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この令和に、なぜ「地獄先生ぬ~べ~」がリメイク?

今夏クールのアニメで、「地獄先生ぬ~べ~」リメイク版がスタートした。
これの原作は、少年ジャンプで1993年~1999年に連載されてた人気漫画で、正直かなり古い。
「ワンピース」「NARUTO」「BLEACH」などの連載が始まる前だからね。
だから、これのリメイクというのは少し意外だったわ。
ましてや初回に2話連続放送って、

集英社、この「ぬ~べ~」に結構チカラ入れてるじゃん?

聞けば、来年2期の放送も既に確定しているようだ。
このへんの周到っぷりは、さすが集英社だね。

しかし、令和の今、なぜ「ぬ~べ~」リメイクなのか?

①「鬼滅の刃」「呪術廻戦」「ダンダダン」等、近年は市場的にオカルトがキテるから

②登場人物の大半が小学生という作品であり、小学低学年を含む低年齢層にも訴求しやすい
⇒劇場版を制作した際、新規ファン(子供)+旧ファン(親)の親子連れファミリー集客が見込める(「名探偵コナン」商法)


集英社側は、特に②を考えてるんじゃないかな?
このところ、彼らの映画興行ビジネスに対する本気度がハンパじゃない。
で、彼らは興行における「子供/親」という2世代ビジネスの重要性をよ~く分かってるのさ。

で、私が「ぬ~べ~」の設定で秀逸だな~と思うのは、主人公のぬ~べ~が左手に<呪い>を宿してるところだね。
・・そんな設定、いまどき珍しくも何ともない?

まぁ、今となっては確かにそうかもしれないけど・・。
でも、この漫画が連載されてた90年代当時として、こういう設定では先駆者的作品だったと思うのよ。
事実、この「ぬ~べ~」の成功を受けてかは知らんが、これ以降の集英社系作品は、<呪い>を宿した主人公設定がひとつの売れ筋になったわけで。

「NARUTO」主人公が妖怪を体に宿した設定

「ブラッククローバー」主人公が悪魔を体に宿した設定

「呪術廻戦」主人公が呪霊を体に宿した設定

「ダンダダン」主人公が悪霊を体に宿した設定

もはや、主人公は呪われてナンボというご時世である・・(笑)。

<呪い>に打ち勝つ為には、自らが<呪い>とならなければならないというロジックだね。
この考え方の先駆けは、いうまでもなくこれ↓↓だろう。

「デビルマン」原作/永井豪

仮に「ダンダダン」「呪術廻戦」が「デビルマン」の孫世代だとするなら、「ぬ~べ~」はもっと縁が深い、いわば息子世代といったところでしょうね。
キャラデザひとつとっても、明らかに永井豪先生の影響が見て取れるもん。

永井豪(1945年生まれ)

永井豪、この先生に対するイメージは世代によってだいぶ差があると思う。
パッと見、知的な雰囲気のある人だし、多分、いまどきの人たちにとっては手塚治虫、石ノ森章太郎、藤子不二雄あたりと同じラインの巨匠という印象かもしれない。
でもね、我々オッサン世代にとっては少し印象が違うのよ。
かつての永井先生は、いわゆる「有害図書」系の漫画家だったんだから。「デビルマン」しかり、「けっこう仮面」しかり、「キューティーハニー」しかり、どっちかというと親やPTAから「読んではいけません」といわれる類いの漫画を描く先生、というイメージがあったのさ。

というかね、私が子供の頃には、こういうフレーズがあったんです。

「漫画は読むとアタマが悪くなるので、あまり読んではいけません」

・・うむ。
平成生まれ以降の方々すれば「はぁ?何それ?」という感覚だろうが、いやマジで、昭和には普通にこういうこと言うオトナが非常に多かったのさ。
多分だが、この頃のオトナたちが指す「漫画」とは、手塚先生や藤子先生の作品のことではなかったと思う。

明らかに、永井先生の作品のことを指してたんだよ・・

なぜ、永井作品は当時のオトナたちに嫌われていたのか?

それは、エロ/グロの描写が多かったということもさることながら、それ以上にオカルト描写が多かったのも大きな一因だったと思う。

オカルト⇒科学では説明のつかない、摩訶不思議な事象


科学をベースにした「SF」とは対極に位置するものであり、なかば宗教的というか、そういう迷信めいたものをこの時代のオトナたちは極端に嫌ったのさ。
科学万能主義」という言葉が流行った時代である。
この世の森羅万象、全ての事象は科学で説明がつくのだ、という考え方。
この考え方の信奉者は当時、「左翼」と呼ばれた。

もちろん、「左翼」とは直接的にはマルクスレーニン主義者を指す語彙ではあるが、その一方で「科学万能主義者」のことを指す語彙でもあったんだよ。
このふたつは不可分、いわばふたつでワンセットという思想だったからね。

