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#036 リッツ・カールトンから教わった「採用」の本質 ~ 第一号社員はどんな人だった? ~

こんばんは😊
『記憶に残る人になる』著者の福島靖です。
このnoteでは、人の心を動かし、記憶に残る人になるための思考と実践を、ホテルマン・営業マンとしての実体験からお伝えしています。


という事で、、
今日は「リッツ・カールトン・ホテル」のお話をしたいと思います。

そして、皆さんにいきなり質問です!

リッツ・カールトンの第一号社員って、
一体どんな人だったと思いますか?

と、、いきなりそんなこと言われても、見当が付かないですよね…笑

ちなみに「リッツ・カールトン」というブランド自体は、1900年代はじめから続いているんですが、オーナーは何度か変わっているんです。

と、本題に入る前にちょっとだけ、リッツ・カールトンの歴史についてサクッと説明させてください😊


ザ・リッツ・カールトンを作ったのは「伝説のホテル王」

ザ・リッツ・カールトンを創業したのは、
ホテル王として名高い「セザーヌ・リッツ」という男でした。

( 引用元:Wikipedia )

彼は、フランスのパリに「ホテル・リッツ」というホテルを作りました。
次に、イギリスのロンドンに「カールトン・ホテル」というホテルを作ったんです。

その後、アメリカ進出を夢見たセザーヌ・リッツは、「リッツ」と「カールトン」を合体させて、「ザ・リッツ・カールトン」というブランドを立ち上げたんです。

そして多くの人は、リッツ・カールトン=「ホテル」と思われていますが、実は最初はホテルじゃなかったんです。

リッツ・カールトンが最初にやったのは、意外にも船内レストランでした。

ヨーロッパとアメリカとを結ぶ客船の中に、「ザ・リッツ・カールトン・レストラン」というレストランを運営していたんです。

( 客船「S.S. America」内で開業したレストラン)

その後、1911年にアメリカのニューヨークに、「ザ・リッツ・カールトン」ブランドとして初めてのホテルを作ったんです。

( THE Ritz Carlton, New York in 1911)

そして時は流れて・・

1983年に、当時のホテルカンパニーがブランド権を買い取り、リッツ・カールトンを世界的なブランドに育て上げたんです。

その後は、1998年にマリオット・インターナショナルに買収され、同グループの一員となりました。

と、これがリッツ・カールトンのザックリとした歴史です😊


第一号社員は一体、、誰?

ここで本題に戻しますね...苦笑

リッツ・カールトンの第一号社員は、一体誰だったのか?

