菅原道真誕生「吉祥院天満宮」金の牛撫でて潜れ!?キティちゃん【京都南シリーズ】京都十六社巡りの一社/菅公聖蹟二十五拝シリーズ
北野天満宮よりも古い天満宮。菅原道真誕生の地で18歳まで暮らした地と言われている。菅原家の邸宅!菅原家代々の話も残っている。場所的に京都の観光地ではないが、神社アトラクションとキティちゃん、そして神社仏閣経営でお馴染みに保育園・幼稚園と歴史を守る神社である。
少し話を脱線させます。道真の誕生の地バトルです!?興味ない人はスキップしてください。
京都市内で「菅原道真の生誕地」は「菅大臣神社(2025年6月公開予定(私のNOTE))」と「菅原院天満宮神社(私のNOTE)」ですね。三社とも「菅公初湯の井戸」があるんですよね。。でも奈良の菅原天満宮(私のNOTE)にも生誕の地がありますね。島根・菅原天満宮(私のNOTE)もありますよね。菅原道真の父・菅原是善は出雲国庁の任務した場所ですね。
どこかで纏めようか・・・。
別名「菅大臣天満宮」は菅原道真ゆかりのものがあり、邸宅跡があるため、生誕の地や井戸もある。って、「菅原院天満宮神社」と同じだな・・「吉祥院天満宮」もここで生まれたとしたり謎解きさせる魅惑の神社が増えたな・・。「菅公聖蹟二十五拝」の1社ですね。
京都御所のすぐ近くにたたずむ小さな神社だが、歴史は古く重い。過去NOTEで「菅原院」「歓喜光寺」をキーワードにした神社仏閣があるが、ここはその場所の代表格で、道真生誕の場所である。太宰府天満宮に至るまでの天満宮をまとめた「菅公聖蹟二十五拝」の第一番!!北野天満宮ではないところも面白い!!!で、「洛陽天満宮二十五社」でもある。
菅原氏はノミノスクネを祖とし、「土師」姓を名乗っていたが、781年に菅原の里の地名をとって「菅原」姓へ改称した。そのネーミングはここの地名である!!とする。
神社曰く、菅原道真の父は出雲の国庁に任命され、案内をした乙女をたいそう気に入り、国庁の任期が終わって京都に帰ることが決まると、この乙女が妊娠していることが発覚。乙女は山田村に帰り、御子を産んだとさ。それが道真とのこと。
変更履歴
2025/05/01:初版
▼HP▼アクセス▼祭神・本尊と脇時
※後述「▼見どころ」参照
▼見どころ
▽吉祥院天満宮:京都市南区吉祥院政所町3
→「一の鳥居」と「産湯の井」
菅原道真の誕生之地と記された石碑が建つ「産湯の井跡」が一の鳥居にある。





→由緒
最初の天満宮とか・・・(で、出たっ笑)
菅原氏の氏寺吉祥院に道真の霊を祀って造営され、洛陽天満宮二五社の一つ
道真の曽祖父・土師古人が平安遷都に際し天皇の供として入京しここに邸を構える
祖父の代に菅原へ改姓
→奈良の菅原町で改姓説もあり奈良・菅原天満宮(私のNOTE)当たり説も880年、道真の父・是善追福のために開創された
一説には、道真の祖父・清公が建立したものとも
一説には、是善が遣唐使として渡航の途次、風浪に遭ったが吉祥天女の霊験によって難を逃れ、吉祥天を安置するために建立したとの由来もある
903年、菅原道真が大宰府で亡くなる
934年、没後31年目に菅原家ゆかりの道真御誕生の地に朱雀天皇の勅命により創建
※北野天満宮(私のNOTE)は947年に創建
※京都市上京区の「水火天満宮(私のNOTE)」は923年に創建遣唐使として唐へ渡航中暴風に遭遇しピンチになった時に、船上にて吉祥天女の霊験を得て入唐、無事任務を終えて帰国して、自邸内にお堂を建てて、吉祥天女の尊像をまつったそうな
これが「吉祥院」の由来で地名の起源となっている
境内には道真のへその緒を埋めたと伝えられる「胞衣塚」がある
少年時代に習字に使用したという「硯の水」や顔を写したと伝える「鑑の井」がある
1066年、吉祥院に新たに天神堂が造営され、道真の霊を祀った尊廟が移されたとある(『扶桑略記』より)
この天神堂は、天神信仰と御霊信仰の流行によって多くの崇敬を集めたそうな
1243年、川の氾濫により、菅氏長者の大蔵郷・菅原為長が吉祥院を他所へ移転させようとしたが、一夜にして小松が簇生して流失の難を免れたとして、多くの人々の参詣を得た
1500年代後半、衰退
→境内へ


