西暦110年創建岡崎最古「菅生神社」家康25才で開運厄除祈願はヤマトタケルの社!【愛知シリーズ/三河シリーズ/名古屋シリーズ】
日本武尊(ヤマトタケルノミコト)東征の時、矢を作り、神風にて一矢を吹き流し、その矢を以って黄色の菅の花が咲く里に伊勢大神を奉祀された。この時に創建された岡崎最古の神社。
主祭神の性格から武神として、松平氏を初め一族の崇敬が篤く城内鎮守の守護神として城主祈願所となった。松平3代信光の息子・光義の子孫代々菅生神社神主として明治まで松平氏が奉仕していた。徳川家康が25才の時、開運厄除の祈願にも来ている。
変更履歴
2025/10/20:初版
▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時
アクセス:愛知県岡崎市康生町630−1
本尊:
アマテラス(吹矢大明神)
トヨウケ(菅生稲荷大明神・開運稲荷大明神)
公式HPに「725年に山城国(京都伏見)より稲荷大明神を勧請」とある。
→伏見稲荷大社(私のNOTE)としたら「稲荷=ウカノミタマ」だが、トヨウケとするのが面白い。「トヨウケ=ウカノミタマ」説を唱える人は知っているのだろうな~
スサノオ
1517年:額田郡宮崎郷より「天王宮」が菅生川洪水の為、高岩の地に漂着し合祀して「菅生天王宮」と改める。
菅原道真
1289年:河内国丹南郡菅生(大阪)から、満性寺の了専上人が岡崎の菅生に菅生天神を祀る。
徳川家康
しかし「菅生」という名称って多いですよね。私のNOTEは次の通り。
▼見どころ
→由緒・歴史
神社に良い感じであります
神社の故事をどうぞ
公式HP提供の由緒を参照で!!
725年:京都伏見から「稲荷大明神」をお迎えし「吹矢大明神」の同殿に合祀
1517年:額田郡宮崎町に勧請された牛頭大王が洪水で岡崎高石の地に流れ着く
1518年:ここに本社を造営し「菅生天王」と称した
1523年:岡崎城主松平信貞が境内に12末社を勧請
1566年:徳川家康が社殿を再建
1591年:城主田中吉政が城郭拡張のため社領などを没収し、12末社も破却
1638年:城主・本多忠利が本殿を修復
寄進した石鳥居は神社の北入口に現存する
1646年:城主・水野忠善が徳川家康を祀る
1868年:菅生神社と改称
1876年:岡崎城公園内の龍城神社境内に移転
1945年:岡崎空襲で社殿が焼失
では参拝です。公式HPのみどころの番号とリンクさせて参拝です。
→1:石鳥居/2:鳥居神社名筆書

→8:狛犬(こまいぬ)/拝殿・本殿/7:ハートの石/4:三十六歌仙額面(本殿内)/大楠(パワーの木)






→3:旧本殿(現:慰霊社)(1645年ぐらい)


→5:開運稲荷大明神




→9:幟旗(のぼり)/10:幟旗(のぼり)
▽菅生祭(すごうまつり)
厄災の除去を祈願したお祭りで、7月19日の「宵宮祭」、20日の「例大祭」、8月第1土曜日の「鉾船神事・奉納花火」の3つの祭事が執り行われている。
▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
▼旅行記▼セットで行くところ
◆愛知⑧◆いざ大須観音周辺へ!瀧山寺50年に一度の御開帳/瀧山東照宮復活!!|やんまあ@旅行記
未来の旅行記は次に記載されていきます。
愛知の神社仏閣は次のマガジンに追加していきます。
▼仏像展
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