鞆の浦の医王寺から沼名前神社「明園寺/阿弥陀寺/南禅坊/法宣寺/静観寺/妙蓮寺/顕政寺/大観寺」【広島シリーズ/広島福知山シリーズ】
海運時代に人とモノが集まる場所だった鞆の浦。有名な円福寺、福禅寺、
淀姫神社、医王寺、沼名前神社、安国寺、小烏神社など以外もあるんですよね!!徒歩10分ぐらいで回れます。
福山観光の公式MAPもどうぞ!
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医王寺(私のNOTE)の坂を下ります。下るときに四組ぐらい上ってきました。しんどそう・・・。


▼明園寺:鞆町後地1352
鞆の浦の諸寺の中で、最大の檀家数を持つとも言われている
明治時代に、フランス人ボクサーとの異種格闘戦でも勝利した力士「鞆の平」もこの寺に眠っているとか
戦国時代末期の石山合戦では、当時の住職が備後門徒を集め、毛利軍と共に織田信長と戦ったことから僧兵もいたのかも







▼阿弥陀寺:鞆町1345
1565年、開創
「鞆の大仏」と呼ばれる丈六の阿弥陀如来坐像を安置する
17世紀初期には、広島藩の家老・大崎玄蕃の帰依を受け、大いに栄えたとか


▼南禅坊:鞆町1339
1573年から1592年、創建
江戸中期に現在地に移転
黄檗宗風味の鐘楼山門と本堂は、国の登録有形文化財
江戸時代を通して朝鮮通信使の宿舎として使われているようで、妙に納得
筝曲「春の海」で有名な宮城道雄の先祖墓がある






▼法宣寺:鞆町1194−3
1358年、日蓮宗の高僧・大覚大僧正が鞆の浦に上陸し、法華堂を建立したのがはじまり
大覚大僧正は後醍醐天皇の第三皇子でありながら出家した
日蓮宗きっての実力者であり、後光厳天皇の信任も厚かった大覚大僧正がこの地で説法を始めたことで、鞆の浦は一躍、西国法華布教の拠点となった
お堂は「大法華堂」と称されるようになる
今も昔も、三備(備前、備中、備後)日蓮宗の重要寺院である
江戸時代には朝鮮通信使の宿所にもなっている
江戸末期、法宣寺境内に加藤清正を祀るお堂があった
かつて、大覚大僧正植えたと伝わる国の天然記念物・黒松「天蓋マツ」があったが、1991年夏、六百歳ぐらいで枯死した



▼静観寺:鞆町1199
鞆の浦で最も古い
806年、最澄により創建したと伝えられている
当時は、7000坪の大敷地に七堂伽藍が建ち並んだ古刹だった
戦乱や火災によって、多くの文化財は焼失して復興せず・・・

住職が語っているので詳細は次のサイトをどうぞ。


▼妙蓮寺:広島県福山市鞆町後地
1596年から1614年に創建されたと伝えられている
福山藩主・水野勝俊からの庇護もあり、勝俊の位牌が伝わっている







▼顕政寺 大乗止観院:広島県福山市 鞆町後地1206−1

▼大観寺:広島県福山市鞆町後地1217−1
沼名前神社参道右ですね
1938年、増福寺・玉泉寺・地福院・宝嚴寺・常喜院の五ヶ寺を統合した寺院で、朝鮮通信使の上官の宿舎だったそうな
2014年に火災で消失したのでお堂は新しい

合併前の寺については他力本願で行きます。
▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記▼セットで行くところ
広島③◆福山市の神社仏閣/鞆の浦ブラリ(33年に一度の秘仏公開&福山の仏像集合)|やんまあ@旅行記
その他の旅行記は次を参照
広島の神社仏閣は次を参照。
▼仏像展
2024年:★秘仏公開★33年に1度「明王院」★仏像展★「ふくやまの仏さま-国宝明王院本堂本尊33年ぶり特別公開記念」
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