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5/6|霧の中の海戦



5/6|宮古港海戦の日


5月6日は、「宮古港海戦」が起こった日である。

1869年、明治新政府軍と旧幕府軍との最後の大規模な海上戦闘の一つが、岩手県宮古港を舞台に繰り広げられた。戊辰戦争の終盤、旧幕府軍の残党は箱館(函館)に拠って「蝦夷共和国」を名乗り、最後の抵抗を続けていた。


旧幕府軍の切り札は、軍艦「甲鉄(こうてつ)」の奪取だった。「甲鉄」は当時の最新鋭の装甲艦で、アメリカ製。もともと旧幕府が発注していたが、明治新政府に引き渡されたものだった。

榎本武揚率いる旧幕府軍は、この艦を奪うことで形勢を逆転させようとした。


そして、1869年5月6日早朝、霧深い宮古湾に、旧幕府軍の軍艦「回天」「蟠竜」「高雄丸」が現れる。奇襲作戦だった。

艦には新選組副長・土方歳三や、海軍奉行並の荒井郁之助らが乗り込んでいた。旧幕府軍は、囚人のふりをして偽装接近し、接舷の後、一気に「甲鉄」に突入する計画だった。


だが、作戦は失敗に終わる。敵艦への接近は成功したものの、突入の際に連携を欠き、突撃が分断された。

白兵戦の末、旧幕府軍は撃退され、「回天」は大破。海に飛び込む者、捕虜となる者、多くの犠牲を払って撤退することになる。


この宮古港海戦は、結果としては旧幕府軍の敗北だったが、士気と緻密な作戦、そして失敗してなお脱出した勇気ある撤退は、後の海軍関係者や歴史ファンの間で語り継がれている。

特に土方歳三が海戦に関与していたというロマンも、人々の想像力をかき立ててやまない。


明治維新という激動の時代、陸では薩長土肥の兵が駆け、海では元幕臣たちが最後の戦いを挑んだ。宮古港の静かな海は、その記憶をたたえながら、今も変わらず凪いでいる。




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