三井家×井村屋製菓×伊勢神宮「御厨神社/三囲稲荷」快慶作!京都から流れた仏像「安楽寺/清光寺」#松阪シリーズ#三重北シリーズ】
快慶作の仏像、京都から流れた美仏がある場所へ!!ふらっと寄った「御厨神社」の三囲稲荷神社に豪商・三井家の神社を見っけ!?あとね、井村屋製菓の神社が・・・。井村屋製菓の開業は松阪市であるようで、本社にここから勧請したとか、そして、毎年5月の例祭にも出席されるのだとか。
最後に、本居宣長は、氏神である御厨神社に「古事記伝」全44巻を奉納している。
お先に、兵庫県明石市の「御厨神社」はこちら。
変更履歴
2025/05/06:初版
▼清光寺:三重県松阪市中町2023
蒲生氏やその家臣の菩提寺として栄えた
※蒲生といえば滋賀ですね(「やんまあ 蒲生」の新着の記事一覧|note ――つくる、つながる、とどける。)749年頃、行基が創建したとする
知恩院の末寺で、松阪城を建設した武将・蒲生氏郷の菩提寺
1588年、松坂築城に伴い、日野町の一画に移る
1690年、お堂が全焼して、翌年に現在地に移転
明治時代にも火災に遭い、本尊及び脇侍はそのとき京都からもたらされたそうだ
1691年、現在地に移る
1910年、本堂など再興
阿弥陀如来坐像@重文と脇侍は、京都から移されたもの
阿弥陀如来坐像は鎌倉初期の作の重要文化財
像高87cm、檜材、寄木造、漆箔像
来迎印で、肉髻、地髪ともに高く、螺髪は細かい
肉髻相(水晶)、白毫も持つ
穏やかな相貌で、平安時代から鎌倉時代へと移行する過渡期の作と見られる
阿弥陀三尊であり脇侍の観音菩薩は蓮台を両手で捧げ、勢至菩薩は未敷蓮華を捧じている
→メディア情報
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▼御厨神社:三重県松阪市本町2304
御(神の)厨(台所)を意味し、食材を集めて伊勢神宮に奉納されていたようだ
御厨神社の御厨牛頭天王祠は伊勢内宮の神饌を用意する所
勅使参向の時にはここで旅の安全を祈願したとも伝える
戦国時代に廃絶したようだが
646年頃、神宮の御厨所として 飯高郡下ツ牧に創建されたと伝えられている
1584年、 蒲生氏郷が四五百森に松坂城を築城のとき、城郭の大手先に奉遷
1620年、紀州藩主・徳川頼宣家臣の初代松阪代官・長野九左衛門が城の鬼門として現在地に遷宮
1780年、本居宣長は万葉仮名で歌3首を奉納
1798年、代表作でもある「古事記伝」を奉納
1850年、「境内殺生禁断」の石標を献納し、毎年正月には城門において獅子舞を奉納
1869年、明治天皇神宮御参拝で御駐車されている
境内にある三圍稲荷神社はウマノミタマを祭神として、豪商三井家祖先の祈願社であずきバーの井村屋の神社もある
1908年、八幡神社、奥津彦神社、市岐島姫神社を合祀したよう
祭神はスサノオ
その他の祭神から合祀した歴史があるようだ
加夫呂岐命、火産霊命、木花之開耶姫命、大山祇命、奥津彦命、奥津姫命、応神天皇、宇迦之御魂命、市岐島姫命
→境内



→拝殿・本殿
扁額は1785年に本居宣長が伊勢神宮の神官・荒木田經雅に依頼したものらしい。ほお~知っていないと分からないでしょうね。







→高春稲荷神社/三圍稲荷神社
後述。
→大山祇神社/猿田彦神社
松阪市にある旧長谷川治郎兵衛家の守り神。長谷川家は松阪を代表する豪商であり、松阪木綿で成功をした。



