見出し画像

ロスジェネなポンコツは残念なのり弁だからこそ、美味い。

これは6月1日付で開業届を出した、850万人いると言われるロスジェネの、とある1人のポンコツなプロフィール。

「コンサルタントでありながら、ひっそり占い師もやる」という、我ながら(頭おかしいでしょ!)とハリセンで引っ叩きたくなる胡散臭さ。

まるで映え要素ゼロ、運動部御用達の「残念なのり弁」そのもの。

でも、ひょっとしたら…あなたも「のり弁」仲間なのかもしれません。


『残念なお利口さん』が『お利口さん』を辞めた話

「お前は頭ばっかりだ!」

電話口のむこうから自営業を営む父にそう言われたのは、社会人になって1年目の初夏。楽天への出店を提案した時でした。

当時の私は父の取引先の貴金属店で、実家の跡取り候補として卸部で勤務していました。

パールのネックレスを組んだりメレダイヤをふるいにかける傍ら、プライベートではパソコンでチャット仲間と会話をするのが日々のルーチン。

仕事場から直行で帰ってきてピー、…、ゴロゴロゴロ……。
ネット回線がつながったらパソコンに「ばんわ〜」と打ち込んで「社畜乙」と出迎えられる毎日。

ネットを使ったビジネスにも興味津々。楽天が出てきて1〜2年、Amazonもまだ創業から5年程度だったと思います。

仲間は理系の大学院生が多かったこともあり、Amazonを積極的に利用していました。ただ当時はまだ本が中心。取り扱い商品の幅が広いのは楽天でした。

使ってみたら(楽天…便利すぎる)。そして閃いちゃったのです。

急いで出店希望者向けの説明資料をダウンロードして読んでみたところ、当時の出店料は30万、色々込みで60万前後だったはず。記憶が定かじゃないのであしからず。

父に電話して、「お父さんも楽天に出せばいいじゃん!従業員1人雇ったと思えば安いしさ、これからインターネットは伸びるよ!!」と熱く語った際に、先ほどの父の言葉を投げつけられました。

私、学生時代はいわゆる『残念なお利口さん』でした。

好きなことはがむしゃらにのめり込むけど、やりたくないことは徹底してやりたくないという残念な属性があるものの、高校3年生の時に担任から「英語さえ頑張れば、慶應・早稲田も余裕で行けるのに…」とボヤかれる程度には学力はありました。

…大丈夫。ハッパかけられても、頑張りませんから。

そして、父は私の『お利口さん』しか見ていませんでした。小学生の頃から単身赴任でしたので、日常的に私と接していなかったからです。

私は週末にしか会えない父親に、お利口さんを演じ続け、父に好かれようと我が儘な子供なりに進学先も就職先もできる限り親の引いたレールに合わせて生きていました。

だからあの一言がトリガーだったんです。

(時代の流れはインターネット。時代見て判断しているのに、頭ばっかりって何?!子供の頃は成績を取れば褒めてくれたじゃん! 通信簿に5が並ぶと嬉しそうな顔をしていたのは誰だよ、アンタが入れたがってた高校にだって入ってやったじゃん!その同じ口が今さら頭ばかりと言うのかっ!!)

(ーーわかった。もう知らない。こっちから出てってやる。…プーンだ!)

入社経緯がアレでしたので、さっさとケツまくって退職届を出して飛び出しました。そんな無鉄砲なパソコン好きオタクが夢見ていたのは「SE」という、どこかキラキラした職業でした。

無垢なアホに希望の光が舞い降りた話

ですが所詮は自分でデスクトップを組み立ててホームページ作れる程度しかパソコンを知らない、ただのオタク。

しかも時代は就職氷河期。理系男子ですら就職活動に苦しんだ時代です。

こんなポンコツがSEなんて、夢のまた夢。

一方で当時の私はまだまだ無垢でした。というか、アホでした。

(なんとかなるっしょ〜)と求人情報誌にある小さなシステム会社に履歴書を送り続けていました

そして現実とご対面。全敗です。

写真撮ったり、履歴書用紙買ったり、切手買ったり。電車乗ったり。

当時は就職活動をしたいなら弾となるゼニが必要でした。何ヶ月もそれが続けば、なけなしのゼニは減り続けますよね。

(パチンコ屋でバイトでもするかぁ!時給高いじゃん!!)と日曜日の新聞のチラシに紛れ込んでる求人情報をチェックしていたところ、母親から「絶対にやめて!一応、社長の娘でしょ!」と涙ながらに言われてしまいました。

