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Kindle短編集『名づけと、その傍で ― 現代妖怪短編集』を出しました

『名づけと、その傍で ― 現代妖怪短編集』が、Kindleで読めるようになりました。

十話の短編集です。妖怪の名前があちこちに出てきますが、書いている途中から自分が眺めていたのは、妖怪そのものというよりは「その名前を貼った側の人」のほうだった気がしています。

業務マニュアルの一行、オープンチャットの書き込み、深夜の防犯カメラ。そういう現代の景色に、ふと妖怪の名前が貼られてしまう瞬間があります。本書は、そのあとに残る小さなズレと気配を、十話分追いかけてみたものです。


タイトルは、ずいぶん迷いました。

書いているあいだ、人が思ったよりあっさり妖怪の名前を引っ張り出してくる場面が、何度も浮かんでいました。賃貸管理会社のクレーム分類タグ、コールセンターの引継ぎマニュアル、配達員のオープンチャットの一行、深夜のコンビニの防犯カメラ。そういう現代の細かい場所で、名前は静かに貼られていきます。

しかも、名前が貼られると、出来事のほうも少し動きが変わってしまう。そういうことが、たぶん起きている。それが本書の出発点でした。

本のうしろに、ひとことだけ、こんな文を添えてあります。

現代でも、人は説明のつかない出来事に妖怪の名前を与えてしまう。名前が貼られた瞬間、その出来事は少しだけ違う形で動きはじめる。

書き上げたあとに自分で読み直したとき、本書にいちばん近かった言い方が、これでした。


民俗の地図上にある「妖怪が出る場所」を訪ねていく話ではありません。

舞台はもっと近くです。スマホで開かれた業務マニュアル、運用フォルダに並んだ分類タグ、画面の隅に映る防犯カメラ。そういう、生活と業務のあいだに挟まっている細かい場所で、人はぽつりと妖怪の名前を呼んでしまいます。

古い妖怪の名前は、現代の景色に貼られると、なぜかすんなり馴染んでしまう気がします。場所に憑くというより、運用に憑く。手順に憑く。語彙のすき間に憑く。そういう貼り方の癖を、十話を通して観察しているような本になりました。


数話だけ、軽く手触りを書いておきます。

「苦情は登録済みです」は、賃貸管理会社の電話口で起きる、小さな話です。クレームの分類タグに、本来はないはずの妖怪の名前が、いつの間にか登録されてしまっている。誰がそうしたのか、はっきりはしません。

「これ、釣瓶落としですね」は、深夜のコンビニの防犯カメラ越しに見える、ほんの一瞬の違和感から始まる話です。映像のなかの何かを、そこで働く人たちが少しずつ同じ名前で呼ぶようになっていきます。

「写りますよね、たまに」は、配達員のオープンチャットに書き込まれた一行から始まります。誰かが書き、誰かが返す。その短いやり取りで、深夜配達のなかの一つの違和感が、静かに均されていきます。

どの話も、強い恐怖の場面はあえて入れていません。怖い、というより、「気になる」「薄く残る」に近い読み心地になっているかもしれません。


収録作(全十話):

  • 苦情は登録済みです ― 天井嘗(賃貸管理会社のクレーム分類タグ)

  • 先回り ― 覚(SNSの先回り投稿)

  • マニュアルに増える項目 ― 隠し神(コールセンターの引継ぎ手順)

  • 件さん、と呼ばれていた ― 件(フリマアプリの出品コメント)

  • 写りますよね、たまに ― 送り犬(配達員のオープンチャット)

  • これ、釣瓶落としですね ― 釣瓶落とし(深夜のコンビニの防犯カメラ)

  • 呼ばなかった山びこ ― 山びこ(旧友のグループ連絡)

  • 気にしないで、影女 ― 影女(部活の合宿写真)

  • 古い建物ですから ― 小豆洗い(病院待合の水音)

  • 名前のない一着(深夜のコインランドリーの忘れ物)

順番は、通して読まれることを想定して並べました。とはいえ、目に留まったものから開いてもらってもかまいません。一話だけ読んで閉じるような読み方もできるように作ったつもりです。


表紙は、無人の現代廊下を選びました。画面の隅に、薄く、影のようなものが映っています。

派手な意匠は置きませんでした。本書が扱っているのは「特別な場所」ではなく「ふだんの景色のすぐ隣」だったので、それが一枚で伝わるところを目指したつもりです。


書き溜めていた短編は、まだ手元に残っています。これからも、こうした形で少しずつ出していけたらと思っています。次がいつになるかは決まっていませんが、本書は、その最初の一冊でした。


価格は500円、Kindle Unlimited にも対応しています。商品ページからどうぞ。

note のほうでは、宵町あかりのマガジン「宵町創作録」に、本書の周辺の話や、次の一冊が動き出したときのことを、少しずつ置いていけたらと思っています。


説明のつかないことが起きたとき、私たちはつい、何かしらの名前を貼ります。その名前が、出来事の輪郭をほんの少しだけ変えてしまうことが、たぶんあります。

本書を開くことは、おそらく、その「名づけ」の瞬間に少しだけ立ち会うことです。

呼んでみるか、呼ばないでみるか。その手前に立ったまま、ページをめくってもらえたらと思います。


書籍情報

  • タイトル:『名づけと、その傍で ― 現代妖怪短編集』

  • 著者:宵町あかり

  • 価格:500円(Kindle Unlimited 対応)

  • 商品ページ:

2作目はこちら

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