菅原道真といえば梅ですね!ちょっとだけありました。ここは梅より桜の方が有名な神社のようです。

「菅公御誕生之地」と書かれた石碑がある。本当の生誕の地ってどこなのだろうか?出雲?奈良の菅原町?京都?本当にどこなのか?実は、京都ではないと思っている。

→吉祥院(吉祥天女社)
道真の祖父・清公は、遣唐使として唐へ向かう途中で海難に遭うが「吉祥天女」に救われたそうな。帰国後、自ら刻んだ「吉祥天女像」を祀る一堂を建立した。この吉祥天女像は、応仁の乱の戦火を逃れるため土に埋められ、後に掘り起こして再び祀られたと伝わっているようだ。
なるほど、神仏分離令による廃仏毀釈で土に埋めて隠した話は色々なところで聞くが、応仁の乱からあった手だったんだ。

ということで、祭神は次の通りだが、孔子がいる・・・・・。
吉祥天女
菅原清公
菅原是善
伝教大師
孔子


現在の社殿は再建されたもの。

最後の方に本尊が・・・
→拝殿・本殿へ
紙馬とキティちゃん・・謎過ぎる・・・。噂には聞いていたが・・・・。











祭神は菅原道真ですね。



→本殿左「稲荷社」
祭神は春房稲荷大明神ことウカノミタマです。




→本殿裏



→本殿右「白天夫社/松梅社/吉野社/琴比羅社/秋葉山」

白天夫社
祭神は渡会春彦。伊勢神宮外宮の宮司で道真の守り役松梅社
吉野社
琴比羅社
秋葉山
火の神ということでカグツチで良いと思うが、京都なので愛宕社かと思っていたが。って「社」ではなく「山」なんだ・・。なんでだ??なおさら「愛宕山」じゃないんだ??






「社」ではなく「山」で正しいです。多くの人は前述の「秋葉山」って誤植していると思ったのでは?

→拝殿右手前「硯の水」道真が習字に使用
菅原道真が幼少時に習字の際に使用した井戸を再現したもの。元は境内から東へ600mほどの所にありましたが、現在は涸れてしまったそうです。晴明神社(私のNOTE)の橋も神社の伝承から再興とかしているが、何気ないものに歴史が詰まっているのが良いなと思う。

→拝殿左「手前金のなで牛/金のくぐり牛」
金の牛は撫でるだけでなく、くぐり抜けることで初めてご利益を授かるそうな。コロナ対策もバッチリ!?

安井金比羅宮の縁切りとここを潜れば完全制覇で年末ジャンボ当たる??
→境内

「文章院」というのがある。帰って調べたところ「孔子」が祀られ、孔子堂や聖堂と呼ばれていたそうな。孔子像は前述の「吉祥天女社」に祀られているようだ。前述の謎が解けた。

→境内「菅公胞衣塚」

境内には菅原道真の胞衣(へその緒)を埋めたと伝えられる「胞衣塚(えなづか)」がある。道真のを埋めたと言われている場所。古くは生まれた子供の健やかな成長を願って胎盤を壺に入れて埋納する習慣があったそうです。

毎年6月25日の菅原道真の誕生日に「菅公御誕辰祭」が行われ、安産祈願のご祈祷も受けられるとのこと。

胞衣塚の前で赤ちゃんの鼻をつまんで泣かせるという習わしがあり、元気な声を上げることができれば、健やかに成長して将来の成功にもつながるとされている。







▽弁天社
一の鳥居から二の鳥居までに弁財天社が鎮座している。祭神は市杵島姫命(イチキシマヒメノミコト)です。







→鑑の井
弁財天社の傍にある「鑑(かがみ)の井」。横の碑は、江戸時代の書家・松下烏石(うせき)が、井戸の水の清さを讃えるために建立したもの。



▽祭り
→六斎念仏
→鳴釜神事
▼メディア情報
これ以降は本NOTEの下にあるコメント欄で追記します。
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