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ホツマツタヱの聖地「西万木日吉神社」ニニギが主祭神!?【滋賀湖西シリーズ/大津シリーズ】

日吉大社のお膝元で日吉系が多すぎるので「西万木日吉神社」とした。2025年11月9日に参拝したら鳥居から本殿まで地元の方が集まり飲み食いするお祭りをしていた。雨が降っており多くの人が歩くので境内は水たまりしかない。。しかし、年配の方ばかりだった・・・。

東京・神田の古書店で「ホツマツタヱ」の一部の写本を発見したことが、今につながる研究の始まりだった。
松本氏は知人の国学者などに冷ややかな目で見られながらも、独自に研究を進める。全40巻を探し求めるなかで、四国の旧家に残っていた写本に「高島郡の某から借りて写した」との記述を発見、滋賀・高島市を訪れる。そこで知り合ったのが、土地の旧家の井保家だ。今回の実行委員長を務めた井保さんも一族にあたる。そして平成4年、高島市安曇川の日吉神社の蔵から全40巻が発見された。実は井保家の先祖が漢訳を完成させ、神社に納めていたのだ。書籍には安永4(1775)年と制作年代の記載があった。全巻が見つかったことで、一気に「研究」が進んだ。

【関西の議論】日本最古?の神話「ホツマツタヱ」とは…古事記、日本書紀より古い?学界は疑問視も愛好家の研究盛ん(1/2ページ) - 産経ニュース

変更履歴
2026/07/26:初版


▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時

  • 公式HP:

  • アクセス:〒520-1212 滋賀県高島市安曇川町西万木783

  • 祭神:ニニギ

▼見どころ

→由緒

  • 創建年代不詳: 古くから西万木の産土神として祀られてきた。

  • 平安時代(時期不詳): 比叡山延暦寺の鎮守社・日吉大社(近江日吉社)から祭神を勧請し、日吉信仰に基づいて祀られる。

  • 1323年頃: 日吉十禅師社の分霊を遷座し、地域の守護神として崇敬されるようになる。

  • 1578年頃: 兵乱により社殿が焼失。

  • 1589年: 社殿が再建され、日吉神社として改めて神璽を奉安。春秋の祭祀が続けられる。

  • 1638年: 現在の本殿が再建される。建築様式は三間社流造で、後世まで良好に保存される。

  • 1951年: 本殿がその歴史的価値と建築美から滋賀県指定有形文化財に指定される。

  • 2024年: 地域の伝統行事として5年ぶりに祭礼が再開される。

  • 現在: 主祭神は大山咋神(おおやまくいのかみ)。五穀豊穣・厄除け・家内安全の守護神として信仰を集め、秋の例祭では地域伝統の神楽が奉納されている。

→境内へ

明細書に創祀年代不詳であるが、社記によると往昔天武天皇の皇孫塩焼王の霊を斎祀せし万木の森の旧跡である。
後醍醐天皇嘉暦3年滋賀郡日吉十禅師社の分霊を遷し奉り産土神と崇祀した。
元亀の兵乱に社殿兵焚に罹ったが、天正17年社殿を再建し日吉神社より神璽を再勧請して以降社頭修存春秋の祭祀を連綿奉祀する。
(社蔵記録)明治維新の制に日吉十禅師社を日吉神社と改称する。明治9年村社に加列。

 日吉神社なのに主祭神はニニギノミコト。。。謎だ・・。足元を見ると立砂がある。

明細書に創祀年代不詳であるが、社記によると往昔天武天皇の皇孫塩焼王の霊を斎祀せし万木の森の旧跡である。後醍醐天皇嘉暦3年滋賀郡日吉十禅師社の分霊を遷し奉り産土神と崇祀した。元亀の兵乱に社殿兵焚に罹ったが、
天正17年社殿を再建し日吉神社より神璽を再勧請して以降社頭修存春秋の祭祀を連綿奉祀する。(社蔵記録)明治維新の制に日吉十禅師社を日吉神社と改称する。明治9年村社に加列。

由緒より

 なるほど!!日吉十禅師社から勧請したから「十禅師=ニニギノミコト」なんだ!!スッキリした。ちなみに、「十禅師=ニニギノミコト」は、主に中世以降の神仏習合・本地垂迹思想から来ています。

明細書に創祀年代不詳であるが、社記によると往昔天武天皇の皇孫塩焼王の霊を斎祀せし万木の森の旧跡である。後醍醐天皇嘉暦3年滋賀郡日吉十禅師社の分霊を遷し奉り産土神と崇祀した。元亀の兵乱に社殿兵焚に罹ったが、天正17年社殿を再建し日吉神社より神璽を再勧請して以降社頭修存春秋の祭祀を連綿奉祀する。(社蔵記録)明治維新の制に日吉十禅師社を日吉神社と改称する。明治9年村社に加列。

神社紹介 > 滋賀県の神社 > 滋賀県神社庁

→愛宕神社

→他

 境内はテントと地元の方がワイワイしているので横から出た。するとカレーなども出していた。や、安っっ・・。

→愛宕社/今宮神社/天満宮社/伊勢神宮の遥拝所

  • 境内社

    • 秋葉神社(祭神:火結神)

    • 天満神社(祭神:菅原道真公)

    • 稲荷神社(祭神:忠茂大神、武丸大神)

  • 境外社

    • 太田神社(祭神は太田神、宇須賣命
      かつては「新宮」と称した。式内社論社。

    • 與呂伎神社(祭神は子守神、勝手神)
      かつては「古守社」と称した。式内社論社。

    • 八幡神社(祭神は誉田別命、厄神、玉垂神、香椎神)

▼メディア情報

これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。

▼旅行記

滋賀県高島市の28年ぶりに1日限定の御開帳と継体天皇所縁の神社巡り◆滋賀湖西⑮◆|やんまあ@旅行記

滋賀の旅行記

▼セットで行くところ

▼仏像展



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