猫猫は<不況>に強いヒロイン「薬屋のひとりごと」2期
ここ最近見てて、その安定感の高さに驚いてるのが「薬屋のひとりごと」である。
安定して、ずっと面白い。
私は原作小説を読んだことないし、コミカライズも読んだこともないくせに勝手な憶測で言わせてもらうが、これ、アニメが原作を超えてるんじゃないの?
ひとつに、声優さんがイイよね。
たとえば第39話を見てて、悠木碧vs種﨑敦美の芝居の応酬にちょっと鳥肌が立ったもん。
このおふたりは今の声優界でも最も<旬>というか、<凄み>を感じさせてくれる稀少な役者である。
特に悠木さんは最近、マジ神懸ってきてないか?
決して派手ではない、抑えた演技の中での実に繊細な声質のチューニング。
やっぱこの人、演技派の中でも明らかに頭ひとつ抜けてるわ・・。
そして、意外とイイなぁと思ってるのが、今の新エンディング。
ヒロイン猫猫と友人その①/小蘭(cv久野美咲)、友人その②/子翠(cv瀬戸麻沙美)の3人が並んでまったりしてる地味な内容だが、でもあの猫猫がトモダチとまったりしてる光景が何とも新鮮で、見てて妙に嬉しい。

今回の第39話は、猫猫が小蘭を危機(処刑?)から救う為に必死で奔走するくだりで、「あの猫猫がトモダチの為に・・」と思わず涙腺が緩んだ。
この小蘭がまた、何とも保護欲を搔き立てられるキャラなんだよなぁ・・。
屈託のない妹キャラで、稀少な癒し枠。
頼むから、この子だけは不幸にならないでくれ・・。

ただ、それより気になるのは友人その②、子翠の方かな。
もともと本編からして「何かある」感をめっちゃ匂わせてる子翠なんだが、エンディングでもその立ち位置がやたら意味深なんだよね。
猫猫/小蘭/子翠の3人が並ぶシーン、子翠だけがちょっと離れた位置に立っている。
まぁcvが瀬戸麻沙美ということからして、ただの友人キャラで終わらないことはもとよりバレバレではあるけど・・(笑)。

とにかく、後宮モノというのは迂闊に気を抜けない陰謀ベースの作劇ゆえ、たとえ表向きが穏やかでも、やはり見てて緊張感はハンパない。
そう、この感じが実は「共感型」の作劇なんですよ。
特に若い視聴層、学生さんほど「薬屋」にハマるんじゃないかな?
なぜって、
後宮=閉ざされた環境=現代における「学校」

という、何とも身につまされる舞台設定だからさ。
いまどきの学生さんってさ、やたら「目立つこと」を怖れるでしょ?
・・いや、ゴメンなさい。
私はオジサン世代ゆえ、そのへんに全く共感できなくて申し訳ないんだが、どうもいまどきは
「目立つ」=「イジメのリスクが向上する」
と捉える風潮があるらしくて、「ネームドキャラクター」ではなく「モブ」であろうとする傾向すらあるらしいね。
まぁ、一種のリスクヘッジか。
で、「薬屋」のヒロイン猫猫はまさにそれを身上とするスタンスであって、いうなれば彼女は、いまどきの若い子たちから見て
「モブ」の理想形を体現したヒロイン

という、実に現代に適したカタチなんだ。
そうね、ひと昔前なら、こういう物語は
「モブ」が「ネームド」になる過程を描くシンデレラストーリー
というものに仕上げただろうが、少なくとも「薬屋」はそういうコンセプトではない。
・・というか、もともと猫猫は「シンデレラ」なんて望んでないし。
彼女が望むのは「ひたすら毒の研究をできる日々」、ただそれだけであり、つまり分かりやすくいうと、オタクライフ満喫なんだよね(笑)。
そう、彼女は平成~令和型(不況適応型)のヒロインなのさ。
これと似たようなところでは、今クールに2期が始まったこの作品↓↓もまたそうだと思う。
「小市民」

「小市民」と「薬屋」って同じミステリー系ということもあり、その設定がめっちゃ似てるわ。
どっちの作品も
めっちゃ頭イイ主人公がリスクヘッジの為に、敢えてモブの仮面をかぶって難題に挑む
というものでしょ?
小市民=モブ

ここでポイントなのは、両作品とも
「ネームドになるのは嫌」
「でも『ただのモブ』というのも、ちょっとなぁ・・」
という現代人の深層心理の微妙なセンを突いてるところにあって、つまり「少しだけ特別なモブ」という、非常にデリケートな趣向を施されてるのがひとつのキモなんだよね。

で、猫猫も小佐内も、そこそこかわいいクセに全く「恋愛体質」ではない点も共通してるんです。
猫猫は「毒」、小佐内は「スイーツ」、両者とも独自の趣味があり、そっちの世界の方を大事にしたい派。
・・うむ、いかにも「いまどきの子」だよなぁ。
こういうのはさすがというべきか、やっぱ売れる作品というのは、ちゃんと読者/視聴者というターゲットの生態を研究し、
「彼ら彼女らは今、何を見たいのか、どういう生き方に共感するのか」
というのをきちんと踏まえた上で、キャラ設定してるということである。

いや、こういうのは学生さんに限った話でもなく、社会人でもまた同様かもしれない。
だってさ、いまどき皆さん、出世をあまり渇望しなくなってきてるでしょ?
昔は、それこそ「立身出世」こそが正義だったのよ。
それは出世すれば収入が増えるし、ごくごく当たり前のことだったんだが、ところが不況となったことで、出世はただ責任が増大するばかりで、それにより得られる収入増加分など、ほとんど「ペイしない」状況になってきてるということなんだろうね。
・・うん、分かる分かる(笑)。
つまり、いまどきは誰しも「モブ」になりたい時代かも?

