★秘仏公開★33年に1度「明王院」★仏像展★「ふくやまの仏さま-国宝明王院本堂本尊33年ぶり特別公開記念」
2024年11月1日から4日に広島県福山市の「明王院」で国宝の五重塔、国宝の本堂で秘仏公開!!
同時に「ふくやま美術館」で『ふくやまの仏さま-国宝明王院本堂本尊33年ぶり特別公開記念』開催!!
11月12日から明王院の仏像群が「ふくやま美術館」勢揃いだ!!
ということで通常は秘仏公開と仏像展を分けて書くが一気に書き上げました。
本NOTEは秘仏の感想です。寺の詳細は次のNOTE参照ですが、2025年に公開予定になっています。公開したら閲覧可能になります。
変更履歴
2024/11/08 動画追加(https://www.youtube.com/watch?v=YKfwboXmNZY)
2024/11/08:誤記修正
2024/11/06追記
▼HP
→明王院御開帳HP
参拝順路(PDF:1.15MB)
草戸大橋バス停からの道順(PDF:0.6MB)
臨時駐車場(PDF:1.13MB)
→仏像展
▼見仏記録
▽明王院
通常の寺と神社の駐車場は閉鎖。河川敷の臨時駐車場から寺へ。















参拝順(公式HP)は決まっています。五重塔→本堂→庫裡→護摩堂→書院の順での拝観で建物内は靴を脱ぐ。













→五重塔@国宝
御香を頂き順番に回廊より見仏。中尊・弥勒菩薩坐像で、脇侍は不動明王と愛染明王となっている。
てっきり、金剛界式大日如来と思っていたが、胎蔵界式だった。と思ったが、弥勒菩薩坐像でしたね。
脇侍は不動明王坐像・愛染明王坐像となっている
一木造りの玉眼である
三尊共に1300年代の南北朝時代のものだが、一木造は珍しい。理由は、鎌倉時代から大木がないので寄木造りが主流になった認識なので
愛染明王の切金模様が見どころであることから三尊も同じだったのだろうなと想像する
以下の写真のように順番に回っていく感じです。




→本堂@国宝:十一重文面漢音立像@重文
秘仏公開時の本堂をどうぞ!!



33年ぶりに開帳された秘仏・本尊・十一面観音立像。 十一面観音立像@重文は平安時代前期のもので、穏やかな顔で肉付きはよい観音様。どこか定朝様を意識していると感じた。
妻の感想は、顔が長谷寺式十一面観音に見えたらしい。たしかに右手に錫杖を持たせると、そう見えてくる。

本尊について箇条書きで説明。
厨子に安置されている33年に一度の秘仏
穏やかな顔と平安時代の奈良の仏像群相当の衣文などで内刳りなしの一木造り
下半身がどっしりしており、若干、右ひざを曲げているように見えた
細かなところで奈良・京都・滋賀にも安置されている仏像に感じるのは、海路の休憩所としてヒトやモノの行き来が多く、お金などがあったのかもしれない(今でも国道2号線が近くを通っていることからも陸路としてもすぐれていたのかも)
像高は149.2cmで総高は171.7cmのよう
右手は与願印で左は胸下で水瓶を持っている
衣文がエレガントで右足を少し前に出し足の親指が少し上向きで動き出そうとしている
細かいところまで意識しており重文なのも納得

→庫裡
御朱印・御守りは庫裡にて受付けしていた。庭園など堂内から外側はOKです!!






→護摩堂:不動明王三尊
階段を上る。本尊・不動明王立像となっている。

見張り役?案内役の方が教えてくれた写真スポット!テレビなどもここから撮るようです。


あっ・・仏像NOTEでした・・。
所謂、不動明王三尊です
中尊には不動明王立像で、脇侍には、向かって右に 矜羯羅童子、左に制吒迦童子
不動明王立像は巻髪で、辨髪を左耳に垂らし、右目見開きの左目細めるベーシックな良い不動明王で平安時代か?と思わせるが室町時代から江戸時代のもののよう
脇侍の矜羯羅童子・制吒迦童子は中尊とは時代は違うと見られている
矜羯羅童子・制吒迦童子も横から見ると基本に忠実だなと思う
→書院
不動明王立像をはじめとした明王院の仏像を間近に拝める。多くて覚えていない・・・。
やっぱ、この五重塔は国宝だなという美しさがある。



