ぎりぎりは感覚を研ぎ澄ませて
旅はいつもいろいろと欲張って
水分をとるのも忘れる程、旅に夢中となる。時間も
押し気味で、フェリーの旅では、間に合うか、いや
間に合わなければ、その日に帰路につけない状況
となる。でもぎりぎりは違う風景をみせてくれる。

海に浮かぶ島や雲をイメージしたようなのれんの

島キッチンに到着したけれど、ゆっくりと過ごすには

時間が押し気味で、また通りすぎることに
穏やかで島の方も利用されるリラックスした空気

懐かしい思いとともに、テラスと緑の間をぬうように

建物内のにぎわいにも目を留める

緩やかな屋根の曲線の先の

涼しげなウォーターサーバーに引き寄せられる

声をかけさせて頂いて、汗を拭い、ほっと一息つくけれど

アートが散りばめられた芸術祭の旅に

また足は自然と動き出す。赤いTシャツのスタッフの方に

受付頂いて、併設された蔵の中で
生を輝かせるような色の作品にも出会う

2010年に建てられた島キッチンのテラスは
当時はアート作品でもあり、時を越え2021年に
建築としても認められた。手掛けるのは阿部良氏で
島の人と旅人をつなぐ場となり今に至る

2010年の旅でも通りがかった島キッチン

重なる板がうねるように連なる様子に

手に触れられる程の高さの屋根に

視線を沿わせるようにした日のこと
そして当時、島キッチンから運ばれた大きなモノ
2010年、その風景に出会うことはできなかった

けれど、この旅で搬入プロジェクトが行われた公堂に

立ち寄った。それは入らなそうでギリギリ入る物体を

設計し、搬入するプロジェクト

ぎりぎりの所で無事に物体が入った公堂の

ガラス越しに島とつながる風景に

赤と青と黄色に緑の楽しげな配色に

アートのような天井照明に

空間や建物が持つ記憶に会いに来た
危口統之がこの世に残した記憶には、今もふれる
ことができる。唐櫃公堂から数えて16回目となる

搬入プロジェクトは、2016年に生まれ変わった

京都ロームシアターで、ぎりぎりを目指すプロジェクト
そして危口統之という人物にふれる
ぎりぎりは感覚を研ぎ澄ませる。水路に落ちた
あの日、感じたことのない暗闇の中、自転車に
たどりつけたこと。その感覚はまだ心の中にある。
雨の五島。思いの外、上りが続く。フェリーの時間が
迫るけど、あの教会の風景へたどりつきたい思い。
時間のある限り、体力の許す限り、その先へと歩み
続ける。気がつけば、この時間のフェリーを逃せば
帰れなくなることがわかったとしても、体力が及ば
ない気がしても、ぎりぎりであることは、違う風景
を見せてくれる。先へと進むのは、今しか見ること
のできない景色が、きっとあるとの思いを頼りに。
