様式の仏像で衣文が美しい

    2. 像高約80cmの坐像でヒノキの寄木造り

    3. 「南山城式薬師如来坐像(造語)」に通じる

  • 毘沙門天×2体

→メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼宇治の「許波多神社」

 『延喜式』には三座とある。『山城志』には五箇荘に一座、木幡に二座ありと記されている。社号の由来は、宇治市の川東、東宇治、伏見区桃山南口あたりの地名を「許波多」「木幡」「許の国(このくに)」と称していたそうで「波多神社」や「木幡神社」と号していたが、柳山の鎮座の故に後に「柳大明神」となり、近年今の名称になった。
 先に神様比べ

  • 宇治市五ケ庄古川:天忍穂耳尊、瓊々杵尊、神武天皇

  • 宇治市木幡東中 :天忍穂耳尊、天照大御神、天津日子根命

▼許波多神社:京都府宇治市五ヶ庄古川13

→由緒

  • 式内社であり、旧称は柳大明神

  • 祭神は天忍穂耳命

  • ニニギや神武天皇ことイワレビコ(神日本磐余彦尊)も祀られている

  • 645年、創建されたと伝える

  • 蘇我石川麻呂の奏上で皇祖の神霊を奉祀するため孝徳天皇が中臣鎌足に詔して当社を創建したと伝えられている

  • 「柳大明神」と呼ばれた時代がある

  • 江戸時代までは「柳神社」を正式の社名としていたようだ

  • 神仏分離令で神宮寺は廃寺になったようで、平安時代後期の作とされる馬頭天王・弁財天の神像を譲り受けているようだ

  • 社殿より続く東西2町の馬場道で競馬神事が行われていたと考えられる

  • 馬頭と競馬という話からか「競馬発祥の神社」とされ、戦勝祈願として、競馬ファンや競馬関係者からも信仰を集めているとか

  • 本殿には、鎌倉時代作とされる天忍穂耳命の神像が祀られている

→割拝殿・本殿@重文

 割拝殿の瓦には「柳大明神」時代の「柳」の字を見ることができる。本殿は室町時代に建立され国指定重要文化財

→メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼許波多神社:京都府宇治市木幡東中1番地

→由緒

  • 645年、皇極天皇が夢のお告げを受け、中臣鎌足に命じて社殿を造営させたと伝えられている

  • 壬申の乱を前に大海人皇子が大津宮から吉野に向かう際、社頭に柳の枝を挿して「我に天位を践まば、この柳、芽を出すべし」と戦勝を祈願した

  • 大海人皇子が即位すると柳の枝が芽を出したことから、天皇は霊験を賛えて「柳大明神」の名を贈り、社領を寄進した

  • 1875年、陸軍宇治火薬製造所の建設のために萬福寺(私のNOTE)周辺から移転

  • 1876年、御旅所だった現在地に遷座

  • 1908年、田中神社を合祀したため、祭神であった天照大御神、天津日子根命も祭神としている。

  • 境内には「狐塚」と呼ばれる宇治陵第36号墳墓があり、藤原基経の墓と伝えられている

→拝殿・本殿/田中神社

 左手に本殿で、右手に田中神社である。

→春日神社/天照皇大神宮/八幡宮社/愛宕神社/稲荷神社/市杵島神社

 社殿の左に「毘沙門天」と刻まれた石碑が建っている。

→メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記▼セットで行くところ

京都の宇治ブラリ&岡崎周辺でレアもの見仏【京都シリーズ/京都浄土宗特別開扉】京都左京⑰宇治②|やんまあ@旅行記



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