だってさ、「ネームド」は次々に潰されていくじゃん?
松本人志しかり、中居正広しかり、広末涼子しかり、櫻井孝宏しかり。
これらは、「モブ」が「ネームド」を倒した一例である。
「モブ」が使う手は、いつでも大体同じ。
自身の「顔」と「名前」が見えないことを唯一のアドバンテージとし、普通に「顔」と「名前」がある時には絶対できないような陰湿なことをやるんだよ(笑)。
ネット見てたら、そういう奴ばっかりじゃん?
特に今の時代なら、「炎上」という形でいくらでも「ネームド」を潰すのが可能なわけで・・

しかも自身は「モブ」だし、仮に相手を社会的に抹殺してしまったとして、その責任を何ひとつとらなくてもイイ。
・・ね?
「モブ」って最強(最凶)でしょ?
そりゃ当然、猫猫も小佐内も「ネームド」(それは潰される側)には絶対になりたがらないわけさ。
小佐内に至っては、「モブ」の潰す側に回っているのが、やや確信犯とさえ思えるフシがあるもんなぁ・・。

「モブ」になること、それは昔風にいうと
「能ある鷹は爪を隠す」
という意味になる。
でもこれって、実はめっちゃ怖い状況なのよ。
だって、一体どこに「能ある鷹」が潜んでるのか、全く分からない世の中になってしまうんだから。
前述の「薬屋」子翠がまさにそうだし、「小市民」だってサブキャラで妙に怪しそうな奴がいるよね?
やはりこういうのって、めっちゃ怖い世の中じゃん。
今自分の隣にいる奴が、この世を忍ぶ仮面をつけてるヤバい奴かもしれないということ。

で、「薬屋」に話を戻すんだが、ここにきて遂に表舞台に出てきた、猫猫の養父/羅門。
彼こそが作中「能ある鷹」の最高峰、間違いなく最強キャラである。
「薬屋」はいまどきのトレンド/主人公最強系に見えて、実はそれほど単純な構造でもない。
ちゃんと猫猫より格上の存在を最初から設定しており、つまり主人公成長系というニュアンスを根底に込めてるのさ。
こういうところは、同じミステリー系のトップランナー「名探偵コナン」の構造と一緒。
「コナン」もまた主人公最強系に見えて、実は作中最強はコナンでなく、彼の父、工藤優作である。

主人公がこれから越えなければならない高い壁として、最初から最強たる「父」が設定されてるのさ。
こういうところは「王道」だよね。
「バキ」でいう範馬勇次郎みたいなものか・・。
思えば「コナン」も「薬屋」「小市民」同様、仮面をつけて世を忍ぶ主人公設定であり(自己顕示系、立身出世系ではない)、だからこそコンテンツとして不況に強く、これほどのロングセラーにまでなり得たのかもしれない。
いや、どうなんだろう。
「海賊王に、俺はなる!」

という典型的立身出世型「ワンピース」もまた、不況であろうと人気衰えぬ長寿シリーズだからなぁ・・。
・・あぁ、そうか。
思えばルフィは「海賊」、つまり反体制派のテロリストだ。
だからこそ不況などカヤの外で、こうして立身出世を謳うほどに元気がイイのかも。
今は、確かに「テロの時代」だもんな?
一方、「薬屋」猫猫や「小市民」小佐内はあくまで体制側の所属。
だからこそ、おとなしくしてなきゃダメなのよ。
海軍には目をつけられませんように・・と。
それにしても、あれだわ。
こうして「薬屋」みたいなのがウケてしまってる現状、この影響はたくさんの「爪を隠す鷹たち」を生むかもしれんし、今後の日本のGDPのことを考慮すると、ぶっちゃけ非常にマズイ流れかもよ?
みんな、もっと爪を出してくれよ、出世を望んでくれよと言ったところで、さすがに、こういうのは本人の価値観次第だろうし・・。
いや、だからこそ、今、この人↓↓みたいな存在が最も大事なんです。

壬氏は猫猫の才能を見出し、嫌がる彼女を無理やり表舞台に引きずり出すという役回りである。
そう、いまどきの「上司」は、こういうものだろう。
嫌がる部下(デキる部下)を、あの手この手で働かせる(爪を出させる)のが上司の仕事

壬氏って、めっちゃ不況時代適応型の理想的上司像だと思うよ。
で、この壬氏のcvを大塚剛央さんという最近やたら売れてきた人が務めてるわけだが、実をいうと、もともとはこの人↓↓が内定してたらしいじゃん?

結構、ギリギリのタイミングだったらしいけど、とにかくコトの発覚が制作される前で助かった、と思う。
もしこの役を櫻井さんがやってたら、壬氏のニュアンスがかなり違う意味をもってしまっただろうからね・・。


