徳川家康の叔父が住職「大恩寺/法住寺」伝説の千手観音【愛知シリーズ/三河シリーズ】
徳川家康の叔父が住職なので、家康が何度も訪れた寺。その名は、松平家が大きな恩があるんで「大恩寺」にしたとか。
法住寺の伝説の千手観音は毎月17日に御開帳(8時~15時)!!なぜ?伝説なのか?伊勢から逃げてきた仏像であり、もしかしたら海に沈んでいたかも・・・。
さて昨日紹介した神社から徒歩3分ですかね。
変更履歴
2025/09/19:初版
▼大恩寺:愛知県豊川市御津町広石御津山5−5−1
前日公開した御津神社(私のNOTE)のお隣さんです。
推古天皇の時代、三論宗布教のために高句麗から訪れた僧・恵灌(えかん)が、新宮山に「浄光院」を建立したのが始まり
約700年後の1444年、浄土宗を広めるため、当時荒れ果ててしまっていた寺を再興し、浄土宗大運寺を開く
1490年、寺は松平家の4代・松平親忠の援助により御津山の現在地に移築
徳川家康の父・広忠によって宇堂の修復が行われ、松平家の手厚い支援を受けた
親忠の息子の超誉上人や、広忠の弟がこの寺で僧になったことから、松平家にとって大恩があるということで、広忠が寺の名前を「大恩寺」に改めた
1553年、念仏堂@重文を造営(1994年焼失・・・)
1573年、徳川家康が叔父の成誉上人に会うために、時折大恩寺を参詣していたことが記されている
家康は本尊の宮殿を造り、さらに広石の中で百石を寄進
その後、当地の領主・三河牧野氏が先祖代々墓をおき、菩提寺として寺を庇護
1672年、山門はこの牧野家の娘を正室にした大垣藩主・戸田氏信が寄進
山門は幅約7・6m、奥行き4・4mの2階建ての門










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▼法住寺:愛知県豊川市御津町赤根百々61
木造・千手観音立像@重文は、明治時代の廃仏毀釈で、この土地に運ばれた
言い伝えによれば、廃仏毀釈で、唐左衛門というものが伊勢宇治山田の上善寺に祀られていた4体の仏像を譲り受けたそうな
唐左衛門は家に安置しようとしましたが、仏像が大きすぎたため法住寺に運びこんだ
ちなみに、薬師如来像は、蒲郡市形原温泉郷にあるアジサイの里に隣接する補陀寺に預けた
寺の本尊・大日如来だが、千手観音が有名
1508年、将軍・足利義澄の家臣などにより、「法住院」として建立された
1642年、領主・松平長三郎忠高により現在の場所に移された
戦国時代には今川義元・氏真父子も寺に厚く帰依した
領主・忠高は寺を気に入っていたことから、江戸で亡くなった際の亡骸は、裏山に葬った
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