答えはなんと、、

「カフェの店員さん」

だったそうです。

ただ、ホテルの求人に応募して来た訳ではありません。
じゃあ、どうやって来てくれたのか・・

当時、まだリッツ・カールトンが開業する前、創業者たちは毎日、同じカフェで熱く議論していたんだそうです。

「こんなサービスがあるとワクワクするな!」
「こんな仕組みもあれば、きっと働き甲斐を持てるんじゃないか!」

そんな様子を、いつも横眼で見ていた一人の女性店員さんがいたそうです。

そしてある時、その女性店員さんからこんな質問を受けました。

「いつも楽しそうに話していますよね!一体、何の話をしているんですか?」

そんな質問に、創業者達はこう答えたそうです。

「僕たちは、今までに無かった最高のホテルを作るんだ。その話をしていたんだよ。」

そんな答えに、彼女は思わず目を輝かせた・・

その目を見ながら、更にこう続けたそうです。

「興味があるかい?」

現在のリッツ・カールトンは1984年、アメリカ・ジョージア州アトランタで、最初のホテル運営を始めます。

彼女はリッツ・カールトンの一号社員となり、ホテルの顔とも言われる「コンシェルジュ」になったんです。

そして後年、彼女は総支配人にまで上り詰めました。

という事で正解は、

「カフェの店員さん」

って、そんなの当たるワケないですよね...苦笑

当時のアメリカの採用事情を知らないので、何とも言えませんが、、

もし現代の日本なら、「採用」と聞けば真っ先に求人媒体とか、人材エージェントさんを連想しますよね。

でも、まさかのストリートだなんて・・
僕も初めて聞いた時はビックリしました。

でも、なんだか、とってもリッツ・カールトンらしいなと思ったんですよ。


リッツ・カールトンの採用試験はこうだった

僕が、ホテルに入社したのは2007年の5月でした。

とにかく、採用プロセスに驚きました・・

僕が応募したのは、2007年4月。
朝9時に、ホテルの一番大きな宴会場に志望者が集まったのですが、もう人の山・山・山。

後から聞いた話ですが、一日で約1500人が選考に参加したそうです。

ちなみに書類選考は無し。
当日に履歴書を持参して手渡すだけ。

最初に説明会があって、その後すぐに面接がスタートするんです。

まず一人目は、希望する部署の部長さん。

そして驚いたのは、二人目でもう総支配人が出てくるんです・・。

という事は、ここで面接は終わりか?
そう思いきや、甘かった・・

それから、何度も日本人や外国人の面接官と面接を重ねて行くんです。
(ちゃんと通訳さんもいます!)

え?いつ終わりが来るの?と思うくらい、延々と違う人と面接を繰り返すんですよ。

そして、いよいよ最後の面接。
小部屋の中にいたのは、人材開発部長でした。

そして深い話はせず、ただ一つ質問をいただきました。

「福島さん、最後に言い残した事はありますか?」

僕は疲労困ぱいしながらも、こう答えたのを覚えています。

「僕は、いらっしゃったお客様を一人残さず喜ばせてみせます。」
「それが出来なければ、いつでも辞める覚悟は出来ています。」

たいそうな大口をはたいて・・
僕はホテルを後にしました..😅

すると、もう外は真っ暗・・。

休憩や待ち時間を入れても、8時間くらいはホテルにいたんじゃないかな・・って思います。


そして、15人しか残らなかった

約1か月後、僕は晴れて入社する事ができました。

入社式当日、小さな宴会場に集まった人を見て驚きました。

入社したのは、僕を入れてたったの15名だけ。

また、これは後で知った話なんですが、リッツ・カールトンの採用試験には特徴があったんです。

それは、

「採用試験を受けられるのは、一生に一度だけ。」

今は何度もチャレンジできるそうなんですが、当時は一度受けてダメなら、一生受けられない。

そんな鉄の掟があったそうなんです。

そんなに厳しい掟を定め、そして8時間もの面接を通して、リッツ・カールトンが見極めたかったものは何だったのか?

ある日、僕は人材開発部の同僚に尋ねた事があったんです。

ただ答えは、あっけないものでした。

「リッツ・カールトンの理念に共感して、共鳴してくれる人なのか?」

僕は人材開発部で働いた訳ではありません。
だから、僕の体感なのですが・・

リッツ・カールトンでは、「優秀さの定義」をハッキリと決めていたんだと思います。


「優秀な人」って、いったい誰?

優秀な人とは、

「リッツ・カールトンの理念に共感して、共鳴してくれる人」

だから筆記試験も無かった。

学歴も不問、サービス経験も不問、履歴書なんて入口で渡して終わり・・

そんな事よりも、リッツ・カールトンにはもっと大切にしていた基準があったんです。

日頃、僕は採用に立ち会う機会が多くあります。
すると社長や部門長が、みんな口を揃えて言うんです。

「優秀な人が欲しい!」

もちろん、それは誰もが優秀な人に来て欲しいですよね。
でも、「優秀な人」という割に、「優秀さの定義」を議論していない。話し合っていないってケースが、沢山あるんです。

あなたの会社にとって、
「優秀さの定義」とは何ですか?

それは、学歴や職歴なんでしょうか?
それとも、持っている技術や資格でしょうか?

カルチャーフィットする事でしょうか?
じゃあ、あなたの会社のカルチャーって具体的に何?

それをハッキリと言える人は多くありません。

「優秀さ」が曖昧なまま、"優秀そう"な人たちが選考の駒を進めていく。
そして、何かが噛み合わなくなっていく・・

本当はちゃんと議論して、決めなきゃいけなんですよね。「優秀さの定義」を。


採用の前に、大切な事

リッツ・カールトンでは、全員に共通する「優秀さの定義」を、1983年からぶらさず、社員みんなで共通認識として持っていた。

だから、あれだけの仕事が出来たんだろうな・・って、後になってみて実感するんです😊

リッツ・カールトンの第一号社員は、カフェの店員さん。

そして、その店員さんが引き寄せられた最も大きな要因は、創業者達が楽しく熱く話していた事。

採用計画も、媒体選定も、エージェント選びも大事です。でも、もっと前に、考えなきゃいけない”大切な事”がある。

そんな採用の本質を、僕はザ・リッツ・カールトンから教わりました。


今回も、最後まで読んでいただき有り難うございました😊!

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