→メディア情報
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|→井村屋製菓の守り神「高春稲荷神社」御厨神社境内
あずきバーでお馴染みの井村屋製菓の守り神
こちらの分霊を井村屋の本社に勧請している




|→三井家「三圍稲荷神社(三囲稲荷神社)」御厨神社境内
「みめぐり・いなり・じんじゃ」と読む
御祭神はウカノミタマ
江戸時代、松阪に生まれた商人三井高利は店先売などの斬新な商法を用い、三井グループの基礎を築いた人物で、三井家の祈願社
松阪三井家の屋敷神として祀られていた三囲神社が御厨神社境内に遷座している
東京・三囲神社(私のNOTE)の分霊が祀られ松阪の三井家の下屋敷から移された
ここにも東京・三囲神社と同じように宝井其角の句碑がある





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▼安楽寺:三重県松阪市井村町5−1
『◆三重⑦抜粋◆三重の国宝・重文・秘仏集合!MieMu 三重県総合博物館「第25回企画展・開館5周年記念特別展 三重の仏像~白鳳仏から円空まで~」』で見仏済み。
■快慶作を持つ安楽寺とは?■
三重県松阪市・安楽寺の「阿弥陀如来立像」は快慶作という噂がある。2017年4月の奈良国立博物館編『特別展 快慶―日本人を魅了した仏のかたち―』に「未出陳快慶作品」として記されたのが初出だったと認識している。
その足銘の写真から「巧匠法眼快慶」と判読できると記載されている。今回、見仏したがたぶん、快慶工房には間違いないく、快慶と言われても納得はできる。墨書の写真から確かに「功匠 法眼快慶」と文字が浮かび上がって来そうな気がした(笑)。次に「地蔵菩薩立像」は快慶作ではなく、よくて快慶工房という感じだ。顔の頬に違和感を感じる。顔を見ると運慶工房かもと思ったが、衣の長さが地面すれすれで、頭が丸いので運慶派ではない気もする。(理由は大報恩寺の十大弟子で言うと、衣が長く&頭が丸いのが快慶工房、衣が短く歩きやすく&頭が凸凹なのが運慶工房であることは分かっている。by東京国立博物館「大報恩寺展」より)。若干、藤田美術館の地蔵菩薩立像を思い出すと快慶かもと思わせるが。。最後にこの地蔵菩薩は奈良・眉間寺にあったことが墨書よりわかっているそうだ。この眉間寺は奈良の東大寺に属する寺で、今はもうない。また、この地域は、東大寺領だったことからも慶派の誰かが作ったのは確かだと思う。
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三重県松阪市・安楽寺の「阿弥陀如来立像」は快慶作という噂がある。2017年4月の奈良国立博物館編『特別展 快慶―日本人を魅了した仏のかたち―』に「未出陳快慶作品」として記されたのが初出だったと認識している。その足?銘の写真から「巧匠法眼快慶」と判読できると記載されている。今回、見仏したがたぶん、快慶工房には間違いないく、快慶と言われても納得はできる。墨書の写真から確かに「功匠 法眼快慶」と文字が浮かび上がって来そうな気がした(笑)。次に「地蔵菩薩立像」は快慶作ではなく、よくて快慶工房という感じだ。顔の頬に違和感を感じる。顔を見ると運慶工房かもと思ったが、衣の長さが地面すれすれで、頭が丸いので運慶派ではない気もする。(理由は大報恩寺の十大弟子で言うと、衣が長く&頭が丸いのが快慶工房、衣が短く歩きやすく&頭が凸凹なのが運慶工房であることは分かっている。by東京国立博物館「大報恩寺展」より)。若干、藤田美術館の地蔵菩薩立像を思い出すと快慶かもと思わせるが。。最後にこの地蔵菩薩は奈良・眉間寺にあったことが墨書よりわかっているそうだ。この眉間寺は奈良の東大寺に属する寺で、今はもうない。また、この地域は、東大寺領だったことからも慶派の誰かが作ったのは確かだと思う。
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06-1.三重|やんまあ|note
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◆三重⑦抜粋◆三重の国宝・重文・秘仏集合!MieMu 三重県総合博物館『第25回企画展・開館5周年記念特別展 三重の仏像~白鳳仏から円空まで~』
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