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【後編 〜知新ver.〜】 アジカンというロックバンドの魅力をdig outする|温故知新

前編(温故編)はこちら

はじめに ―― 洋楽ロックを、どうやってアジカンにしたのか


前編の「温故編」では、アジカンの後ろにある洋楽ロックのルーツを辿ってみた。

……とはいえ、前編を読み返してみると、ルーツを掘っているつもりが、思った以上にアジカンそのものの魅力を語ってしまっている。

まあ、それだけ好きなんだから仕方ない。
とはいえ、ここからが本題だ。

前編では、WeezerやOasis、The Beatlesなど、アジカンが影響を受けてきた洋楽ロックについて掘ってきた。

アジカンは、自分たちのルーツを踏まえて、
どうやって自分たちの音楽にしていったのだろうか。

洋楽ロックをそのまま鳴らすのではなく、日本語で歌い、日本のライブハウスで演奏し、自分たちの言葉で時代を切り取っていく。

そうやって、さまざまな音楽から受け取ったものに「プラスアルファ」を加えながら、アジカンにしか鳴らせない音を作っていった。

前編が「アジカンは、どこから来たのか」を探る「温故」
だったとすれば、
後編は「そこから何を生み出したのか」を探る「知新」編。

というわけで今回は、アジカンの「知新」の部分を掘ってみたい。


1. スタンダードなロックに乗せる、味わい深い詩的な表現が詰まった歌詞


温故編でも述べたように、
やっぱりアジカンはweezer無くして語れないと思う。

リズミカルな曲調に乗せて、
優しい言葉をシャウトするような感覚だ。

ただ、アジカンが幅広い層から支持されている理由は、こうしたストレートなロックだけではないと思う。

それは、やはり歌詞の奥ゆかしさや文学性から来る魅力である。

アジカンが一世を風靡し始めた当時のJ-POPと言えば、極端に言ってしまえば、

「会いたい」「愛している」の連呼を
繰り返すラブソング

だったり(笑)

「頑張れ」一点張りの
カノンコードに乗せた応援ソング

だったり(笑)

そうした曲たちがチャートの上位を占めるような時代でもあった。

もちろん、こうした直接的な歌詞が、そのシチュエーションにピタッとハマることはある。

でも、
人間は変わる生き物だ。
成長する生き物だ。

だからこそ、あまりにも具体的で直接的な言葉だけで作られた曲は、そのときは刺さっても、時間が経てば自分との距離が変わってしまうこともある。そんな変遷に伴い、熱狂的なリスナーが興味を失いゴソッと離れ、桜のように人気が散っていくのはあまりにも刹那的ではないかと思う。

少し話が逸れてしまったが、アジカンの歌詞が長く聴き続けられるのは、

そこに表現としてのゆとりがり、幅広さがあり、柔軟さがあり、奥ゆかしさがある。
そして根底には温かさがあるのだと思う。

例えば、

やりきれない思いを拭いたいとき、

渇いた心にわずかに芽生えた 鱗にもなれない歪な想いが 何度さ 願っても剥がれてしまうよ

『フィードバックファイル』収録曲 「飛べない魚」

または、

そっと背中を押して欲しいようなとき、

開け心よ 何がやましくて何故悩ましいんだ僕ら 光れ言葉よ それが魂だろ 闇を照らしてどこまでも行け行け

『ランドマーク』収録曲 「マーチングバンド」


アジカンの歌詞は、特定の何かのイベントや特定の誰かに対してという具体的なシチュエーションより、最も日々生きてて感じる喜怒哀楽の延長にある。そして、いろいろな経験を経ていくなかで、アジカンのアルバムを開けば「ああ、今はこの曲を聴きたいな」と思える曲がたくさんある。

それが、アジカンの歌詞の強さなんじゃないかと思う。

そして、その歌詞の楽しみ方は、ほかにもある。

作品によく出てくる「君」に対する解釈だ。

ここでいう「君」は必ずしも彼女や彼といった、恋愛対象的な二人称を表しているわけではない。決して、誰か一人に限定されていない。
これまでのゴッチの日記でもその言及がある。

俺の曲には「僕ら」っていう主語も出てくるように、「君と僕」というのが文字通りの特定されたオレとオマエ、そういう閉じた関係性を表しているんではなくて、読み手や聴き手に呼びかけるような広い意味での「君」なのだけれども、そこのところを誤読されて、「半径5メートル」の中にはオレとオマエ的な「君と僕」だけ、醸造エタノールの廉価な焼酎を友人と飲む余裕もないくらいに閉じた、オレとオマエと大五郎よりも狭い「セカイ」であるみたいな解釈をされてしまった。

