「言霊のミイラ」——恋愛小説『そして私は落ち葉を拾う。――歪んだ真珠の告白』が描く、記号の外皮と22年の呪縛|宵町観賞録
「言霊のミイラ」という四文字を、あらすじで見つけたとき。
それだけで、この作品が何かを丁寧に書こうとしていることが伝わってきました。
ルイーザ・ジューン・ボルコットさんは創作大賞2026恋愛小説部門に『そして私は落ち葉を拾う。――歪んだ真珠の告白』を応募しています。32歳の医師・アリサが主人公です。
この作品の読みどころ
「完璧な記号として生きる」外面と、「制御不能な野生の渇き」という内面の、切り離せない共存
10歳で粉砕された初恋の記憶が、22年後も「言霊のミイラ」として在り続けるという設定の精度
実家の庭を掘り返すという行為が持つ、呪縛を解くための身体的な意志
「記号」として生きること
アリサは医師として完璧に機能しています。
でもそれは、「記号として生きる」という表現で描かれます。外から見える形としては整っていて、内側はずっと空虚のままでいる——そういう存在のあり方です。
飢餓を深めるのに、塗り固めることをやめられない。その繰り返しが作品の底に流れているように読めます。
「言霊のミイラ」
10歳のときに粉砕された初恋の記憶が、22年後も「言霊のミイラ」として在り続けるという描写。
ミイラという言葉の選び方が印象に残りました。腐らずに残っている、でも生きてもいない。完全に消えてくれないから、呪縛になる。その状態をミイラと呼ぶのは、残酷で、正確だと感じます。
親友マナミとの一瞬を聖域として追憶しながら、ノアの野生の熱に近づいていく——その構造の中心に、ずっとそのミイラが置かれているのだと思います。
庭を掘り返す
22年の呪縛を解くために、アリサは実家の庭を掘り返す。
この行為の選択に、この作品らしさを感じます。内側の問題を、外側の身体的な行為で開こうとする。言葉ではなく、土の抵抗で。
「そして私は落ち葉を拾う。」というタイトルが示すのも、庭の行為です。掘り返すことと、拾うこと。どちらも地面に向かう動作で、どちらも小さい。でもそこに、22年分の重さがかかっているように読みました。
重く扱われる素材を、装飾ではなく言葉の精度で積み重ねていく作品です。「言霊のミイラ」という表現に惹かれた方には、きっと届く一本だと思います。
