太陽と月の空間へもう一度
自然がゆるやかに変化し、作品と対話するような
大地の部屋 うつろひ を後にする
奈義現代美術館は3つの常設作品を展示する美術館で
残るは太陽の部屋と月の部屋。ここには作品のための
建築があり、作品により意味を与えられる空間がある。
空間に身をおき、体全体でそこにある質を感じながら。

静けさをまとう空間から、動的な空間へ。散りばめられた写真

反転する床と天井の図と地。部屋の中央には細い黒い筒があり

それは感覚を拡張する装置として、次の空間への接続部となり
そして筒状の建物の中へ足を踏み入れる

そこに展開されるのは重力、方向性、現実があいまいな空間で

天井にはベンチとシーソー。赤と緑の補色関係の床と天井

左右には反転する石庭。日常ではありえない視点となり

それらは内部の筒状の空間に沿って配置され、歪み、浮遊する

体の平衡感覚を失い、原色、石庭、遊具、空間の組み合わせに

思考するというよりも、ただ設置されたものを感じる

その石庭は龍安寺のもので、油土塀に鬼瓦もある

それはかつて訪れた龍安寺の記憶につながり

非現実な空間の中で、既視感が漂うようで

龍安寺の石庭というあまりにも日本的な存在が
大小の石の並びの余白など、意に介さぬように

より象徴的な存在として、空間に配置されている

反転する筒状の空間は光を帯び、動きだすかのようで
懐かしさと親しみ、異質と不安定さに覆われていて
現実から切り離された空間で、その感情を受け止める

手掛けたのは荒川修作+マドリン・ギンズ。その二人といえば

岐阜の養老天命反転地に思い起こす。そこでは圧倒的な規模で

予期せぬものが散りばめられている。過去の旅を
思い出しつつ、またいつかその面影を探しに

3つの作品をつなぐ小部屋の壁面には、太陽の部屋の初期の

スケッチ。そこには倒立した法隆寺の五重塔が描かれていて

龍安寺への石庭へ、より象徴的なものに変遷した過程が残る

壁にうつろひのスケッチも。3つの作品の異質さにひかれつつ

最後の月の部屋へ。そこには岡崎和郎のHISASHIが設置され

静けさと、しんとした記憶に包まれる空間に

三日月の形の空間にHISASHI。その作品はテーブルの端に

垂らされた石膏が固まる瞬間を、形として表現されたもの

作品は余白をまとい、絞られた開口部から、光は壁をつたって

広がり、音とともに空間に吸い込まれていく
時が止まったかのような静けさを持つ月の部屋
奈義現代美術館には三者三様の空間が広がっていて
そこでは、ただ体を空間に沿わせるようにして
奈義現代美術館を十数年ぶりに訪れた。以前は、まだ
幼かった子どもを追いかけて、空間に身を置く所では
なかったけど、そのあらためて空間を体全体で感じる。
動と静、具体と抽象、不安定と落ち着き、異質な空間に
身をおいて、あらためて奈義現代美術館という建物の
特異さを体感した。それは奈義の自然を背景に佇み、
3つの作品を内包するためだけの空間と建築を持ち、
それぞれが独立し、固有の形や質で関係を保っている。
その空間はゆらめき、動き、静まるように。作品と空間
と建築とが交差して、共鳴しあう美術館を楽しんだ。
