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北摂三山!石清水八幡宮の愛染明王「安岡寺」50年に一度の開帳【大阪北摂シリーズ/長岡京シリーズ】

神峯山寺、本山寺とともに北摂三山寺といわれ、秘仏・千手観音像は、当時の三島地方の代表的仏像彫刻として、国の重要文化財指定を受けている。
 本尊は、秘仏・如意輪観音で、50年に一度のみ開帳され、通称は「高槻観音」と呼ばれている。

775年に開成皇子が創建したと伝えられ、如意輪観音を本尊としています。50年に一度開帳される秘仏であることから「高槻観音」とも呼ばれ親しまれています。境内には、重要文化財に指定されている平安時代初期の作とみられる千手観音坐像が安置されており、その優美な姿は訪れる人々を魅了します。毎年2月1日には、開運厄除けを祈願する「大護摩供」と「火渡り神事」が開催され、多くの参拝者で賑わいます。この記事では、安岡寺の歴史や見どころ、アクセス方法などを詳しく紹介します。

変更履歴

2025/11/22:初版


▼HP▼アクセス

▼祭神・本尊と脇時

  • 新西国三十三箇所客番

  • 「あんこうじ」と読み、神峰山寺や本山寺などと並び、高槻の山岳寺院のひとつ

  • 775年、桓武天皇の兄・開成皇子がこの地を霊地であると感得され、一刀三礼して観音像を自ら刻まれ建立

  • 毎年2月1日に1年の開運厄除けや家内安全などを祈願する「大護摩供(おおごまく)」と「火渡り神事」が開催される

    • 12:30に吉野・桜本坊(私のNOTE)と四天王寺(私のNOTE)からの山伏が登場する

    • ほら貝の音が周囲に響き渡るなか、護摩が焚かれ、白装束の修験者たちによって執り行われる

    • 裸足で火の上を歩く「火渡りは」という苦行によって「身の罪を焼く」という意味があり、希望される方は誰でも参加することができる

▼見どころ

→由緒

  • 775年:光仁天皇の子である開成皇子が、この地に霊験を感じ、自ら観音像を彫り堂宇を建てて創建したと伝えられている

  • 開成皇子の弟子である開智が、一字一石の大般若経600巻を書写して背後の岡に安置した(般若塚)ことから、安岡寺般若院と呼ばれるようになる

  • 1444年~1449年:天災により堂宇を焼失

  • 1504年~1521年:高誓が再建

  • 1573年~1592年:三好氏や高山右近の兵火により堂宇が焼失

  • 1661年~1673年:良盛によって復興し、徳川家から寄進を受け、大日院、藤本坊、阿弥陀院、泉蔵坊の4塔頭をもつ巨刹となる

  • 廃仏毀釈により荒廃し、現在の規模になる

  • 新西国三十三箇所客番札所

  • 近畿三十六不動尊霊場第12番

  • 摂津国三十三箇所第25番

  • 千手観音坐像は、毎週日曜と祝日に見仏可能

 安岡寺は、南山と号する天台宗系の単立寺院で、如意輪観音を本尊とする。宝亀6年(775)に光仁天皇の子、開成皇子が創建したと伝えられ、本堂の背後の岡に、大般若経600巻を一石に一字書写して安置したことから、安岡寺般若院と称するようになったという。
 戦国時代には、三好氏や高山氏の兵火にあい荒廃したが、江戸時代の寛文年間(17世紀後半)に良盛が再建、大日坊など4塔頭をかぞえ、大いに栄えた。しかし明治時代の廃仏毀釈により、現在は、本堂や鐘楼堂、院号の由来となった般若塚、青梅観音堂などとなっている。
 本堂には、本尊のほか愛染明王坐像、不動明王像、地蔵菩薩像などが安置され、青梅観音堂には千手観音坐像が祀られている。この観音坐像は、青梅観音ともいわれ、真上にあった安正寺の本尊であったが、廃寺に伴って当寺に移された。檜の一木造りで漆箔がほどこされ、像高137cm、平安時代初期の作とみられ、昭和49年6月に国の重要文化財に指定されている。
 当寺で毎年2月1日に行われる大護摩供では、大峰山の行者や訪れた人々らが焼けた丸太の上を素足で歩き、無病息災や交通安全などを願う。

平成20年3月 高槻市教育委員会

→境内へのアプローチ

駐車場からなので次のアプローチになります。

→鐘楼

 ということで、本堂と行きたいところですが、表山門に向かいます!?

