Kindle短編集『時刻は、まだ合っていません ― 現代妖怪短編集』を出しました
『時刻は、まだ合っていません ― 現代妖怪短編集』が、Kindleで読めるようになりました。
十話入っています。集めたのは、時計や記録がわずかにずれている場所ばかりです。
駅の時刻表、月次締めの請求書、深夜に動くバッチ処理。時刻がひとつに決まっているはずの場所に、なぜか二つの時刻が並びます。そのずれが処理に組み込まれるまでを、十話に分けて書きました。
タイトルの話をします。
各話の題には、「まだ」という言葉が繰り返し出てきます。「火曜日のジョブが、まだ走っています」「水曜日の二限が、まだ来ません」「あなたの名前で、まだ呼ばれています」。
十話を並べ直したとき、この語だけが残りました。
「まだ」は、終わっていないことを指す言葉です。同時に、訂正されていないことも指しています。片づいていないのに、手続きとしては先へ進んでいる。その状態が、本書の中心にあります。
奥付の手前に、著者紹介を短く添えました。そのうちの一行です。
本作では、時計や記録がわずかにずれる場所で、人がそのずれに名前を与えてしまう瞬間を描いた。
十話を書き終えたあとで、手元に残ったのはこの一行でした。
舞台は、働いている人の景色に寄りました。
経理部の月次締め、IT保守のcron運用、カスタマーサポートのSLAタイマー、学校の教務、役所の窓口。どれも、時刻を正確に扱うことを前提に組まれた場所です。
前提が細かい場所ほど、ずれは目立ちます。そして目立ったずれには、誰かが名前をつけます。名前がつくと、そのずれは処理の対象になり、運用のなかへ静かに組み込まれていきます。
前の一冊では、「名づけ」そのものを主題に置きました。本書では、名前がつく手前にあるものを「時間」の一点に絞っています。同じ棚の、隣の一冊くらいに受け取ってもらえたらと思います。
三話ほど、中身に触れておきます。
「終電は、二分前にあった」は、駅の時刻表の話です。掲示と手元の時刻が、二分だけ合いません。二分は、遅れとして報告するには短すぎる長さです。
「火曜日のジョブが、まだ走っています」は、保守の現場の話です。火曜日だけ、終わったはずの処理が動き続けています。記録は残りますが、原因の欄はいつまでも空のままです。
「番号、もう一度発番されますか」は、役所の窓口の話です。締切をまたいだ受付番号が、二回発番されます。どちらの番号でも手続きは進み、どちらの記録も残ります。
業務の場所ばかりでもありません。「既読、ついてましたよ」は、マッチングアプリの既読時刻が一日ずれる話です。相手も自分も画面を見ているのに、見た曜日だけが食い違っています。
怖がらせる場面は、今回も置いていません。処理は止まらず、報告も上がっていきます。読み終えたあとも、正しい時刻がどちらだったのかは分からないままだと思います。
収録作(全十話):
終電は、二分前にあった ― 化け文字(駅・終電・時刻表)
既読、ついてましたよ ― 天邪鬼(マッチングアプリの既読時刻)
再計算は明朝に ― 算盤坊主(経理部・請求書処理・月次締め)
火曜日のジョブが、まだ走っています ― 油すまし(IT保守・cron運用)
配信、見直すたびに違うんです ― 化け狸(配信アーカイブ・切り抜き)
タイマーが、止まらないんです ― 一目入道(カスタマーサポート・SLAタイマー)
水曜日の二限が、まだ来ません ― 野衾(学校の教務・時間割管理)
番号、もう一度発番されますか ― 岸涯小僧(役所窓口・受付番号システム)
私の名で、誰かが返事をしている ― 化け猫(マンション内廊下・宅配・インターホン)
あなたの名前で、まだ呼ばれています(橋・川辺・古いアカウント)
並びは通読を前提に決めましたが、題を見て気になった一話から入ってもらっても差し支えありません。
表紙には、深夜のデジタル時計を置きました。表示は23:47です。
前の一冊では、画面の隅に薄い影を置きました。今回は、影のかわりに時刻を置いています。低彩度で、青みの寄った暗い色。細い明朝。そこは前と揃えました。
意匠を足さなかったのは、扱っているのが通勤の途中や勤務時間のなかにある景色だからです。
あとがきは、今回も書いていません。
最後の一話は、説明を足さずに閉じる形にしました。あとから言葉を継ぐと、その閉じ方のほうが弱くなります。本文だけで置いておきます。
書きかけの話は、いくつか残っています。刊行の間隔は決めていませんが、たまった分から出していくつもりです。
価格は500円です。Kindle Unlimited にも対応しています。前の一冊も同じ値段にしました。
本書まわりの話は、note のマガジン「宵町創作録」に書き足していきます。
時刻がずれていると気づいたとき、たいていの人は、どちらかを正しいほうに決めます。決めないままでも、処理のほうは進んでしまいます。
正しい時刻がどちらだったのかは、最後まで分かりません。それでも報告は上がり、日々は続いていきます。
どちらが正しかったのかを決めないまま、しばらく置いてみてください。
書籍情報
タイトル:『時刻は、まだ合っていません ― 現代妖怪短編集』
著者:宵町あかり
レーベル:宵町堂
本文:約21,800字/全10話
価格:500円(Kindle Unlimited 対応)
商品ページ:https://link.amazon/B07SUUkkl
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