源平ゆかりの古刹「須磨寺(上野山福祥寺)」平敦盛/弁慶/義経ゆかりの寺【兵庫シリーズ】
源平合戦「一ノ谷の戦い」の舞台として知られ、平敦盛ゆかりの寺として全国的に名高い古刹です。正式名称は「上野山福祥寺(須磨寺)」。境内には平敦盛ゆかりの「青葉の笛」や「敦盛首塚」、弁慶伝説が残る「弁慶の鐘」、義経ゆかりの「義経腰掛の松」など、源平ロマンを今に伝える史跡や寺宝が数多く残されています。古くから文人墨客も数多く訪れ、境内には句碑や歌碑が点在し、歴史と文化を感じながら散策を楽しめます。
変更履歴
2026/07/19:初版
▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時
公式HP:大本山 須磨寺
アクセス:〒654-0071 兵庫県神戸市須磨区須磨寺町4丁目6-8
本尊:聖観世音菩薩
駐車場は高速沿いのところにあります。

▼見どころ
→由緒
886年: 光孝天皇の勅命により、聞鏡(もんきょう)上人が上野山に「福祥寺(ふくしょうじ)」を建立し、海中より出現したとされる聖観世音菩薩を本尊として安置したのが始まりとされる。
1169年: 源頼政が寺領を寄進し、聖観世音菩薩や薬師如来を本尊として整備が進む。
1184年: 付近一帯で「一ノ谷の戦い」が勃発。当寺は源氏の大将・源義経の陣地となったと伝えられる。この戦いで平家方の若武者・平敦盛が熊谷直実に討たれ、後に境内へ敦盛の首塚が建立された。
1360年: 大火により、金堂、釈迦堂、鐘楼や多数の仏像、経典を焼失。
1368年: 焼失後の再建の最中、本堂内陣の宮殿(国指定重要文化財)が造営される。下層が唐様、上層が和様の折衷様という非常に珍しい建築様式を持つ。
1602年: 豊臣秀頼が片桐且元を奉行として本堂を再建・復興する。
1688年: 松尾芭蕉が参詣し、「須磨寺やふかぬ笛きく木下やみ」の名句を詠む。
1733年: 平敦盛の550回忌御開帳が行われ、境内や門前が大いに賑わう。
1900年代初期: 大正時代の一時期、孤独の俳人・尾崎放哉が堂守(どうもり)として大師堂に住み込む。
1995年: 阪神・淡路大震災により大きな被害を受けるが、その後、全国の信徒らの支援により見事に復興を遂げる。
須磨寺縁起
須磨寺略歴縁起(寺蔵)によれば、兵庫区和田岬の海中より出現し給える聖観世音菩薩像を安置するために、淳和天皇の勅命により、兵庫区会下山に、恵偈山北峰寺が建立された。
後に、仁和二年(AD886)に、光孝天皇の勅命により、聞鏡上人が現在の地に上野山福祥寺を建立し、北峰寺より聖観世音菩薩像を遷し、本尊としてお祀りしたのが、当山の開基と伝えられる。
南北朝時代から江戸時代にかけて歴代住職が書き継いだ、当山歴代(県指定文化財)によれば、本尊聖観世音は嘉応元年(AD1169)源頼政が安置したとある。
ところで、須磨寺の正式名称は「上野山福祥寺」ということをご存じだろうか。副住職の小池陽人さん(32)は「江戸時代ごろから、『須磨のお寺』という縁で『須磨寺』と呼ばれるようになった」と説明する。ところが通称名がすっかり浸透してしまい、地域住民も正式名にあまりなじみがないとか。
小池さんは「交番で『福祥寺を探している』とたずねてきた女性に、おまわりさんが『須磨寺で聞いてみて』とアドバイスした、という笑い話もあります」と目を細める。
阪神・淡路大震災では本堂などに大きな被害を受けた。境内には震災追悼碑があり、毎年1月17日には法要が営まれている。
ところで寺を歩くと、ユニークで愛らしい石仏や、音がなる仕掛けの石碑などの「おもろいもん」が点在する。敷居の高いイメージのあるお寺に、クスッと笑える置物があるその理由とは-。詳しくは、後日に紹介する。
→駐車場から境内へ
数年前にも訪れたが写真は無い・・。それはさておき、前回は近道から行ったのだが、2026年6月は行けないようになっていた・・。


駐車場からエレベータで下がる。お墓ゾーンになっており、本堂までの道のりが分かるようになっているので迷わず行ける。

青葉殿を左に行く。


→三重塔/五猿/親子地蔵
三重塔は大日如来を安置し四国八十八か所のお砂踏み霊場もある。


5匹の猿「五猿」。頭を撫でるとそれぞれ違った動きをしてくれます。「見ざる」「言わざる」「見てござる」「聞かざる」「怒らざる」と書かれた五猿には、仏様の教えが込められています。

朱塗りの三重塔は、境内で一際目を引く建物。地上からの高さは25メートルで、山の緑と赤の対比が美しさを際立たせています。

→本堂周辺へ



→神功皇后
須磨寺の歴史は平敦盛や源平合戦だけではない。その起源をたどると、はるか古代の神功皇后伝説へと行き着く。須磨の海に沈められた聖観音が数百年後に姿を現し、聞鏡上人によって祀られたという縁起は、海とともに生きてきた須磨の人々の祈りを今に伝えている。

