御寺こと泉涌寺塔頭「今熊野観音寺」西国三十三所札所は紅葉スポットへの道【泉涌寺と東福寺シリーズ/京都ツウシリーズ】
皇室・公家から援助を受け、歴代天皇の御陵が造営されたことから菩提寺となり、御寺と呼ばれている。東福寺とセットでゆっくり参拝するのがよいと思う。なお、一般客の参拝は戦後なんだそうな・・Σ(´∀`;)
平安時代に仙遊寺ともされ、本格的には鎌倉時代に「泉涌寺」として創建したそうな。四条天皇以降に葬儀をして「御寺」と呼ばれだしたようだ。
そんな塔頭を細かく書いていく!!
即成院(私のNOTE)、戒光寺(私のNOTE)と御寺泉涌寺の間にある今熊野観音寺鳥居橋が目印。参道に沿っていないので、行きすぎないよう注意が必要。赤い橋なのですぐわかるかと思いますが、若干、車だと不安になる道です。
登りは左手、下りは右手に注目!

泉涌寺の総本山は次の通りで徒歩5分から10分。(https://note.com/yanma_travel/n/n377c86970cad)
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▼HP▼アクセス
公式HP:西国十五番霊場 | 今熊野観音寺
アクセス:京都府京都市東山区泉涌寺山内町32
▼本尊と脇時
※後述の「▼みどころ」に記載。
▼見どころ
→由緒・歴史
807年、弘法大師・空海が熊野権現のご霊示を受けてこの地に庵を設ける
812年、嵯峨天皇から官財を賜わり勅旨を奉じて諸堂を造営
左大臣藤原緒嗣の発願によって広大な寺域に伽藍の造営される
855年、亡父緒嗣の菩提のための事業として藤原春津が完成させた
969年、 左大臣・藤原師尹(もろまさ)を同寺西岡に葬る
1016年、一条尼上を葬る
1160年、後白河上皇が熊野権現を勧請し新熊野社を創建した際に新那智山の山号を寄せられ「今熊野観音寺」となる
それまでは「東山観音寺」と称していた
1234年、後堀河上皇を寺域に埋葬するなど、朝廷の崇敬を得て大いに栄え、泉涌寺をしのぐ大寺だった
1244年、四条天皇の二周忌に法華八講が修された
京都アルアルの応仁の乱で衰退に
1468年、兵火により泉涌寺とともに焼失
1470年、応仁の乱により焼失
足利将軍の援助により復興され、泉涌寺塔頭になったそうな
1713年、本堂再建し現在に至る
本尊は空海が熊野権現から授かった観音像を胎内物として自ら彫刻した「十一面観音」
京都における熊野修験の中心地となったことから後白河上皇によって今熊野観音寺という寺号を賜った
近くにある新熊野神社もこの時期の熊野信仰に基づいて後白河上皇が勧請した社である
平安の昔、弘法大師空海上人が唐の国から帰国され、東寺において真言密教の秘法を修法されていた時、東山の山中に光明がさし瑞雲棚引いているのをご覧になられました。
不思議に思われてその方へ慕い行かれると、山中に白髪の一老翁が姿を現わされ「この山に一寸八分の観世音がましますが衆生済度のためにこの地に来現されたのである。ここに一宇を構えて観世音をまつり、末世の衆生を利益し救済されよ。」と語りかけられ、またその時に一寸八分の十一面観世音菩薩像と一夥の宝印を大師に与えられました。老翁が立ち去ろうとされたので何びとかをたずねると「自分は熊野の権現で永くこの地の守護神になるであろう。」と告げられて姿を消されました。
大師は熊野権現のお告げのままに一堂を建立され、みずから一尺八寸の十一面観世音菩薩像を刻まれ、授かった一寸八分の像を体内仏として納め奉安されたのが当山のはじまりです。弘法大師御作のこの観世音菩薩像は秘仏として大切にまつられ、一千二百年の長きにわたって衆生を利益し続けておられます。
またこの時に大師が観世音をまつるのにふさわしい霊地を選ぶために錫杖をもって岩根をうがたれると霊泉が湧き出しました。大師はこの清涼なる清水を観音御利生の水として崇められ「五智水」と名付けられました。そして今に到るまで湧き出し私たちに深き恵みの水をお与え下さっています。
2025年になんかできたようだ。紅葉スポットになるか?
→境内へ(鳥居橋/子護大師)