▽「ふくやまの仏さま-国宝明王院本堂本尊33年ぶり特別公開記念」
→仏像展説明
2024年は、国宝明王院本堂の本尊「十一面観音菩薩立像@重文」が33年に1度の御開帳を迎える特別な年。これを記念して鞆町安国寺「木造阿弥陀如来及び両脇侍立像@重文」など、福山市内に安置されている仏像・仏画・法具など約80件の宝物を展示。
前期:10月12日(土)~11月10日(日)
後期:11月12日(火)~12月15日(日):明王院の仏像たち集合
→広島県福山市の仏さま
古くから瀬戸内間の交通・流通の拠点のため、人や物が多く流れていた
古くから仏教文化が広がり270以上の寺院がある
本展では2024年時点で福山市の国の重要文化財全てが勢ぞろいした!!
→仏像
→ #吉備津神社 ( #東京国立博物館寄託 ) 狛犬@重文
本展のトップバッターです。通常は東京博物館に寄贈しているもので、本展だけに帰ってきたよう
3体あり、そのうち2体を展示
社殿に安置されていたようだが、色彩などは剝がれている
色彩は金と銀で造られたよう
→ #弘宗寺 釈迦如来坐像
室町時代の寄木造りで玉眼
耳たぶに穴が開き肩までビロ~ンと伸びている
釈迦は金持ちの裕福な家柄で解脱する前の菩薩時代は煌びやかな装飾や服着ているのだが、如来になると質素で宝冠なども外す
如来になるとピアスはしないのでピアス穴は塞がっているか小さくなっている気がするが、ここまで目立たせたのは珍しい気がする
顔が下向きに感じるので、大きさからも近場で拝む形をとっていると思う
→ #広島県立歴史博物館 阿弥陀如来坐像
平安時代後期の良い佇まいの阿弥陀如来坐像
小さな螺髪が奇麗に残り、結跏趺坐の坐像
印相は下品上生
ふっくら顔で優しい感じ
→ #安国寺 阿弥陀如来及び両脇侍立像@重文
ここだけ写真OKです!!
光背1つに三尊が!!しかも阿弥陀如来だ!!解説を読むと唯一の等身大クラスの「善光寺式阿弥陀如来」とのこと。善光寺式釈迦如来って三尺ぐらいのものが多いので、説明を読むまで善光寺式と気づかなかった。人によっては、快慶?って思う人もいるのではないか?しかし、脇侍の手が面白い!!


阿弥陀如来立像について
釈迦如来立像の印相が面白いなと思いつつ、脇侍の印相はもっと面白い
光背は3mもあるようで迫力がある
墨書より1274年の金宝寺の本尊だったことが分かっている
(詳細は割愛するが)金宝寺は足利家により安国寺に指定され、今に至る
善光寺式阿弥陀三尊でこの大きさは唯一無二なんだそうな。どういう経緯で造られたのかは分かりかねるが、それだけ金や人が色々と集まる場所だったのだろうなと思う。




高さ3メートル超す木造三尊【ふくやまの仏さま】㊤阿弥陀如来及び両脇侍立像 | 中国新聞デジタル
→ #安国寺 法燈国師坐像
前述の阿弥陀三尊の前に並んで釈迦堂に安置されている。本来は釈迦堂の北側にあった法堂の安置されていたが、火事で僧が抱きかかえて救ったようで、今の安置方法になったようだ。
法燈国師は信州生まれで、奈良・東大寺や鎌倉や京で修行して荘宋に留学した。
→ #地蔵院 十一面観音立像
口が半開きで前歯が見えている十一面観音立像ですね。妻が一番気に入った仏像です。ちなみに仏像には32相というお約束様式・形式がありまして、歯については次の2つがある。
四十歯相:仏様の歯は40本あり、真っ白で「清らかな働き」という意味を持つ
歯斉相:仏様の歯はみな等しく堅く密で、「清らかな心」という意味を持つ
この仏像は手の甲、足の甲がふっくらして赤ちゃんのようなものも32相から来ているのだろうと思った。
室町時代の玉眼で寄木造り
腰をくねらせて足を
じゃ館若干前に出す観音のベーシックな造りこの仏像は珍しい歯を見せる「歯吹仏」で、阿弥陀如来に多い作例
十一面観音の「歯吹仏」は、これ以外ないとしている
→ #蓮華寺 阿弥陀如来坐像及び両脇侍立像
保存状態が良い平安時代の阿弥陀如来坐像・観音菩薩像・勢至菩薩像の阿弥陀三尊ですね。って、脇侍は室町時代のようです。
→ #月光寺 薬師如来坐像ならびに両脇侍及び十二神将像
平安から江戸時代までの混合チーム薬師はまずは時代などを簡易説明する。
薬師如来坐像 平安時代後期
日光菩薩立像 江戸時代
月光菩薩立像 江戸時代
十二神将 鎌倉時代~室町時代
脇侍は十二神将が若いので、本尊は新しいかと思ったが平安時代なんだ・・。意外・・・。確かに本尊はファーストコンタクトで良い仏像だと思ったが金の残り方から新しいのだろうと思ってしまった。
▼今回参加した福山市の神社仏閣情報
私の詳細な神社仏閣ごとのNOTEは2025年に順次出します。
#吉備津神社
私のNOTEは次の通り。
#寒水寺
#明円寺 ( #明園寺 )
私のNOTEは次の通り。
#西楽寺
#弘宗寺
公式HP?:https://wa-qoo.com/hiroshima/koushuuji/
#西音寺
#福盛寺
#蓮乗院
#明王院
私のNOTEは次の通り。
#小松寺
#胎蔵寺
#宝田院
#月見山観音寺
#安国寺
私のNOTEは次の通り。
#地蔵院
私のNOTEは次の通り。
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#月光寺
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