Vo. ゴッチの日記 「半径5メートル」

例えば、

「君という花」の曲中に出てくる「君」は、
歌詞から滲み出る優しさから、身近な友人や大切な家族にも聴こえる。

「君の街まで」の曲中に出てくる「君」は、
歌詞の切なさやジャケットの雰囲気から、もう会えなくなった友人にも聴こえる。

もちろん、そこに正解はない。聴くタイミングや、その人が置かれている状況によって、捉え方が変わってくる。その変化や気づきも楽しんで欲しいというのがゴッチのメッセージでもある。

そこもまた、アジカンの味わい深いところなのだと思う。


2. 韻と言葉遊びに、絶妙なワードチョイス


アジカンの曲がリズミカルに聴こえて、どこか「踊れる」感覚になるのは、間違いなくこの要素も大きいと思う。

前回の記事で、Oasisとアジカンについて触れたが、ゴッチは歌詞を書くときに心掛けていることとして、韻を踏むことの大切さをインタビューで話していた。

これは、Oasisのノエル・ギャラガーも同じように心掛けているからだと言っていた。そして、記事でリンクに挙げたBECKのLoserのカバーは、見事なまでに日本語ならではの秀逸な言葉遊びを体現している。

その上で、アジカンが凄いのは、「ワードチョイス」と「韻の踏み方」の2つにあると思う。

たとえば、

『ランドマーク』の「レールロード」なんか、

「哀悼」と
「愛憎」で

頭韻を踏んでいて、初めて聴いたときは、秀逸というか衝撃が走った。

哀悼 君と町を結んで 谷を下って
愛憎 胸の奥に閉まって 列車は行くのです

『ランドマーク』の収録曲 「レールロード」

他にも、『ソルファ』の「夜の向こう」は、
意味の違う二つの言葉を韻で融合させて、音としても美しく響いている。

毎夜 毎夜 そう此処で
願うよ 太陽 みたいな 未来を

『ソルファ』の収録曲 「夜の向こう」

こういう、「意味」と「音」の両方を成立させる言葉選びが、アジカンの歌詞の魅力なんだと思う。

また、言葉遊びという文脈では、同じ『ランドマーク』に収録されている、「All right part2」という曲も忘れてはいけない。

これは、歌詞の頭文字をつなげていくと、
「あいうえお順」になっていて、「わをん」まで繋がるようになっている。

朝 居間のソファーの肘掛け 蹲る猫と エリーという名の犬声 起き抜けに濃いコーヒーを注いで

『ランドマーク』収録曲 「All right part2」

この作風と同じように、Creepy Nutsに「友人A」という曲がある。

これは、頭文字を繋げていくと、「ABC順」になり、「XYZ」まで繋がっている。なお、Creepy Nutsもアジカンへの影響を公言している。


彼らをはじめ数々のラッパーがアジカンに影響を受けたことを公言しているほか、ゴッチ自身もヒップホップに対する造詣が深い。

ゴッチのソロ活動においては、韻シストのBASIや、唾奇ともフューチャリングをしている。

こうして見ていくと、

アジカンがスタンダードなギターロックに、日本語ならではのできることをプラスしていったことの大きさが分かる。

ロックでありながら、歌詞そのものを「音」として楽しめる。
意味だけではなく、韻や語感、言葉遊びまで含めて音楽になっている。

こうした部分も、アジカンというバンドの唯一無二性につながっており、他ジャンルに対しても影響を与えているのだ。


3. 王道ロックに、ダンスビートを取り入れる発明


アジカンはスタンダードロックに対して、「ダンスビート」という要素を加えて、大きな発明を遂げたと思う。

話は逸れるが、

リズムの取り方に関して、日本人の伝統風習には、能楽や祭囃子の掛け声やお経のリズムだったり、等間隔の拍や「間」に対して、ピンと点を合わせるような感覚が根付いているように思う。

それは他にも、

例えば、野球場に行ったら外野席の応援歌を聴くと、チャンステーマの曲はだいたい四分の速いリズムで音を取るし、お笑いで流行るリズムネタも同じ系譜なのかもしれない。
日常生活で感じるシーンも、意外と多々ある。

一見、ダンスビートと和の伝統や娯楽は、正反対のように思える。
でも、もともとこうした意味では相性が良く、ロックに上手に取り込んだのが功を奏したのだと思う。

話を戻すと、アジカンの取り入れたダンスビートというのは、ドラムのハイハットで四分の裏のリズムを取る技法だ。

・君という花
・ループループ
・Re: Re:

