レッテルは「コスパ」が良いから、やめられない。私たちが無意識に人にラベルを貼ってしまう理由【前編】
見知らぬ女性に「ちょっと、お母さん」と呼びかけてみたり。
新入社員を「最近の若者は」と雑に区別してみたり。
こういう論調、最近のSNSでは、「主語が大きすぎる」などと定型的に反論されますね。
でも、そもそも。
私たちはどうして、目の前の「その人」に勝手な「ラベル」を押し付けてしまうのでしょうか?
実は、それは私たちの脳が「サボる」ために編み出した、ある種の賢さの結果かもしれません。
この記事はこんな人におすすめです
・つい他人を決めつけてしまう自分に、モヤモヤを感じている方
・「〇〇さんらしい」という周囲の言葉に、窮屈さを感じている方
・人間の「認知の仕組み」について、深い興味がある方
先日、どなたにでも読める「あなたに夜明けを」シリーズの記事として、「ラベルをつけられて、むしろ安心するとき。」というテーマでエッセイを書きました。
上述の記事では、私の雑感と経験を綴ってみましたが、今回はもう少し学術的な文脈でも、深掘りしてみたいと思います。
まず、「ラベル」とはなんなのか。さらっと定義しつつ、おさらいしてみましょう。
▶こちらは忙しいあなたのための、AI読み上げ音声です。
(私の声をサンプリングしています。)
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