生するエージェント——構造主義生物学から見たAIエージェント概念の大混乱
池田清彦『構造主義科学論の冒険』を補助線とした概念整理〔ネット公開版〕
目 次
はじめに——この文章を読むための五つの前提 3
早見表——形態を決める五つの構造 4
分類早見表——「エージェント」という多系統群 5
序章 発見された種ではなく、貼られた分類名 6
第1章 実体ではなく、構造上の位置 7
第2章 まだ安定していない「種」 8
第3章 機械論的エージェント観の限界 9
第4章 エージェントは「発生」する 11
第5章 記述が対象の切り出し方を変える 12
第6章 差異の網目としての「エージェントらしさ」 14
第7章 形態を決める五つの構造 15
補論 幼生・成体・化石・模型を同じ棚に並べない 17
終章 分類学・発生学・生態学、そして封じ込め 18
封じ込め五問——導入・レビューの設問 21
はじめに——この文章を読むための五つの前提
この文章のねらいは単純である。AIエージェントをめぐるいまの混乱を、「知能の定義」の問題としてではなく、「まだ分類の固まっていない人工的な生き物」の問題として眺め直すこと。池田清彦の構造主義科学論を補助線に、エージェントを実体ではなく、環境の中で発生する形態として捉える。読み進めるための五つの前提を、先に置いておく。
あらかじめ範囲を限っておく。池田の『構造主義科学論の冒険』は、現象と記述の関係、同一性としての形相、機械論への批判までを含む広い射程を持つが、本稿が借りるのは、そのうちとくに生物学的な感覚——分類・発生・形態形成の見方——である。物理学史やパラダイム論といった原著の他の領域には立ち入らない。借りた範囲を明示しておくのは、補助線を引く者の作法だと考えるからだ。
前提1|実体ではなく位置
AIエージェントは単体のモノではない。モデル・道具・記憶・権限・環境・観測系の関係の束の中に立ち上がる「構造上の役割」である。
前提2|同一性は関係にある
エージェントらしさは、脳にあたるモデル単体には宿らない。関係の型が反復するとき、その振る舞いがエージェント的に見える。
前提3|形態は発生する
同じモデルでも、道具・権限・記憶・観測系が変われば別の生き物になる。エージェントは完成品ではなく、環境の中で発生する形態である。
前提4|分類軸で系統樹が変わる
自律性・道具使用・記憶・相互作用・責任のどれを重視するかで、まったく別の分類体系ができる。いま争われているのは分類軸の選択である。
前提5|必要なのは封じ込め
混乱を解く鍵は唯一の定義探しではない。どの構造がどの環境でどんな形態を発生させ、どこで繁殖を止めるか——分類学・発生学・生態学の問いである。
なお、これはあくまでメタファーである。生物学の概念をそのままAIに移せると主張するものではない。とっかかりとして有効な範囲で用い、細部の無理は無理として引き受ける。二つの早見表(五つの構造・多系統群の分類)は、本文を読む前の見取り図として、また実務のチェックリストとして使ってほしい。
