貴族の里・日野に生まれた親鸞「日野誕生院」誕生地を巡り分かれた二つの本願寺【京都伏見シリーズ/京都伏見・山科シリーズ】
この日野エリアは平安時代に貴族の別荘地として栄え、辺りは日野氏の本拠地である。親鸞聖人は1173年に、この辺りで生まれた。親鸞は日野富子(足利義政の正室)などで知られる藤原北家日野流の貴族出身。9歳の時に父が殺害され、伯父の日野範綱に伴われて青蓮院門跡に入寺し、慈円僧正(九条兼実の弟)のもとで得度しています。私の中では太子信仰を広め、苦しい法隆寺の経営状態を復活させた人物でもあるとの認識です。
浄土真宗の宗祖・親鸞聖人の生誕地として知られ、西本願寺(浄土真宗本願寺派)の飛地境内となっている特別な聖域です。って、地図で確認しましたが飛び過ぎでは・・・。
さて、喧嘩別れした西本願寺と東本願寺だが、この寺を巡っても意見が分かれている。西本願寺は誕生地とするが、親鸞聖人ゆかりの地、例えば晩年のお住い、荼毘に付された地などは複数の説があり、互いに否定しあっている。日野誕生院は単なる誕生地ではなく、東西本願寺という二つの巨大教団が、それぞれの「親鸞像」を投影する鏡なのである。
実際の生まれた地は隣の真言宗醍醐派別格本山の法界寺で、今の誕生院保育園に「産湯の井戸」と聖人のへその緒を納めた「胞衣塚(えなづか)」がある。
変更履歴
2026/05/17:初版
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アクセス:〒601-1417 京都府京都市伏見区日野西大道町43
本尊:阿弥陀如来立像
少し昔のネット情報では、寺の前がバス停のようになっていましたが、2026年は無くなっていたようですね。参拝駐車場になっています。
▼見どころ
→由緒/歴史
1173年: 藤原氏の流れをくむ日野有範(ひのありのり)の長男として、親鸞聖人がこの地(日野の里)で誕生する。
有範は皇太后の大進という役職にあったとされ、母親は、清和源氏の八幡太郎義家の孫娘の吉光女であったと伝えられている。
1181年: 親鸞聖人が9歳で伯父の日野範綱に伴われ、京都・慈円のもとで出家・得度する。
1800年代初期: 西本願寺第19代本如上人が、親鸞聖人の誕生地を確定させるための調査を命じる。
1828年: 第20代広如上人が親鸞聖人の誕生を顕彰し、法界寺の境内に「有範堂(または宝物堂)」を建立。これが日野誕生院の直接の始まりとされる。
法界寺は『国宝の阿弥陀堂&阿弥陀如来「法界寺」は日本指折りの平安阿弥陀!!』参照です。
1878年: 第21代明如上人がこの堂宇を「日野別堂」と改称し、さらに整備を進める。
1880年:明如によって、西本願寺の飛地境内地として『日野別堂誕生院』となった。
1923年: 親鸞聖人の立教開宗700年を記念して、大がかりな改築計画が始動する。
1931年: 現在の壮麗な本堂が完成し、名称を「日野誕生院」と改めて落成する。
1948年: 隣接地に「日野幼稚園」を開園(現在は認定こども園)。地域の子育てと教化の拠点となる。
日野氏
藤原内麻呂の子の真夏の孫にあたる家宗が、822年、伝領地である山城国宇治郡日野に法界寺を建立して薬師如来の小像を祀った。その後代々この薬師如来を信仰し、1051年、子孫の資業があらためて薬師堂を建立し、別名を日野薬師とも称した。これがその後資業を始祖とする門流の氏寺となり、名字も日野と名乗るようになった。
→境内へ


境内には大きなケヤキが向かい入れてくれる。本当にデカイ!!


クマハチゾーンですね。藤原氏繋がりなので藤があるのでしょうか??

→回廊/本堂

現在の本堂は親鸞の誕生の地を記念して1931年に建立された。

建築様式は平安時代初期の手法によっており、従来の真宗寺院の形態とは大きく趣を異にしている。本堂前庭には三方に回廊をめぐらし、中央に金灯籠をすえ、七間ある本堂前面の中央三間は巻戸、両脇は蔀戸としている。回廊が厳かな雰囲気を醸し出している。



本堂内には、本尊・阿弥陀如来を黒塗の厨子に安置し、右脇壇には宗祖の御影、左脇壇に勝如上人の御影。左余間には、父・有範卿坐像を安置している。内陣は折上組入天井で、外陣に相当する両側は襖で区切られ香房の用をなしている。また厨子その他の調度仏具類もみな時代相応の古風によってい
る。

本尊は浄土真宗なので「阿弥陀如来立像」ですね。本尊の他に親鸞の御影像や親鸞の父・日野有範坐像も安置されています。

親鸞の父・日野有範坐像です。



親鸞の御影像です。親鸞幼童のようですね。

回廊が素晴らしい!!