そして毎月のお小遣い2万円と実家滞在中の家賃免除のオファーが入り、私はそれを飲みました。

その夜、あまりにも悔しくて湯船で独り泣きました。

親に反発して飛び出してみたくせに、気がつけば実家で親のすねかじりに逆戻り。同級生や仲間たちは自分の足で立ち始めているのに。たかが数万の金欲しさに楽な道に逃げてる自分。

ーー親のラベルなんて、マジいらない。あぁ、自分の力で稼ぎたいっ!

ですが、ちっぽけなプライドとトレードオフした2万円で就職活動を継続することは可能になったわけです。

それから1ヶ月、無謀な夢を握りしめて履歴書を送り続けた結果、1つの求人情報に出会いました。

特攻隊が本丸を落としてコスト回収した話

その企業の名前は知っていました。当時はBig7、今はBig4の1つですから。

明らかに無謀です。日の丸特攻隊です。
ですが求人情報誌には「将来性による採用可能性あり」との一言がありました。

(突撃じゃーっ!)

残念なスキルでしかないものの(ホームページを作れる若い文系女子って希少でしょ?)とばかりに、チャンス到来と浮かれていたんです。

ほんとポンコツです、私。

でも、ポンコツなりに頑張って戦略を立てていました。

  1. 退職理由をストーリーにして笑える形に整える

  2. 自己紹介のホームページを作る

  3. 履歴書の自己PR欄としてホームページを使う

面接は一期一会。シニア転職なら実績が最重要ですが、若年であればポテンシャル採用もあり得るのは今も昔も一緒です。

ましてや、この時は「ポテンシャル採用枠でも構わない」と企業側が宣言していました。

つまり、手垢がついていない人が望ましいのです。

自分の強みはホームページ作れることと素直そうな見た目。弱みはへっぽこで勝気なところ。使うなら明るさに変換して出力する。ライバルはせいぜい30歳程度まで。

田舎からの参戦でしたが、受かれば上京する予定です。大した影響はない。

そうとわかればホームページを作るのみ!

徹夜でHTMLを打ち込み、目の下にクマを作りながら書類を送って1週間。書類選考通過の連絡をいただきました。

(ぃぃ…よっしゃー!!)

ですが、そんな喜びも面接の場で吹き飛びました。

「あなたが送ってくれたURLね、画像の部分、全部ローカルだったの」。

翻訳すると「アンタのホームページ、画像、全部リンク切れだから」。

(やらかしたぁぁぁっ!!!)

ですが本番はここから。キャラ、今こそ出番です。

正直何を話したかは一切覚えていませんが、みんなで笑いながら面接が終了したことだけは覚えています。で、採用されました!

採用してくれた面接官の方の1人から、後日お話を伺ったところ、

4人いた面接官のうち、3人は最初から落とすつもりだった。だけど、採用した後に指導する立場の人が「こいつ面白い」と。だからポテンシャル見たさに会ってみる事にしたら、キャラクターが面白かった。

…とのことでした。

悔し涙コスト、完全回収!

おつとめ品が婚活戦略を練り直した話

その後はいくつか転職を繰り返し、気がつけばBig4のうち2社で勤務経験したSEとなりました。

仕事面は好調でしたが、そのぶん恋愛はおざなりに。理由は元々結婚や出産に関心が薄かったからです。

ですが、年齢が35を過ぎた頃に人生が詰みかけました。

実は私の無謀な転職が叶った数年後に両親が熟年離婚し、母は社長夫人から普通のおばちゃんになりました。弟は、というか弟も当時は家を飛び出して失業中。

…薄々気付いてはいたんです、サラリーマン向きじゃないかもなーって。

(これ、起業するタイミングきちゃってるかもなぁ…)と感じていたけれど、心に湧いてくる都度、必死に打ち消していました。

それは、従業員が詐欺働いて倒産しかけたり、親会社が飛んで借金背負わされたり。そんなのが私の進学のタイミングに重なって、合格した関西の大学蹴って短大を選んだ過去があるから。

一方、弟が進学するときは売上絶頂期。弟には「お前はハワイの大学にでも行くか?」。えっ…私が留学したがってたの、知ってるよね?!