→本堂
本尊は空海が熊野権現から授かった観音を胎内物として自ら彫刻した十一面観音である。本尊十一面観音像は、脇侍の不動明王と毘沙門天とともに古くより厄除・開運を願う人々から篤い信仰を集めている。




「頭の観音さん」という名前で、頭痛封じやぼけ封じの信仰が厚い寺。嵯峨天皇の勅願を受けて弘法大使空海が開創。泉涌寺の塔頭の一つで、西国三十三所の十五番札所でもある。
開基した弘法大師を祀る大師堂の前に立っている。頭痛封じ、ぼけ封じのほかにも智慧授かりや学業成就など、頭に関する願いを聞き入れてくれる観音様として親しまれている。本尊は秘仏で、御前立も鎌倉時代作で平安時代からある古刹の寺。
本尊は「十一面観世音菩薩@秘仏」で弘法大師御作と伝えられる。今熊野神社で所縁の後白河上皇からの信仰が厚かったようです。
2016年の秘仏見仏記録
お前立も400年ぶりに修理され、御本尊も御開帳!!
9:30到着したが駐車場はいっぱいだった。
10:00より法要が始まり、11:00ごろに内陣拝観。
ご本尊は脇侍に不動明王と毘沙門天を従えており、小さいながらも力強い十一面観音。
妻はご本尊「十一面観音@秘仏」よりも「お前立」の方を気に入ったようだ。
確かに、お前立の方は鎌倉時代の仏の特徴が出ているように感じたので、彫刻としてはお前立のほうを気に入る人が多いかもしれない。

→恵比須堂





→鎮守社「稲荷社/熊野権現社/今熊野西国霊場」
大師堂の南側に、稲荷社と熊野権現社が鎮座する。





→金龍弁財天
今熊野観音寺の池の近くに現れた金色の巳を祀る。「金の蛇」はとても縁起が良い。




▽2025年:泉山七福神巡り/戒光寺秘仏公開
(https://note.com/yanma_travel/n/nad05b1cf51f3)
▼メディア情報
これ以降は、コメント欄に追記します。
▼セットで行くところ、旅行記
2014年:◆京都:東山区①◆観光客を気にせずに京都の寺をゆっくり楽しむ - じゃらん旅行記
URL:https://www.jalan.net/travel-journal/000035236/
2016年:◆京都東山③南山城②★西国三十三所 草創1300年記念-札所15(京都編①)&木津川市[秋の社寺秘宝・秘仏特別開扉-] - じゃらん旅行記
URL:https://www.jalan.net/travel-journal/000052731/
2020年:◆京都東山⑪◆東福寺と泉涌寺-第56回京都非公開文化財特別公開- - じゃらん旅行記
URL:https://www.jalan.net/travel-journal/000113242/
2025年:京都初詣2025/冬の京都/京都ツウ参り&パワースイーツ/吉野太夫[京都左京⑯中京⑩右京⑬西京⑥下京④]|やんまあ@旅行記
その他
▼仏像展
▽2017年:京博『皇室の御寺 泉涌寺』
▽2019年◆京博◆ICOM京都大会開催記念特別企画『京博寄託の名宝』
2019年、京都国立博物館『京博寄託の名宝-美を守り、美を伝える-』で、「道宣律師像 楼鑰賛@重文」「元照律師像 楼鑰賛@重文」「俊?律師像 自賛@重文」の肖像画など、皇族所縁の寺だけある。
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