村上春樹、初のアニメ化「めくらやなぎと眠る女」
今回は、映画「めくらやなぎと眠る女」について書いてみたい。
これは、村上春樹の小説アニメ化である。
彼の小説アニメ化は、実はこれが初めての試みらしい。
実は昔から
「村上春樹はアニメが嫌い」
という話は業界で有名であり、ゆえに日本アニメ界は彼をアンタッチャブルな存在だと常に認識してきたわけです。
だから、この「めくらやなぎと眠る女」は日本のアニメ作品ではない。
製作はカナダ/フランス/ルクセンブルク/オランダ、となっている。
ここに日本が入ってないのは、ちょっとおマヌケな話だよなぁ・・。

まぁ、アニメとしては完全にバンドデシネ系ですよ。
それもロトスコープ、もしくはモーションキャプチャーを導入してるっぽい感じで(監督はそれを否定)、独特の質感のアニメに仕上がっている。
その雰囲気は、この動画↓↓でお確かめください。
これ、実は村上春樹ファンからそこそこ評価された作品なんですよ。
驚くよね?
普通このての映像化は、めっちゃうるさい原作厨どもが「全然違~う!」とキレそうなものを、なぜか「雰囲気出てる」と満足する人が多いらしい。
・・う~ん、私は春樹ファンでもないからそのへんが全然よく分からないんだが、ただ彼の作品がもつ独特の無国籍感みたいなものが、実写映画化では<日本が舞台>という空気感が滲み出てしまって、どうも私の中でしっくりこなかったのよ。
絶賛された「ドライブマイカー」でもね。

その点、このアニメはめっちゃ無国籍感が出ている。
それも、「あまり日本に詳しくないガイコクジン」が描いた日本だからこその効果で、ある意味、このアニメ化をまるごと海外に託したのは正解だったのかもしれない。
ちなみにだが、春樹先生自身、このアニメを「面白かった」「2回見た」とコメントしている。

ただ、このクセの強いキャラデザ、当然だが一般的なアニメファンには不評だったっぽい。
なんせ、美男/美女といえるのは1人も出てこないから・・。
特に、酷いのがこれだね↓↓


なんか、昔のアメリカ映画に出てくる二ホンジンみたいでしょ?
少し悪意あるよなぁ・・(笑)。
まぁイイや。
それでは、いよいよ内容について触れていこう。
この作品の原作は6つの短編小説とされていて、それは
・めくらやなぎと眠る女
・ねじまき鳥と火曜の女たち
・UFOが釧路に降りる
・バースデイガール
・かえるくん、東京を救う
・かいつぶり
以上6篇。
この中で一番有名なのが「かえるくん、東京を救う」じゃないかな?
だってこれ、「輪るピングドラム」の中にしっかり出てきたもんね。

この小説のあらすじは
「主人公と<かえるくん>がコンビを組み、近いうち東京に大地震を起こす<みみずくん>と地下で闘って、セカイを滅亡から救う」
といったところである。
当然、「すずめの戸締まり」のこれ↓↓も

新海誠なりの村上春樹オマージュだったんだろうな。
やっぱり、春樹先生の影響を受けてるアニメ作家は多いのよ。
多分、押井守もファンだろう。
彼が審査委員長を務めてたという「新潟国際アニメーション映画祭」では、案の定、この「めくらやなぎと眠る女」がグランプリだったもん。
押井さんは本作を
「現代文学を表現する最適のスタイル」
と絶賛したらしい。

ところで、皆さんは春樹先生の小説をちゃんと理解できますか?
・・私は、ぶっちゃけ全然ですわ。
超難しい。
こういうのって「『エヴァ』は難しい」とか「『攻殻』は難しい」というのとは、もはや次元が違うんですよ。
「エヴァ」や「攻殻」はいくら難解といっても、設定を読み解けばある程度誰でも理解できるものである。
しかし、村上春樹だけはそうはいかない。
必ず作品にはメタファー(暗喩)が込められており、それが一体何を表してるのか、いくら考えても答えは出ない。
・・というか、そもそも答えなんてあるのか?とさえ思ってしまう。
たとえば、この「めくらやなぎと眠る女」の中でも
・<かえるくん>って結局何だったの?虚構?現実?
・キョウコが願った<ひとつだけの願い事>って何だったの?
・小村が釧路に運んだ「箱」の中身は一体何だったの?

