高向王の墓「高向神社」日本に帰化した七姓漢人の一つ・高向氏【南河内シリーズ/大阪ミナミシリーズ】
「たこうじんじゃ」と読む。高向遺跡が存在し、遺跡の調査から石器時代から中世にかけて人々が暮らした跡が見つかっている。高向は古くから栄えていたようです。共に日本に帰化した七姓漢人の一つ・高向氏の地のよう。高向玄理は、古代日本で活躍した人だが、表に出ないのはなぜなのか?


変更履歴
▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時
公式HP:
アクセス:〒586-0036 大阪府河内長野市高向291
祭神
スサノオ
蛭子神
天児屋根命
保食神
白山姫命
菅原道真
▼見どころ
→由緒
高向遺跡が存在し、遺跡の調査から石器時代から中世にかけて人々が暮らした跡が見つかっている
731年に記された『住吉大社神代記』にも記録されており、石川錦織許呂という渡来人が預かった山の所在地に、天野とともに高向の名が記されている
応神天皇の時代に、中国から阿知使主(あちのおみ)と共に日本に帰化した七姓漢人の一つ・高向氏の地のようだ
高向氏の代表格に「高向玄理(たかむこのくろまろ)」がいる
高向玄理は、推古天皇の時代、聖徳太子に選ばれて隋へ留学
30年間中国で学び続けた人物
帰国後も国博士という地位に就き、主に外交分野で活躍
その後、遣唐使として唐に渡り、この地で生涯を終える
祭神は、スサノオ、蛭子神、天児屋根命、保食神、白山姫命、菅原道真だった
春日神社と八坂神社が合祀され、武甕槌命、経津主命、比咩大神、大巳貴命が加わったのだが「坂神社」から大巳貴命というのは面白い
→境内へ






→拝殿・本殿
本殿は1608年に建立されたことが棟札から分かっている
本殿には「男神像」と「女神像」が安置されている
女神像は鎌倉時代、男神像は室町時代の作とする
祭神は次の通りで10柱
スサノオ
蛭子神
天児屋根命
保食神
白山姫命
菅原道真
武甕槌命
経津主命
比咩大神
大己貴命
本団前の拝礼場所が工事中でしたが、本殿の素晴らしさは強調されている。周りには畑などがあが、きれいに保たれているのが興味深い。







→社務所

→お堂:薬師堂





→円墳
社殿の北側には、小塔が建つ小さな塚が円墳で、高向王の墓との言い伝えられている。
高向王
用明天皇の孫で、高向玄理とは別系統の人物。
妻は敏達天皇の孫で、後に「皇極天皇」として即位する寶皇女です
▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
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