そう。安定した家計収入は、家族に差を作らない。

だから別の道を探しました。ーーそうだ、家族を作ろう!もう一人じゃお金も心も持たないもの。

(さーて婚活だぁ!)と意を決したものの、時すでにジ・エンド。

当時は40を過ぎたイケおじ芸能人と20代の女性タレントの結婚がタケノコのようにスポーツ紙の一面を賑わしていて、「30過ぎのババア、用無し」ムーブがキツかった。

通勤電車のガラスに映る自分の顔は、ガラス越しにも目の下のクマがしっかり見て取れるほどに疲れ切っていて、40代と言っても通用するくらい干からびていました。

帰宅前に立ち寄ったスーパーのおつとめ品ワゴンを眺めながら、(こいつら、私と一緒じゃん…)と2,3個カゴに投げ入れる。

でもしょぼくれた見た目に反して、頭はしっかり回していました。

  1. 結婚したい相手を再定義する

  2. 見た目を整えて写真をプロ仕様にする

  3. プロフィールを書き換える

そして結婚をする理由を自分に改めて問いました。

スタートは何であれ、私の答えは「人生の荒波を共に乗り越えていく共同パートナーを得ること」でした。

一般的に結婚をするのは恋愛感情の延長が多いですが、離婚も多い。一方で長続きするのはお見合いで結ばれたケースが多い。

つまり共同体や戦友のような夫婦が長期的に結束力が強いのです。(ドーパミンに騙されてはいけない)と気を引き締めました。

次は「私が結婚相手に望む条件は何なのか」ーーこの再定義に入りました。

見た目が好みの相手の場合、相手に似合う異性になろうとして背伸びして自滅しがちです。結婚する相手として自滅確定な人はよろしくない。

素直に外見を却下して「一緒にいて楽な人」を要件に追加しました。

さらに経済力。これが高い人はテストステロン値高いし、誘惑も多い。結果、浮気率高いだろうから却下。お金がないなら私も働けばいいだけです。

私の年齢的に子供がマストな相手は難しいし、歳は離れ過ぎていると会話合わずに離婚リスク大。

結論、「見た目普通で、普通に働いている、ペット好きの同世代。子供はどちらでもいいと思う人で、一緒にいて楽な人」でした。

追い討ちは「相手に提示できるものは何なのか?」です。もっと生々しくいうならば、「相手に買わせたいと思わせられるものは何なのか?」

女性という売り手側が普遍的に使える資産は見た目と若さ。

若さが失われた以上「見た目」しかない。目を背けてはいけない。

だからエステに通ってダイエットに励み、雑誌を買い漁って化粧方法を変えました。

体重を5キロ落としたところで、プロメイクとプロカメラマンに依頼して、いざ写真撮影!

最終フェーズは、プロフィール文の修正です。写真を差し替え、「私はこういう人間です」ではなく「あなたにとって私はこういうことができます」の目線で書き直しました。

すると婚活アプリでも続々とメッセージが入るようになりました。…我ながらパーフェクトすぎる結果にニヤリ。

が、また新たなトラブルが勃発です。それは「写真盛り過ぎ」問題。

あの時お世話になったプロカメラマン。アナタいい仕事しすぎだよ!さすがっす!!

アラフォーババアが時代を先取りしていた話

マッチングアプリでマッチングした後は、数回ほどメッセージを交換。そして実際に会う事になりますよね?

