グスタフとアルマ、抽象概念と言われたのはどちら?:アルマの『回想と手紙』の一節より(2021)(7・結)
神と共にあったブルックナーが、自己の作品の価値の永続をどこかで確信し、死後に神様に対面した時に、自分が授かった才能を粗末にしたという廉で咎められることを怖れていたのに比べれば、神を探し求めたマーラーの確信はその姿勢自体の帰結として、それほど堅固なものではなかったにせよ、それ故それを為し能うという確信に基づいてというよりも、願わくば結果として事後的に見たらそうなっていたという仕方で、自分がコミットしている価値に対して寄与できることを願っていたように感じられるのである。そして、そうしたマーラーの立場は、彼のような天才ではなく、けれども同じく「二分心崩壊以降、シンギュラリティ以前」を生きる、自伝的自己を備えた反省する意識の様態を持つ者にとって、ともすれば落伍してしまいがちな己に対して腕を広げ、手を差し伸べてくれる存在と感じられるのではなかろうか。
ちなみに、上述のマーラーの確信の時間的構造がデュピュイの「賢明な破局論」の時間性と同一の構造を持つことは偶然ではない。それはデュピュイが「賢明な破局論」の出発点として、『思想と動くもの』に収められた、天才的な芸術作品に関するベルクソンの分析を参照していることを思えば、寧ろ当然のことなのである。だがそのことの帰結の方は決して自明であり当然であるという訳でもないだろう。その経済的な水準での価値、効用において、進化論的な効用についての「パンケーキ」(スティーブン・ピンカー)という断定と同様の評価に基づいて、まさに今、生起している新型コロナウィルスは感染症の蔓延のような有事において「不要不急」なものとして延期すら許容されずに中止されるかに見える「芸術」こそが、その有事を惹き起こすカタストロフィーと同じ構造を持ち、従って経済学的合理性に基づくリスクに対する予防原則が無効となり、「想定外」の事態が起こるような状況へと対応するための処方箋たりうる可能性を孕んでいるというのだから。
そしてもしそうであるとするならば、マーラーの音楽を「ノスタルジー」として受容する志向が、少なくともここで問題にしている時間性とは相容れないものであることを今一度確認しておくべきだろうか。寧ろここで「音楽」とは、ありうべきもののシミュレーションの企てなのであって、マーラーの「音楽がはつねに憧れを、この世界を越えてゆくものへの憧れを含んでいなくてはならない」という言葉は、同じ彼の「交響曲とは手持ちのありとあらゆる手段を用いて一つの世界を構築することである」が故に「交響曲は全てを包含しなくてならない」という言葉と共に了解されなくてはならないのである。そうしたマーラーの志向をシンギュラリティを目前にした今日の文脈において引き受け直すとするならば、「音楽」は可能世界のシミュレーションとして、三輪眞弘さんが主張する「人文工学」に繋がっていくことになるだろう。
冒頭で、マーラー家の夕べの回想をきっかけにして、マーラーとの生活が恰も抽象概念と暮らしているようなものであったというアルマ自身の認識に至る『回想の手紙』の一節を参照したが、そこに読み取るべきは、日常生活における感性的な、情動的な反応の欠如に対するアルマの欲求不満のみではないだろう。かつまたアルマは(時折、そのためのネタとして、例えばシュトラウス夫妻を出汁に使う事さえ厭わないことを思えば)、マーラーとの生活を全く否定的に捉えていたわけではないだろう。この回想の中にも常に動いていると言っても良い両価感情の中から、彼女が反発を感じ、時として拒絶反応を示しつつもコミットした契機を無視することは、この回想自体の価値を単なるセレブリティのゴシップの類であるとして毀損し、否定し去ることにもなりかねない。少なくとも彼女は、同時代に同じ文化的空間に二人といない天才の「価値」を過たずに掴み取る能力を持ち、かつその能力に対する自覚もあったし、マーラーに作曲を禁じられるという出来事がなかったとしても、主として自分の気質故に既にスポイルされてしまっていた自己の才能への自覚の一方で、それが十分に意識的、反省的で自覚的な形としては、ようやく回想というモードの下で初めて可能になったかも知れないとはいえ、マーラーの人と作品の持つ価値の大きさに対して十分に自覚的であり、自分がそれに関与できたことに対する自負の念を読み取ることをしなければ、甚だしくアンフェアな読解との誹りを免れないだろう。英訳からの重訳の解釈が例え間違いであったとして、もしアルマ自身が抽象概念のようなものと周囲から言われたとしたら、そのことに対してアルマ自身もまた「それがどうした、それのどこが悪い」という感覚を持っていたことは彼女の言葉自体から十分に感じられることではなかろうかと私には思えるのである。(結)
(2021.7.13初稿公開, 14,15, 24,25 加筆修正, 2025.7.5 noteにて公開)
