【旅日記】越前・若狭をめぐる旅
3月末で退職して無職になった推し旅トラベラーです。
無職になって3ヶ月ほど経ちましたが、無職の特権ということで、月曜朝に旅立つことにしました。
北陸新幹線「かがやき」で敦賀へ
スタートは、東京駅から北陸新幹線「かがやき」、敦賀ゆきです。
敦賀に行くには、東海道新幹線で米原まで行って在来線に乗り継いだ方が早いし安いのですが、一度全線乗り通してみたかったというところです。そしてせっかく全区間乗るならということで、今回はグランクラスを奮発しました。
グランクラスは、グリーン車の上位クラス、飛行機のファーストクラスに相当します。飛行機のビジネスクラス以上のように、座席も電動リクライニングで、シェル型構造のため後ろの座席に気兼ねたくリクライニングできます。そして、くつろげるように、スリッパも用意されています。頼めばブランケットも借りられるみたいです。


グランクラスは21席のみですが、この日の利用は4人だけでした。閑散期の平日ですからこんなものでしょう。
上野を発車してからしばらくすると、アテンダントが軽食を運んできてくれます。そう、グランクラスでは軽食がついてきます。(臨時列車や運転区間が短い列車など、軽食なしの列車もあります)
ここまではいいのですが、グランクラスの軽食って、本当に軽食なんですよね。美味しいんですが、量がちょっと過ぎます。
値段あげてもいいのでもうちょっと普通の量にしていただきたいです。
これとは別に弁当などを用意すると多くなり過ぎるし、中途半端なのはいただけません。



「かがやき」は大宮を出ると、次の停車駅は長野です。そして長野を過ぎて糸魚川のあたりで海を見ることができます。新幹線の車窓から海が見えるのって、北陸新幹線だけじゃないでしょうか。最近の新幹線は特に土地買収を避けて山の中をトンネルで突っ切ってばかりですからね。
北陸新幹線もトンネルは多いですが、浅間山、立山連峰など、ところどころでいい景色が見えるのは嬉しいです。

東京から3時間15分で敦賀駅に到着。グランクラスで敦賀まで乗ったのは私だけでした。

敦賀駅は、北陸新幹線と在来線の接続駅になって大きく変貌しました。
大阪から北陸新幹線に連絡する在来線の特急「サンダーバード」は、新しく作られた新幹線駅の新幹線ホームの真下にホームが新たに作られ、そこに発着するようになりました。
乗り継ぎのための巨大なコンコースを経由して上下で移動する感じですが、同じ建物内にするならもっと乗り継ぎを近くすればよかったのにと思います。敦賀から先(京都、大阪方面)は当分できないのですし。
そして、在来線や、JRから転換した福井ハピライン鉄道のホームはさらに遠く、つまり敦賀の街に近い改札までは数分かかります。
なんだかなぁ。

敦賀の街歩き: 気比神社と敦賀港
敦賀といえば、港が有名です。
京の都にも近く、中世の頃から西日本と北日本を結ぶ拠点として栄えてきた町です。
明治以降になって鉄道が伸びると、シベリア鉄道へとつながる大陸との連絡地点ともなりました。
敦賀でまず訪れたのは、街の中心にある「気比神社」です。
気比神社は、越前の一之宮ですが、かつては北陸一帯・越後までの総鎮守でした。
「気比」は「けひ」と読みます。
恥ずかしながら、私は最近まで読み方を知りませんでした。
地元では「けいさん」の愛称もあるようです。
敦賀駅からだとバスで数分、歩いても15-20分くらいでしょうか。
ちなみに敦賀駅を発着するコミュニティバスのほとんどが敦賀駅と気比神社を通るので、この間だけであれば、バスの本数はまあまああります。
入口に建つのが立派な木造の大鳥居です。
江戸初期に建てられたもので、大鳥居だけは空襲による焼失を免れたそうで、国の重要文化財となっています。
まずは参拝。
これからの旅の安全をお祈りしました。


一之宮にしては、神社の敷地自体はそんなに大きくなくて、若干拍子抜けだった感はありますが。。。
参拝のあとは腹ごしらえ。
シャッター商店街になりかけている目抜き通りにあった蕎麦屋で越前そば(おろしそば)をいただきました。