ですがいざご対面すると、みなさん何とも言えない微妙〜〜〜っな表情を浮かべるのです。

というのも、私、見た目は割と普通の日本人。どこにでもいるモブキャラなんです。が、会って話せばこの文面からわかる通りの性格ですし、写真もプロの職人技で盛りに盛られた状態。

2〜3回あってもらえたら御の字。中には「写真と違い過ぎだろう!」と会った瞬間に怒りをぶつけてくる方もいました。

…正直ショックでした。お金かけてダイエットも頑張ってきたのに。自分が惨め過ぎました。解散して家の扉を開けた瞬間に、暗闇の中で悔しさと悲しみで涙が漏れ出たことも1度や2度じゃありません。

確かに男性からしたら「げ!丼からはみ出したエビ天食ったら、衣ばっかりで中身スカスカッ?!」って感じだったでしょう。

…でもね、逆に気付いちゃったんです、何人かの男性からニセモノ扱いされて。

(あのてんこ盛り写真、実はDV夫ブロッカーになってる?)と。

そもそも初対面の女性に怒りをぶつけてこれる男性。これって、自転車ですれ違いざまに「ブースッ!」と暴言を投げつけて走り去る輩。
私、人生で2回ほど遭遇してございます。

それに昨今よく耳にする「芸能人。あってみたら映像の方がカッコいい」問題。あれと同じ構図なんですよね。

…ってことは、私、時代先取りじゃん?!

なので、「◯◯君、ライブでみたら普通だったー」とか耳にするたび、(ふ…お嬢さん、今頃かい?)と心の中でドヤってます。

なお、私の婚活は設定を見直してから3ヶ月で今の夫と出会い、結婚10年を超えました。

喧嘩することもなく、子供の代わりに猫を買い、今はその子もシニアです。

後になって気づいたのですが、この設定の見直し。理屈でゴリ押ししているに思えるかもしれないのですが、実は完全に直感だったんですよね。

ある日の通勤電車に移った自分の顔。見慣れていたのに「これじゃダメだ」とスイッチが入り、一気にプランが頭に沸いた…というのが1番近い感覚です。

今にして思えば、当時やっていたのって「自分という商品を売るために市場分析し、セルフプロデュースして、ニーズを持つ相手に対して売る」という一種の事業設計だったんだ、と。…不思議なものです。

都落ちプライド女が挫折して占い師になった話

さて。結婚後は夫の仕事の関係で、首都圏から離れて地方に移り住むことになりました。

実は私からすると、これは都落ちでした。

都会への願望はなかったタイプなんですが、都会に出て働くうちに、八つ墓村的な閉塞的な空気が漂うローカル臭が苦手らしい、と気づきました。

またカエルが死ぬほど嫌いなので、美しい草花に彩られた庭やのどかな田園風景も嫌いです。奴ら、そこかしこにいるし、擬態かましますから。

何より仕事を頑張ってきたのに「ただの主婦」になることは、自分で選択したとはいえ、青年期以降のアイデンティティ崩壊に近かった。

引越しの荷解きが終わって、役所周りの書類をあらかた提出し終わって思ったことは(なんとかせなあかん!)でした。

選んだのは中小企業診断士。Big4で働いていたことが、ここに影響しています。

Big4って…エリート揃いなんですよ。何気なく目についたスーパーに入ったら、そこにいる店員さんはレジ係も品出し係も旧帝大・早慶だらけ。そんな世界です。

私はエリートじゃないけれど、エリート集団を下から支えるメンバーとしての誇りを持っていました。でもその世界から私は落ちこぼれた。

落ちこぼれなりに頑張ろうとしたけれど、これ以上1人の力で戦い続けるのは無理だった。

でもまだ抗いたい。ーーそれが中小企業診断士という試験だったのです。

ラッキーだったのは勉強自体は実用的で面白い。何より勉強している間は惨めさから解放される。

そんな感じだから、勉強がはかどること、はかどること!
おかげで一次試験はあっけなく一発で突破です。

当時は資格予備校に通っていたのですが、当時の講師陣からも覚えめでたく、「君、コンサルにめちゃくちゃ向いている!」と太鼓判も押されていました。

が、二次試験は敗北。しかも惨敗ではなく、僅差による敗北です。

少し説明させていただくと、中小企業診断士という試験。一次は選択式で絶対評価、二次は記述式で相対評価かつ正解は非公開の試験です。

そして一次に合格すると2年間の間に2回だけ二次を受ける資格が得られますが、2回ともダメだったら一次試験からやり直しです。

1回落ちた時に(次こそは…!)と思って翌年も挑みましたが、それも敗北。しかも前回はA判定もらった科目でD判定。実は二次試験…D判定が1個でもあると即アウトなのです。

(なんでやねん!?)

