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継体天皇誕生=彦主人王💛振媛「三重生神社」三つ子誕生【滋賀湖西シリーズ/大津シリーズ/継体天皇シリーズ】


現地は古く三尾野と呼ばれ、北近江と越前に勢力を持った古代豪族・三尾氏の勢力地でした。三尾氏出身で彦主人王に嫁いだ振媛はこの社の拝殿を産所として男大迹王(継体天皇)を産んだと伝承されるそうです。彦主人王は系図などから近江の古代豪族・息長氏との関連が言われ、また、この社の西にある田中王塚古墳は彦主人王陵として宮内庁が陵墓参考地に比定しています。ちなみに、息長氏といえば応神天皇の母・神功皇后ですね。

 振媛出産の折、彦主人王の夢に三尾大明神のお告げがあり、「この度天より授かる子は天孫の大いなる迹をふむべき男子なり」と。そこで山崎社(三尾神社(私のNOTE)の拝殿を産所として南天に祈られ、無事に、彦人、彦杵、彦太の三子を安産されたという。故に、当社は「三重生」と称され、安産の神でもある。

『日本書紀』によると継体天皇は、父、彦主人王が、「近江国高島郡三尾之別業(別邸)」から越前三国の坂中井(福井県坂井市三国町)に使いを遣わして振姫を妃として迎え生まれたとされています。
ここに登場する「高島郡三尾」が、現在の高島市三尾集落一帯と考えられています。


変更履歴


▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時

  • 公式HP:

  • アクセス:〒520-1211 滋賀県高島市安曇川町常磐木1239

  • 祭神:彦主人王💛振媛

彦主人王
 彦主人王(ひこうしのおう)(生没年不詳)は、『日本書紀』等に伝わる古代日本の皇族(王族)です。第15代応神天皇の四世孫で、第26代継体天皇の父であります。『上宮記』逸文では「汙斯王」(うしのおおきみ)と表記されています。

振媛
 記紀によれば垂仁天皇七世孫とされる人物。越前と北近江に勢力を持った古代豪族・三尾氏の出身。越前国高向(現在の福井県坂井市)で育ち彦主人王に嫁ぎ、近江国高島郡三尾野(現在の滋賀県高島市)に住みました。彦主人王が没したため男大迹王を連れて里の高向に帰り、彦主人王の死から13年後に没。

▼見どころ

→由緒

 創祀年代は不詳。第15代応神天皇の第11皇子速総別王が猿田彦命の天成神道を学ぶために猿田彦命を祀る当地に来住し定住。その4世孫が彦主人王。第11代垂仁天皇皇子で、『古事記』にも三尾の君の祖とある磐衝別命(いわつくわけのみこと)がやはり以前から定住し、その末裔が振媛(振姫、ふりひめ)で、彦主人王と振媛は結婚した。彦主人王が当地で薨じたので、社を建て斎祀したのが当社。振媛も後に合祀された。

  • 不明(創建): 創立年代は詳らかではありませんが、古くからこの地(常磐木)の産土神として信仰されてきました。

  • 時期不詳: 社名にある「三重生(みむすび)」は、高皇産霊神(タカミムスビノカミ)と神皇産霊神(カミムスビノカミ)の二柱の「ムスビの神」に由来すると考えられ、生成発展のご利益があるとされています。