この日の敦賀は30℃近い気温で、さっぱりと食べられる越前そばは、とても美味しくいただくことができました。
昼食の後は、敦賀港までぶらぶらと歩きます。約1キロ、15分ほどでした。
敦賀港でまず立ち寄ったのは「敦賀鉄道資料館」です。
廃止となった旧敦賀港駅の駅舎を利用したもので、建物の中には敦賀の鉄道の歴史、敦賀港の鉄道と船の連絡についての資料が所狭しと展示されています。
敦賀駅と敦賀港の間はの路線は、十数年前まで貨物線として利用されていましたが廃止となっています。戦前は敦賀港から出る大陸への船への連絡のため旅客営業もしていました。
敦賀からウラジオストックへ、そこからシベリア鉄道でモスクワ、ヨーロッパへとつながる、世界への玄関口でした。



ちなみに敦賀港の背後の山が金ヶ崎です。
戦国時代、織田信長の朝倉攻めで、浅井長政の寝返りで窮地に陥って京へ潰走したことで有名ですね。

さて、港を眺めてから、今度は「敦賀赤レンガ」の建物へ。
もともとは、明治期に倉庫として建てられたもの。観光用に改装して今はレストランとジオラマ館が入っています。
ジオラマ館は、かつての敦賀の街を再現していて、敦賀港に出入りする列車や、北陸線、小浜線を走る列車も再現されていて楽しめますが、館内が暗いのがいまいちです。演出で照明落とす時間が長過ぎます。全然ジオラマがよく見えない。でも、よくできてました。


赤レンガからは1時間に1本のコミュニティバスで敦賀駅へ戻ります。
ここから10人ほどが乗りましたから、平日にしてはよく利用されています。
小浜線で若狭へ
敦賀駅に戻り、今度は小浜線で小浜に向かいます。
小浜線は、JR化後に電化されて、今では電車が1時間に1本程度走っています。小浜線の電化は2003年で、それまではディーゼルカーが走るローカル線でした。
電化にあたっては、JRではなく地元自治体が費用を全額負担していますが、その多くは電力会社からの寄付です。小浜線沿線には多数の原子力発電所があり、地域協力・地域還元ということになります。そもそも地元負担にしても、もともと多額の電源地域交付金、原子力立地給付金が国から自治体へ支援されています。
というわけで、原発マネーで電化された小浜線です。
車内はクロスシートでなかなか快適です。
車窓は田んぼと海。若狭湾は三方五湖でも知られる風光明媚な地域ですが、小浜線はそんな景色の中をけっこう飛ばして走ります。ただ軌道が良くなくてかなり揺れます。JR西日本なので軌道整備は期待できませんが、制限速度25キロ区間がほとんどないだけまだマシでしょうか。




列車は1時間ほど走って小浜駅に着きました。
オバマ大統領が誕生したときは盛り上がりましたが、最近では「宇宙サバ缶」で有名ですね。
小浜の街歩き: サバ缶ロケ地と古い街並み
もともと小浜は、京都からもっとも近い港で、若狭湾で獲れた鯖などの海産物を京都へ運ぶ鯖街道が京都との間を結んでいます。
小浜では、観光案内所でレンタサイクルを借りて市内を回りました。
まずは、「サバ缶、宇宙へ行く」で知られたロケ地スポットへ。

海岸沿いにあるマーメイドテラスです。八百姫伝説に基づいて作られたモニュメントですが、ドラマでよく使われてました。
とりあえず満足して、次は、伝統的建造物群保存地区へ。歴史的な街並みを保存している地域です。小浜の場合は西側の地区が指定されています。
行ってみると、落ち着いていてとても綺麗に保存されている街並みだということがわかりました。そして、実際に人が生活しています。


とはいえ、カフェとかお土産を売る店とか全くないので、自転車で通り過ぎたらおしまいという感じなのがちょっともったいないです。
ここは若狭街道の一部ですが、街道を街の中心部に向かって東に進んでみると、保存地区でなくとも街道の街であったことがわかる街並みがよく残されていました。
また小浜は、NHKの朝ドラ「ちりとてちん」のロケ地でもあります。

ここは、お寺の門への参道の階段が小浜線によって遮られてしまったところです。
山門が見えるのに、階段の上の部分は小浜線の線路になっていて通れません。
最後は、街の反対側にあるフィッシャーマンズワーフにも行ってみました。
平日の夕方ということで観光客は皆無。もうお店も店じまいの準備に入ったところでしたが、なんとか夜食を買うことができました。

再び小浜駅から小浜線に乗って東舞鶴駅へ。
夕方の車内は通学の高校生で賑やかでした。
夕暮れの東舞鶴駅に到着しました。

ちなみに、舞鶴の街は、東舞鶴と西舞鶴に分かれていて駅もそれぞれあります。西舞鶴がもともとの城下町、東舞鶴は明治以降に軍港を中心として発展した地域です。
今回の旅は、その東舞鶴の港へと続きます。
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