気を取り直して、翌年また一次を受け直すと、次も一発で合格。そして二次では前回A判定をもらった科目でD判定を喰らう。

(…みんなやり続ければいつか受かるって言うけど、それっていつ?どうせ1次はまた受かる。でも2次は全く受かる気しない…。先生「向いてる」って言ってくれたよね?逃げたくないのよ。でも、今年は何時間ムダにした?もう止めたい。お願い、誰か止めさせて……。)

私はこれを全部で5回繰り返しました。通算10年。地獄でした。

10回目の合否通知を開く手は震えていました。

(どうせまた不合格だ…でも、信じたいんだよ。だって受けたんだもん、1%くらいは合格する可能性、残ってるじゃん。ラッキーパンチ当たってるかもしれないじゃん!)

ーーラッキーはありませんでした。

流す涙なんてとうの昔に枯れ果て、悔しさを感じるはずの心はすでに壊れていました。

そしてなぜか吸い寄せられるように、診断士の勉強を始めてからずっとタンスに入れてあったタロットを引っぱり出していました。

引いてみたら「塔」でした。

(あ。もう止めていいんだ…私、もう楽になっていいんだ……。)

気づいたら猫の背中を撫でていました。そして、ただ涙が流れていました。

参考書を捨てて、あさっての方向に走り出した話

参考書を紐で括って資源ごみの日をチェックしながら、私の頭の中ではすでに1つの考えが浮かんでいました。

(そうだ、占い好きだったじゃん!そうだ、占い師になろう!!

そうなんです。実は子供の頃からの占い好きで、いわゆるマイバースディ・エルフィン世代。とはいえ、天使様やフワフワした理屈のない世界は当時から苦手。

さらにSE経験や診断士の勉強時間の長さもあり、今は合理的・理論的に考えるクセに拍車がかかっています。

そんな立場から見る「コンサルタント」と「占い師」。

この2つ。
真逆のようで本質は「理論を使ってクライアントを助けること」であり、使う道具が違うだけなんですよね。

となったら(…私、いけるんじゃね?)

さっそく教えるのに特化したゴリゴリ理論派な師匠を探して師事し、そこから半年で占い師としてプロデビューしました。

この時はまだ「診断士試験を挫折した元SEの占い師」が客寄せパンダになると信じていたのです。

客寄せパンダはただのパンダだった話

繰り返しますが、コンサルタントと占い師。使う道具こそ違いますが、仕事の質は似ています。

ですがクライアントのニーズが全く違うのです。これを私は見落としていました。

コンサルタントのところにくる方は「現状を改善して良くしたい」。占い師のところにくる方は「現状の悩みを聞いてほしい」。

今の問題を見つめて、直して、発展させたい方の質問には「HOW」が入りますが、占いのお客様は「WHY」止まりが多いのです。

WHYはね〜…何も変わらないのよ。

とはいえ商売ってクライアントのニーズが最優先ですよね。

占いも知識もいわば道具。道具は相棒です。

相棒が伝えてきたことは正確に伝えたい。嘘はつきたくない。

雇われ占い師の立場では「彼の気持ちを教えて!」と聞かれても(本人に聞いたら?)なんて言えません。「相手もあなたのこと、好きみたい〜」なんて答えて間違っていたらただのプラセボ。ストーカーにさせちゃうかもしれない。ヤダ、私共犯じゃん!

…そんな小難しいこと考えながらやってる占い師なんて、ニッチにも程がある。そこに市場はあるんか?いや、ないでしょ。

客寄せパンダになると思ったけど、結局は客寄せすらできないただのパンダだったんですよね。

でも実はもう1つ、分かってしまったことがあったのです。

私が本当にやりたいのって、誰かの「HOW」へのサポートだったんですよね。

経営者の方なら、責任がある分、必要と理解すれば変化を受け入れる覚悟がある。

…それは父を見ていて肌で理解していました。

パンダが本当の思いに気づいた話

せっかく切り開かれたプロ占い師の道でしたが、会社に所属する以上、ニーズに応え続ける義務があります。

なのでプロは休眠して、個人集客で細々やろうと決意しました。

「ビジネスを頑張っている方をサポートしたい」との気持ちが湧いてきてしまった以上、もう無視することはできません。

経営者は孤独です。

一人で頑張り、一人で苦悩し、一人で決定します。

頑張っている。でも、誰も頼れない。誰にも分かってもらえない。誰よりも会社を、社員を大切にしているのに伝わらない。

そんな闇の中で責任を背負って孤軍奮闘している方はきっといる。

そして、彼らを、ひいては彼らの会社をサポートしたいと真剣に思う、設計しなおすことが性(さが)な人間がここにいる。

(やるしかないな!)

