エウロパ——氷の殻の内側(6):第三章 海と生命——深海熱水系のアナロジー(上)
第三章 海と生命——深海熱水系のアナロジー
光のない生態系
長い間、生命は光合成に依存して存在すると考えられていた。植物が太陽光を利用して有機物を合成し、それを動物が食べ、食物連鎖が成立する——これが生態系の基本構造だと思われていた。一次生産者としての植物、それを支える太陽エネルギー。どれほど過酷な環境でも、生命が存在するためには、どこかで太陽光が有機物に変換されている必要があると考えられていた。砂漠の生命も、深山の生命も、たどれば光合成に行き着く。生命は太陽なしには成立しない——これは自明に近い前提だった。
ところが一九七七年、その前提を根底から覆す発見があった。ガラパゴス諸島沖の水深約二五〇〇メートルの深海底に、熱水噴出孔が発見されたのである。摂氏三五〇度を超える熱水が噴き出し、かつ光がまったく届かない環境であるにもかかわらず、驚くほど豊かな生態系が存在していた。チューブワーム——全長二メートルを超えることもある管状で、消化器官を持たず、体内に共生する化学合成細菌から栄養を得る生物——が密集し、エビ、カニ、二枚貝、魚が群れをなしていた。光合成によらない、まったく独立した生態系がそこにあった。
この生態系を支えていたのは、化学合成細菌だった。熱水に含まれる硫化水素などの化学物質を酸化することでエネルギーを得て有機物を合成する——この化学合成の過程が、光合成に代わる一次生産の基盤となっていた。チューブワームの体内には化学合成細菌が共生し、その代謝産物を栄養源としている。太陽光の届かない深海の底で、化学エネルギーを基盤とする完全に独立した生命圏が、何億年もの間、静かに存在し続けていたのだ。
その後の調査で、熱水噴出孔の生態系は世界中の深海に広く分布することが明らかになった。特に印象的なのは「ブラックスモーカー」と呼ばれる黒煙を噴き出す熱水煙突だ。硫化物が析出して形成されるこの煙突は高さ数十メートルに達することがあり、その周囲には特有の生態系が形成される。低温の「ホワイトスモーカー」と呼ばれる熱水噴出孔も発見され、アルカリ性の環境を好む生態系がそこに存在することも分かってきた。生命は、人間の想像をはるかに超えた多様な化学的条件のもとで成立しうる。
生命起源説とエウロパ
深海熱水系の発見は、生命の起源についての理論にも深く影響を与えた。生命はどこで、どのようにして誕生したのか——この問いに対する現在の有力な仮説の多くが、熱水環境と水を核心に置いている。
一方の有力候補は、高温のブラックスモーカー型熱水噴出孔だ。一九八八年にギュンター・ヴェヒテルスホイザーが提唱した「鉄硫黄世界仮説」は、硫化鉄などの鉱物表面で有機物の合成と代謝の原始的なサイクルが始まったと考える。高温・高圧・化学物質に富む環境が、生命前化学の舞台だったという発想だ。もう一方の有力候補は、より低温のアルカリ性熱水噴出孔である。二〇〇〇年代に発見された「ロストシティ」熱水域はその典型例で、摂氏四〇〜九〇度程度の比較的穏やかな環境でアルカリ性の熱水が噴き出し、複雑な炭酸塩の構造物を形成している。ニック・レーンらが支持するこの仮説では、熱水と海水のプロトン濃度差(pH差)がエネルギー源となり、最初の代謝システムが生まれたと考える。
RNA世界仮説もまた、水を必要とする。リボ核酸(RNA)が自己複製と触媒の両方の機能を持つことが示されて以来、最初の生命はDNAもタンパク質も持たず、RNAだけで成立していたという仮説が有力視されてきた。RNA分子が水溶液中で形成され、自己複製能力を持つようになり、やがてタンパク質合成の機能を獲得していく——このシナリオもまた、液体の水を不可欠の舞台として必要とする。
深海熱水系は、生命が光ではなく化学エネルギーによって成立しうることを示した。もしそうであるなら、太陽光の届かない氷衛星の地下海もまた、生命の舞台となりうる。エウロパの地下海が注目されるのは、こうした生命起源シナリオのいずれとも整合的な環境を持ちうるからだ。木星の潮汐力による加熱が海底の岩石と反応して熱水活動を生じさせ、化学物質に富んだ熱水が海中に噴き出す——この想定が正しければ、エウロパの海底はブラックスモーカー型あるいはアルカリ型の熱水噴出孔を持つ環境と類比的だ。液体の水、化学エネルギー、鉱物の界面——生命起源に必要とされる要素が、太陽系の外縁部の氷衛星の地下に揃っている可能性がある。
ただし類比は類比にすぎない。エウロパの熱水活動の有無は、現在の観測では確認されていない。海底地形も、水の化学組成も、熱水の温度も、すべては推測の域を出ない。エウロパが生命起源の条件を持つかもしれないという命題は、科学的に根拠のある仮説だが、あくまで仮説だ。しかしその仮説の重みは軽くない。地球で生命が誕生した条件と類比的な環境が、宇宙の別の場所に存在するかもしれないという可能性は、生命の普遍性という問いを現実の問いとして提示する。
(2026.3.22 noteにて公開)
