苦しい「ラベル」を自分自身にも貼りつけてしまうとき。無邪気な「ラベル」が「スティグマ」になってしまう理由【中編】
みなさん、こんばんは。
先日、このマガジンで「レッテルは『コスパ』が良いから、やめられない。私たちが無意識に人にラベルを貼ってしまう理由」という記事をお届けしましたのを覚えていらっしゃるでしょうか。
前編では、私たちが普段ほとんど無意識にやっている「ラベリング」が、実は 認知経済性 という、私たちが疲弊しないための賢さの一面でもある、というお話をしました。
街ですれ違う相手を「鳥」と「犬」と「猫」を見分けるのと同じくらいの精度で「女性」「子ども」「大人」と処理することで、私たちは精神を消耗せずに済んでいる。
それはむしろ、人間の仕組みとしては合理的なものなのだ、というところまで。
今日はその続きとして、ラベルの 悪い面、「スティグマ」と呼ばれる現象と、それでも自分の人生を自分で歩いていくための話を書こうと思います。
まだ前編をお読みでない方も、できる限り中編だけで意味が通るように書きますので、よかったらこのまま読み進めてみてください。
この記事はこんな人におすすめ
「自分には〇〇というラベルがある」と感じて、苦しくなることがある方
不登校・病気・失業・離婚など、過去の事実で誰かに値踏みされた経験のある方
「ラベルなんて気にしなくていいよ」では納得できなかった方
自分の過去と、これからの自分との折り合いをつけたい方
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