→山門

 一度坂を下がります。

山門からスタートです。この後、寺を掃除している方に2度目のあいさつをします。勧請掛(勧請縄)だ!!

→本堂

 現在の本堂は、キリシタン大名・高山右近によって再建されたものだが、後述する本尊・如意輪観世音菩薩、愛染明王、不動尊などを安置している。

 さて本尊・如意輪観音は後述するとして、本尊の脇侍は向かって左に平安時代の「地蔵菩薩立像」で右に文殊菩薩としているが、2025年は虚空蔵菩薩説が挙がっているようだ(寺の説明)。実は私も春日色が強い認識なので、虚空蔵なのかなとも思った。

 本堂左には阿弥陀如来立像、不動明王立像ががおり、足元を見ると小さいが弁財天坐像、役行者坐像が安置されていた。
 そして向かって右側には、かなり大きい愛染明王が!!!これが素晴らしいのだが、なんと「石清水八幡宮(私のNOTE)」から来たものなんだそうな。ここにもあったか、神仏分離でアチコチに散らばった仏像たちが!!

→本堂本尊:如意輪観音

 ち、小さい・・・六角堂(私のNOTE)並みの小さな如意輪観音だった。注目は厨子だろうか。葵の紋が入っており徳川家の桂昌院のものではないかと言われている。

→鎮守の御社/神福龍王大王社

 本堂と次の収蔵庫の間にあります。

 神服大神がいる!!次のNOTEに続きます。この寺の坂を下ったところにあります。

→青梅観音堂(収蔵庫):千手観音坐像(「安岡寺 - 高槻市ホームページ」に写真あり)

 本堂に向って左側にある「青梅観音堂(収蔵庫)」に、平安時代の千手観音像が安置されている。もとは近くの寺の本尊であったそうだが、そこが廃されたため、安岡寺に移されたという。
 作例は少ない千手観音の坐像。まあ~三十三間堂が1000体が立像で中尊のみ坐像なので、立像が多いのは間違いがないだろう!

  • 10世紀半ばと思われている

  • 像高約150センチの千手観音の坐像

  • 坐像で半丈六の大きさなのでなかなか見応えがある

  • 所謂、ダンディ千手観音(造語)

    • ダンディ千手観音といえば奈良・聖林寺(私のNOTE)、滋賀・百済寺(私のNOTE)です

  • 見仏前の調査では、顔は四角、額や顎は小さく力強さが感じたが、生だと想像以上にどっしりした体型

  • 上半身も四角く、肩幅があり上半身は大きく腰はしぼられている

  • 頭上面や脇手の大部分が当初のものであるのも貴重

  • 一木造から寄木造への移行期の一例としても貴重な作例のよう

  • もとは近くにあった安正寺の本尊と伝えられ、1870年に安正寺が廃寺になったため安岡寺の客仏として移ってきた

→庭園

 庭園はおにわさんに任せる。

安岡寺庭園“楽桜苑” ― 福原成雄作庭…大阪府高槻市の庭園。 | 庭園情報メディア【おにわさん】

→開山堂/叶観音堂

→般若塚

 もっと山の上ですね。キャンセルです。山号は「般若塚」来たで良いでしょう。

→不動明王

▽毎年2月1日「大護摩供(おおごまく)」と「火渡り神事」

 開運厄除けや家内安全などを祈願する。ほら貝の音が周囲に響き渡るなか、護摩が焚かれ、修験者たちによって執り行われる。火渡りは裸足で火の上を歩く苦行によって「身の罪を焼く」という意味があるといわれ、希望される方は誰でも参加することができる。

▽パンフ

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記

京都・滋賀の梅巡り!LAGO大津!梅と桜のコラボ名所!50年ぶり特別公開◆京都右京⑮滋賀湖西⑬大阪キタ⑥◆|やんまあ@旅行記

大阪の旅行記は次を参照


▼セットで行くところ:

04.大阪

大阪北摂シリーズ

長岡京シリーズ

▼仏像展


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