など色々な疑問があり、おそらくコアな春樹ファンはこのへん読み解けてるんだろうが、すまない、私程度じゃ全く歯が立たんわ・・。
でもさ、こういう「謎を謎のままにする」ってのは、文学の常套手段だよね。
たとえば、戯曲「ゴドーを待ちながら」。

皆さんもご存じの通り、表題の「ゴドー」は結局最後まで来ない。
似たようなところでは「桐島、部活やめるってよ」においても、結局桐島は最後まで来ない。
逆に、来ないことによって偶像化が完成するともいえるわけさ。
つまり実在が確定しないからこそ、メタファー化するということ。
たとえば、「桐島、部活やめるってよ」にラストで桐島が出てきたら、彼は単なる登場人物のひとりになっちゃうでしょ?
それじゃ偶像じゃなくなっちゃうし、やっぱダメだと思う。
だというのに、「めくらやなぎと眠る女」はそのへんがちょっとややこしいことになってるのよ。
なぜなら、6つの独立した短編を繋げて1つのストーリーにしてるもんだから
①失踪した妻(「UFOが釧路に降りる」)
②親友のカノジョ(「めくらやなぎと眠る女」)
③イタリアンレストランのバイト(「バースデイガール」)
①=②=③ 全て同一人物/キョウコ

というカタチになってるのね(原作では同一人物設定じゃない)。
すると、おかしなことになっちゃったんだ。
①で失踪し、完全に「偶像」となったはずの妻が②や③の別章では「実体」のキョウコとして登場し、ある意味メタファー構造を台無しにしちゃってるのよ。
率直に、これはいかんな・・と感じた。
あと、作中主人公がずっと探し続けてた猫の「ワタナベ」。
妻が失踪、猫まで行方不明というシンクロ状況、これは
「そもそも、妻や猫は実在してたのか?」
「全部が全部、主人公の妄想だった、という可能性は?」
という含みをもたせる効果があったというのに、でもラスト、そのワタナベの所在はしっかり確認されるというオチだったのね。
そう、ワタナベは実在してたし、キョウコも実在していた。

こういうのは、それこそ「ゴドー」が最後にやって来たみたいで、あんまり私の趣味ではなかったけどなぁ・・。
春樹ファンの方々は、あのラストに納得してるんだろうか?

まぁそうは言うけど、「春樹セカイの映像化」という部分においてはかなり成功してるといっていい作品だと思う。
空気感だけでいうなら「ドライブマイカー」「バーニング」「トニー滝谷」「ノルウェイの森」よりも本作の方が上だとさえ私は感じたんだけど?




そう、実は村上春樹の作品って、アニメが一番相性いい媒体だということが、今回初めて発覚したのよ。
今までアニメ化しなかったから、そのへんが分からなかったんだよね。
・・で、春樹先生も今回のアニメ化に満足してたわけだし、さぁ、いよいよ本丸というべき日本アニメが乗り出すべきではないのか?
というと、バンドデシネ(フランス)系のSTUDIO4℃、もしくは湯浅政明(次は吉本ばななのアニメ化するらしいし)あたりを皆さんは真っ先に思い浮かべるだろうが、いやいや、私の中ではそっち系じゃないよ。
STUDIO4℃や湯浅さんでは、多分今回のとよく似た感じの作品に仕上がってしまう。
それじゃ、いくら何でも芸がないだろう。
だから、私が推したいのはこの人↓↓
押井守

どうしても押井さんは「攻殻」「パトレイバー」のイメージがあるから理系の畑と捉える人もいるだろうが、いやいや、彼は思いっきり文系ですよ。
かなり、メタファーを込めた文学が好きな人だと思う。
もともと、彼の重要な作家性のひとつは
<虚構と現実の曖昧な境界線>


なんです。
このへんは、村上春樹の作風にかなりカブってると思う。
「めくらやなぎと眠る女」も、どこまでが現実でどこからが虚構か、まるで分からない構造になってたし・・。
で、作画は沖浦啓之、例の乾いたタッチで描いてもらいたいと思う。

なお、春樹先生は
「ぜひ、『アンダーグラウンド』は映画化してもらいたい」

と言ってたぞ?
これは実に聞き逃せない発言である。
幾原邦彦あたり、マジでアニメ化をやりそうだな・・。