これらの曲は、いずれもサビが全部四つ打ちのディスコビートで構成されている。上記の3曲は、アジカンファンの間では言わずもがな、フェスで盛り上がるド定番の曲たちだ。

邦ロックの歴史を少し切り取ってみると、

80〜90年代のバンドブームでは、ジュンスカ、ユニコーン、リンドバーグあたりを筆頭にエイトビートの曲が比較的多かった。
一方で、アジカンが出る当時の90年代の後半のライブハウスといえば、所謂メロコアパンクブームで疾風感のあるツービートの曲が流行っていた。

・HUSKING BEE
・BRAHMAN
・Hi-STANDARD…etc.

彼らは彼らで、後に10-FEETやMONGOL800などに影響を与えている。

また、当時のメロコアパンク界隈のライブ映像を観ると、

疾走感ある高速ビートの曲に乗って、
奇抜な髪色や髪型をした怖い兄さんが、
モッシュやサークルで暴れ回る。

そうしたムーブメントがライブハウスを牛耳っていた当時に、肩身狭しと現れて、俄かに革命を起こしたのがアジカンだった。

特に、その革新的な曲が、全部四つ打ちで構成されている「君という花」。
先ほども少し触れた、メジャーデビューアルバムのリード曲だ。

王道のギターロックに対して、ダンスミュージックっぽさを足して、「踊れるロック」の概念を作ったのだ。

これが大ヒットして、一気に名が広がるようになった。

そして、この概念は、アジカンだけのものに限らずムーブメントと化する。

「ROCK IN JAPAN FESTIVAL」をはじめ、「COUNTDOWN JAPAN」、「ARABAKI ROCK FEST.」もこれらはいずれも00年代から始まったフェスである。つまり、踊れるロックとしてフェスブームの礎を作ったといっても過言ではない。


そしてさらに、後々にも大きなインパクトを与える。四つ打ちビートを軸にヒット曲を連発した、

・KANA-BOON
・KEYTALK
・グッドモーニングアメリカ…etc.

など、2010年代の新たなフェスブームの大きな立役者にまでなったことを忘れてはいけない。

つまり、この革新的な発想こそが、今日の日本のバンドシーンを大きく変えたと言っても、決して過言ではないのだ。


さいごに ―― フジロックで感じた「エモさ」


なんで今回こんな記事を書こうかと思ったのか。

先日観たフジロックで、エモさを感じたからだ。

それは、高速ツービートで頭を激しく縦に振るような”縦ノリ”の代名詞であるハイスタの後の大トリに、四つ打ちでリラックスしながら踊って楽しめるような"横ノリ"の草分けとも言えるアジカンが来たということ。

もちろんハイスタも大好きだし、同じようにハイスタの回も作って、勝手に愛を語りたいと思う。
でも、やっぱりアジカンに対してその長年育んできた愛というのは、追随を許さないような自負すらあり、その溢れんばかりの気持ちを、エゴを、ここで表現したかった。


そして、またフジロックでの政治的な発言だけがピックアップされており、切り取られたままの印象や、時には誤解や曲解を招いた状態で印象が広まることを、一ファンとしてはどうしても受け入れ難いとも思っている。

もちろん、その発言についてどう考えるかは、それぞれの人が判断すればいいと思う。

ただし、それでバンド全体を判断されてしまうのは、お節介ながらあまりにももったいなくて悔しいのだ。

前編の「温故編」で書いたように、アジカンには洋楽ロックからの影響が根強くあり、その延長に政治があるのは何の違和感もない。

また、こうした洋楽ロックを、そのまま見様見真似でコピーしたわけではない。
それは、今回の記事で書いたように、

日本語ならではの独特な表現を紡ぎ、
時には言葉で遊び、
ダンスビートを取り込み、

日本のライブシーンの中で、自分たちだけのロックにしていった。
そういうところまで含めて、アジカンというバンドの魅力だし、日本の音楽シーンに与えた影響は本当に計り知れない。


だから、そんなアジカンを揶揄するような人にも、「いや、ちょっと待ってくれ」と、刺しにいくような文章を書きたいと思った。

アジカンというバンドの面白さ。そして、洋楽ロックをルーツに持ちながら、それを自分たちの言葉と音に変えてきた、

その「知新」の部分。

そこまで含めて聴いてみると、アジカンというバンドは、やっぱりめちゃくちゃ面白い。

そして、めちゃくちゃ格好いいロックバンドなのだと思う。

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