血に気づいたポンコツが仲間に旗を振る話

話を振り出しに戻します。私は6月1日付で開業届を出しました。

本当に向いているかどうか。
これが形になるかどうか。

そんなこと、正直分かりません。未来が視えるわけじゃないですから。

それにね、時々思うんです。

私はポンコツだから回り道をしたのか。それともタイミングに翻弄されてきただけなのだろうかって。

『就職氷河期世代』。
大学院卒でも中卒でも、油断すれば誰でも全敗する時代。
社会的にキャリア形成が時代に阻まれ続け、今度は肩を叩かれる世代。

これは私のストーリーだけど、同世代だからこそ知っています。

この世代はみんな等しく、自分だけのオリジナルストーリーを持っている。それは泥臭くても、抱きしめたくなるくらい、全て涙なしには語れない話。

ポンコツなりに、ボロボロになりながら、途中で脱線し、回り道をしながら歳を重ねてきた今だから分かります。

私の人生は恵まれていた。けれど自らのプライドを捨てられないポンコツだったから、自らの道を塞いでいた、と。

夜中にPC越しにカタカタしながら、気づいたことがありました。

実は私の親、兄弟、祖父母。2親等以内で自分で起業しなかったのって、2人の祖母だけなんですよね。

母も弟も、父も、両祖父も。
みんな何かしか起業していたんです。

父は貴金属業、母はカルチャー講師業、弟はペットシッター。

みんな個々人でバラバラに開業しているんですよ。

さすが我がファミリー、計画性ないわー笑

起業は絶対にしないと決めていた。
夫には敢えてサラリーマンを選んだ。

でも結局起業しちゃったわ!あれだけ嫌って逃げていたのに、父や祖父たちと同じ道に戻ってくるなんて、なんて血だ!?

30年かけて反抗してきて結局これか。でもさ、みんなバラバラな癖に繋がってる。いいじゃん?それで十分よ。

正直、時代を嘆きたい気持ちは分からなくもない。でも時代時代で思うところはみんなある。なら、今ある素材を自分の味で料理する心意気が粋ってもんじゃない?

ロスジェネだったからこそ、何度も失敗して、設計し直して。何度も撤退して、それでもまた挑戦して。

私だけじゃない。
この世代の多くがみんなそうだった。

そういう時代だった。

「今」という努力だけでは対抗しえない、認知の変化を常に求めてくる時代において、失敗と挫折を掘り起こすと見えてくる「その人だけの強み」は貴重な武器でもある。

令和の今は、論理や数値に裏付けられ、キレイに整理された、クリアでスマートな白い世界。

一方、我らの生き方はどこか鈍臭く泥臭い。タフネスと根性論でゴリ押しする、醤油の香りが漂う、のり弁色の世界。

のり弁なのに頑張って白飯部分だけ見せて、「ただのご飯だから何にでも合わせられますよー」と擬態してきた我らだからこそ、実は底知れないお宝が潜んでいる。

白身フライ、明太子、きんぴら、おかか、etc。

のり弁がいまだに消えずにいるのは、そのトッピングの自由さにある。

ここまで読んでくれたあなたになら、きっと伝わっていると思う。

あなたにだって思い出すと涙が滲むような、泥臭い過去があるはず。

その中から見つかった素材はあなたの個性で強み。全部乗せでいいじゃない。

だって既にヘルシーは捨てている。
でも腹持ちして美味しいのが、のり弁のウリじゃない?

さて。ーーあなたの具材は何ですか?



📣 創作大賞2026ビジネス(上)/オールカテゴリ(下)部門にもエントリー


🗣️ 他の記事も読んでみたい方はサイトマップへどうぞ

いいなと思ったら応援しよう!