この左翼思想が戦後昭和に急激に浸透した背景には、戦前の「神の国/日本」思想を徹底的に全否定したい心理が働いたんだろう。

天皇陛下は神の末裔です
⇒いいえ、違います。ただのオッサンです。

この世に神はいらっしゃいます
⇒いいえ、いません。

この世に幽霊/怪異はいます
⇒いいえ、いません。

熱が出た時は肛門にネギを挿入すると熱が下がります
⇒いいえ、無理です。お願いだから普通に薬を飲んでください。

・・といった感じで、科学で説明のつかない事象は全て「そんなの迷信だ」と切り捨てる時代だったのよ。

で、正直、こういう捉え方↓↓が昭和という時代にはあったと思う。

左翼(科学/ロジック系)⇒知的
右翼(神話/ファンタジー系)⇒アタマ悪い

今思うと、私の父親(既に故人)は筋金入りの「左翼」だったよなぁ・・。

・・だけどね、この「左翼」も面白いのが、その後ソ連解体、ベルリンの壁崩壊あたりから迷走し始めるわけよ。
ちょうどその頃から「右翼」も復権し、もはや「右か?左か?」という議論も有名無実になってきちゃったんだよね。
私の父も、私が子供の頃はバリバリの天皇制反対派だったくせに、晩年に話をしてると「やっぱ皇室がある国っていいよね」と昔と真逆のことを言ってたし・・(笑)。

でさ、やっぱり時代の趨勢をアニメは反映していくもんだね。
共産主義の失墜に伴い、90年代(平成)になると、いわゆる永井豪系ダークファンタジーがぐぐ~っと復権してきたわけさ。

それまでの70~80年代(昭和)では、オトコノコ向けアニメならSFの方が主流だったけど、「ぬ~べ~」などは、まさしく平成ダークファンタジーのパイオニアだっただろう。

で、リメイク版「ぬ~べ~」の初回を早速見たんだが、旧シリーズとは若干構成が異なってて、いきなり妖狐/玉藻京介との対決だったわ。

妖狐、これって日本で古くからいる妖怪(確か平安時代にはもう存在した)なんだが、そのルーツを辿ると中国の伝承なんだよね。
もともと、日本の妖怪/怪異は中国由来のものが結構多いんだが、しかし中国ほどのファンタジー大国が惜しいことにも、後に毛沢東という共産主義者が国の主導権を握ったことで「ファンタジーっぽいものは国から全て排除」という極端な国策をとっちゃったんです。

前述の通り「科学万能主義」、不合理な迷信めいたものは全て潰してしまいましょう、というやり方さ。
これを「文化大革命」という。

毛沢東

「毛主席、宗教はいかがいたしましょう?」
⇒「宗教は全て廃止し、今後は『毛沢東思想』を信奉しなさい」

「毛主席、寺院/仏像等はいかがいたしましょう?」
⇒「民衆の迷信のシンボルとなるものは全て破壊しなさい」

「毛主席、孔子/孟子もダメなんでしょうか?」
⇒「古い価値観は全て否定し、書籍は全て焼き、学者は処刑しなさい」

「毛主席、発熱した時、肛門にネギを挿入してもいいのですか?」
⇒「ダメです。挿入した者は処刑しなさい」

ホント、酷い話だよね。
こうやって1960~1970年代の中国は、歴史ある文化遺産の数多くを自ら破壊する、という暴挙に出たのよ。
中国四千年の歴史がモッタイナイ・・。

むしろ中国という国が世界に誇れるのは、国の古さゆえのファンタジーの方だろうに、毛沢東はそういうのを時代錯誤として大半を破壊しちゃったんだわ。
正直今の我々の感覚からすれば、ちょっと理解不能だよね。

だけど、「古いしきたり」「迷信」というものに一種の弊害があったこともまた事実であって、今回、そういうのを見せてくれたのが「ダンダダン」の2期、第13話における描写だった。

「ダンダダン」2期 第13話

この13話では、古くから「大蛇伝説」のある閉鎖的なムラが舞台である。

もちろん、そんな「大蛇」なんて迷信だろ、で済まされる話かと思いきや、鬼頭家というファミリーが信仰の対象であるカミ「大蛇様」に生贄を供える儀式を今なお継続している、という実に恐ろしいストーリー展開だった。

まぁ、現代日本においてこういう地方コミュニティはさすがにもう現存してないと思うが、でも江戸時代ぐらいまでなら、こういうのが実際あったかもね・・。
生贄なんて、実にバカバカしい風習である。
合理性や実証性などは何もなく、ただそこにあるのは伝統という名の迷信でしかない。

多分だが、毛沢東も最初はこういう「バカバカしい迷信、風習」を根絶することを「文化大革命」の主目的としたんだろう。
こういう根深い土着の文化を根絶するには、とにかく圧政で押し切っていくより他はなく、そういう意味では毛沢東の狙いも、ほんの少しだけなら理解できるんだよなぁ・・。

あとは、まぁバランスですよね。

「ドラえもん」藤子F不二雄

私はね、率直にいって今の日本ぐらいのバランスが一番いいと思ってるんだ。
思考は科学をベースにしつつ、でも一方で科学を疑い、ファンタジーを否定しないというスタンス。
いい時代になったなぁ・・と思う。

その証拠に、私が子供の頃より確実に漫画/アニメが面白くなってるからね。
しかも「漫画は読むとアタマが悪くなるので、あまり読んではいけません」なんて馬鹿なこと言う人たちもだいぶいなくなってきた。

今のコドモたちは幸福ですよ


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