寺伝によれば、神功皇后が西国へ向かう途中、須磨の浦に立ち寄った際に海中へ聖観音像を安置したと伝えられています。
その後、長い年月を経て、漁師の網に観音像が掛かり聞鏡上人がこれを祀ったことが須磨寺創建の起源になったとされています。
つまり、神功皇后 → 海中に観音像を安置 → 漁師が発見 → 聞鏡上人が須磨寺を創建という流れです。
→塔頭も残る

→山門(唐門)




→本堂
現在の本堂は1602年に豊臣秀頼によって再建されたもので、内陣にある宮殿は1368年の建造と伝えられる重要文化財です。




ご本尊は聖観世音菩薩、脇侍は毘沙門天と不動明王となっている。
本尊は、漁師が海中より引き上げた聖観世音菩薩像を安置するため、聞鏡上人が上野山福祥寺を建立し、北峰寺より聖観世音菩薩像を遷したのが始まりと伝えられている。ただ、現在の本尊は1169年に源頼政が安置したものだという。


→護摩堂
写真を撮り忘れましたが、本堂右には護摩堂がある。その横には庭園となっている。
本堂右手には役行者像が安置されている護摩堂が建っています。護摩堂の中尊には不動明王、左に摩利支天、右に役行者となっています。



→鐘楼「弁慶の鐘」

須磨寺の鐘楼に掛かる「弁慶の鐘」は、源義経の家臣・武蔵坊弁慶にまつわる伝説で知られる名鐘です。一ノ谷の戦いの後、弁慶がこの鐘を気に入り持ち去ろうとしましたが、鐘が「イノー(帰りたい)」と鳴いたため怒って投げ捨てたと伝えられています。現在も鐘には引きずった跡や傷が残るとされ、敦盛ゆかりの史跡とともに、源平ロマンを今に伝える須磨寺の見どころとなっています。

→鐘楼周辺


→境内ブラリ


→大師堂

→義経腰掛の松/敦盛首洗池
大師堂と八角堂の間には、源義経が腰かけたと伝わる「義経腰掛の松」があります。してその前には、熊谷直実が敦盛の首を洗ったとされる「敦盛首洗池」があります。

敦盛公首洗池(あつもりこうくびあらいいけ):
熊谷直実が一ノ谷の戦いで討ち取った平敦盛の首を洗ったと伝えられる池です。近くには敦盛の首塚(五輪塔)も残されています。
義経腰掛の松(よしつねこしかけのまつ):
源義経が敦盛の首実検をした際、腰を掛けたとされる松(現在は子孫の松)です。
→八角堂(経木供養所)
須磨寺の八角堂(経木供養所)は、先祖供養や水子供養のために設けられた祈りの場です。八角形の美しい建物は、かつての納骨堂を建て替えて2017年に完成しました。堂内では、戒名や俗名を書いた経木を納めて追善供養を行うことができ、静寂に包まれた空間で故人や先祖に思いを寄せることができます。歴史ある須磨寺の中で、現代の信仰を支える大切な供養の場となっています。

→弁財天/五智如来/
八角堂(経木供養所)の左手へ進むと、須磨寺境内に祀られる弁財天女は、七福神の一柱として財福や芸能、学問を司る神です。その起源はインドの水の女神サラスヴァティーにあり、日本では琵琶を持つ優美な姿で知られています。




密教の世界観を象徴する五智如来の石像群が並びます。中央の大日如来を中心に、阿閦如来・宝生如来・阿弥陀如来・不空成就如来の五尊が配置され、それぞれが大日如来の智慧を表しています。真言宗寺院らしい荘厳な空間で、密教の教えを視覚的に感じることができます。

→出世稲荷
立身出世や商売繁盛のご利益で知られる須磨寺の人気スポットです。寺伝では平清盛が篤く信仰したと伝わり、源平ゆかりの古刹ならではの歴史を感じさせます。


→敦盛塚(首塚)
若武者・平敦盛を供養する塚。『平家物語』や能『敦盛』の世界を感じられます。




→役行者


▽神戸「須磨寺」源平ゆかりの名刹を僧侶が案内する特別プラン −須磨琴の演奏体験付き−
▼メディア情報
小池副住職:「須磨寺は、多面的なお寺です。仏教の教えを伝える信仰の場、歴史的な史跡が数多く残る場、文化や伝統を伝えゆく場、そして面白いものにもたくさん出会える場です。また、桜や紅葉など、四季折々の自然の美しさを味わえる場所でもあります。ぜひお参りにいらしてください」
須磨寺は、歴史と格式あるお寺でありながら、小池副住職始め、気軽にお坊さんに話しかけることもできる「親しみやすい」お寺です。神戸観光の際は、ぜひ須磨寺をお訪ねください。
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記
◆兵庫神戸②◆須磨水族園!2020年4月から再整備!2024年リニューアル! - じゃらん旅行記
◆兵庫東⑧神戸②◆須磨シーワールドと部屋で金泉有馬温泉!西宮・尼崎・神戸のパワスポを巡る旅 秀吉の足跡|やんまあ@旅行記
兵庫の旅行記
▼セットで行くところ
▼仏像展
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