  • 時期不詳(平安時代): 延喜式神名帳には記載がありませんが、古来よりこの地域の豪族や住民によって大切にされてきました。

  • 時期不詳(中世): 地域内の平野神社を合祀し、地域の総鎮守としての地位を高めたと伝えられています。

  • 5世紀末頃: 応神天皇の五世孫とされる彦主人王が近江国高嶋郡三尾の地を拠点としたという伝承があります。

    • 応神天皇の第11皇子・速総別王が猿田彦命の天成神道を学ぶために猿田彦命を祀る当地に来住し定住。速総別王の4世孫。

  • 5世紀末~6世紀初頭: 彦主人王の妃振媛がこの地で三子(彦人・彦杵・彦太=のちの継体天皇)を安産したという伝承が残っています。

  • 6世紀前半: 第26代継体天皇がこの地で誕生したと伝えられ、安産・子授けの神として信仰が広まりました。

  • 江戸時代中期頃: 「牛の祭り」が行われていた記録があり、雪の降る中で行われる冬祭りとして知られていました。

  • 現代: 毎年5月第3日曜日に「三重生まつり(牛の祭り)」が行われ、地域の安寧・五穀豊穣・縁結びを祈願する祭礼として継承されています。

  • 現在: 地域の守護神として、縁結び家内安全五穀豊穣などの御神徳をもつ神社として信仰を集めています。

 →彦主人王と継体天皇

 「彦主人王」は、継体天皇に関係する人物として『古事記』や『日本書紀』などに登場します。第15代応神天皇の第11皇子速総別王が猿田彦命の天成神道を学ぶために猿田彦命を祀る当地に来住し定住。その4世孫が彦主人王。

👑 継体天皇との関係
 
この神社では、彦主人王の妃振媛がこの地で三子(彦人・彦杵・彦太=のちの継体天皇)を安産した」とするが異説もあるようで。
 
継体天皇は、「彦主人王の娘・振姫(ふりひめ)」と、「彦主人王の妹の子」である男大迹王(をほどのおおきみ=後の継体天皇)」の間に生まれた。

一般的には次の通りです。

  • 継体天皇の父:彦主人王の子・彦主人王の孫にあたる人物(彦主人王の系統)

  • 継体天皇の母:彦主人王の娘・振姫

つまり、彦主人王は継体天皇の祖父(母方の)にあたることが多いです。

応神天皇
 └─若野毛二派皇子
   └─彦主人王(ひこうしおう)
     ├─振姫(ふりひめ) ─┐
     └─(その他の子)    │
               └─ 継体天皇(第26代)

🏯 歴史的背景
 
彦主人王の系統(いわゆる「応神系」)は、越前(現在の福井県あたり)に勢力を持っていたとされます。
継体天皇も若狭・越前地方を本拠とした地方豪族の出身であり、その皇統復帰(即位)を正統化するために、彦主人王を介した応神天皇の血統が強調されたと考えられています。

興味のある方は「継体天皇シリーズ」をどうぞ。(「from:@yanma_travel 継体天皇シリーズ」の新着の記事一覧

→境内へ

 小さいながらも表参道は凄く長い。つまりは古社であり、超大事な神社か丁重に祀らないと荒ぶる神なのだろうと最近思うことがある。

→拝殿・本殿

 振媛は出産のとき、三尾神社(私のNOTE)の拝殿を産所として、彦人、彦杵、彦太の三つ子を安産されました。神社の名前「三重生神社」は、この三つ子にちなんだものとも。

 大津市の園城寺こと三井寺に「三尾神社」があり、三つの腰帯が赤尾神・白尾神・黒尾神となったとするが、三重生神社と関連があるとかないとか。


→足羽神社/気比神社/垂井神社

  • 足羽神社:足葉神

  • 気比神社:仲哀天皇

  • 垂井神社:廏戸皇子

気比神社:仲哀天皇
垂井神社:廏戸皇子
足羽神社:足葉神

 御子が五歳のとき、父の彦主人王が薨去され、振媛は彦杵と彦太をお連れになって越前高向宮に戻り、養育されていましたが、13年後に振媛も薨られました。長男の彦人は、この地で成長され北越五ヶ国を治められました。三男の彦太は、後の26代継体天皇となられました。

▽うしの祭り

4月29日(明治維新以前は、ふたりの命日とされる2月18日)「うしの祭り」と呼ばれる例祭がおこなわれます。

▼メディア情報


これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記

滋賀県高島市の28年ぶりに1日限定の御開帳と継体天皇所縁の神社巡り◆滋賀湖西⑮◆|やんまあ@旅行記

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