中門内にある「本堂」は、左右の回廊式の建物で、藤原時代様式の建物を再現している。回廊建築は、親鸞の時代の建築様式だったという。四柱造、本瓦葺。



本堂回廊内の前庭は、白砂で描かれた幾重もの同心円の砂紋が広がる。


→境内にある「親鸞聖人童形の像」
「範宴(はんねん)」と名乗っていた幼少期(9歳頃)の親鸞聖人の姿を写した銅像が立っています。出家を決意した際の凛々しい姿です。また、境内にある石碑は、親鸞が得度する際に詠んだ和歌です。

幼名は「松若丸」で、9歳で青蓮院で出家。その際に詠んだという「明日ありと 思う心のあだ桜 夜半(よわ)に嵐の 吹かぬものかは」の和歌は、境内にも石碑が立ち、同じものが青蓮院にもあります。

親鸞
平安時代後期-鎌倉時代中期の僧・親鸞
法名は範宴、綽空、善信、諡は見真大師
京都の日野(伏見区)、現在の法界寺、日野誕生院付近に生まれた
父は藤原北家の流れをくむ日野有範で、母は源氏の出身
幼くして両親を失う
1181年、叔父・日野範綱に連れられ、1181年、9歳で青蓮院・慈円のもとで出家得度し範宴(はんねん)と称した
以後、比叡山横川首楞厳院の堂僧として20年間修行を続けた
東塔無動寺谷の大乗院で修業する
1201年、29歳の時、比叡山を下り、六角堂に参籠、師・源空(法然)の導きにより、浄土教に帰依した
1204年、法然が定めた「七箇条制誡」弟子のひとりとして連署する
1205年、法然は『選択本願念仏集』の書写、法然肖像を描くことを許す
1207年、承元(じょうげん)の法難により、専修念仏停止にともない、35歳で越後に流罪になり、僧籍剥奪される
1211年、赦免され、1214年、42歳で妻・恵信尼、子らとともに関東での布教を行った
晩年、1235年頃恵信尼らと別れ、末娘・覚信尼と京都に戻る
1256年長男・善鸞を義絶した。弟・尋有の善法坊で亡くなったという。浄土真宗の祖。90歳。
浄土真宗の教義が体系化された6巻からなる『教行信証』(1224)などを著した
この年に立教開宗し、「非僧非俗」を宣言した
罪深い身である者は、阿弥陀仏の本願力を信じ、念仏を唱えることが基本であるとした。絶対他力の自然法爾、悪人こそが本願により救われるという悪人正機を唱えた
▽西本願寺と東本願寺の「聖地の解釈権」
西本願寺と東本願寺の分立を、単なる本願寺の東西分裂や「喧嘩別れ」といった通俗的理解で終わらせるのは不十分である。
そこには、宗祖・親鸞をめぐる「聖地の解釈権」=どこを中心とするかという、教団アイデンティティの問題が横たわっている。
その象徴が、親鸞誕生の地とされる日野誕生院である。
|-「正統性」を可視化する西本願寺:場所の集約
西本願寺(本願寺派)は、歴史的に
特定の場所を軸に教団の正統性を可視化する傾向が強い。
日野誕生院の直轄化
親鸞の「誕生」という物語の起点を押さえ、飛地境内として整備することで、宗祖の出発点を明確に提示する「本願寺」という中心の確立
豊臣秀吉の寄進による現在地を基盤に、組織と空間を一体化させた「中心」を構築
これは、単なる土地の所有ではなく、 歴史・血脈・空間を一体化させた“見える正統性”の構築である。
|-多層的伝承を抱える東本願寺:記憶のネットワーク
一方、東本願寺(真宗大谷派)もまた強固な聖地を有しつつ、複数の伝承や信仰の場を重層的に抱える性格を持つ。
入滅・荼毘地の複数伝承
親鸞の最期をめぐる場所は一つに固定されず、各地に伝承が残る門徒ネットワークの重視
特定の一点に収斂させるよりも、各地の信仰と結びついた「記憶の広がり」を内包する
これは「曖昧さ」というより、教団を面的に支える“信仰のネットワーク構造”とも言える。
|-教団アイデンティティの衝突としての「地図」
この違いは、どちらが正しいかという問題ではない。
西本願寺:「起点」を明確化し、中心から秩序を構築するモデル
東本願寺:「広がり」を包摂し、多層的に信仰を支えるモデル
同じ親鸞という存在を仰ぎながらも、どこを中心と見なすか=聖地の地図の描き方が異なるのである。
▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼仏像展
★仏像展★親鸞聖人御誕生850年「真宗と聖徳太子」立教開宗800年記念 春季特別展|やんまあ
★仏像展★親鸞聖人御誕生850年!京都国立博物館「親鸞―生涯と名宝」
▼旅行記
パンと抹茶と藤の花|伏見から宇治へ、五感で楽しむ京都一日旅!そして153年ぶり秘仏公開&京都非公開文化財特別公開◆京都宇治③伏見山科⑫◆|やんまあ@旅行記
その他
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