「大地の歌」における"Erde"を巡る検討のための覚書 ―甲斐貴也訳「大地の歌」によせて―(2007)(5)
一方で、「大地の歌」と第9交響曲をあまりに性急に一まとめのものとして扱うことも 問題を起こすことになるかも知れない。密接な関係はあるものの、第9交響曲は「大地の歌」の 「後」に続く作品で、すべての面で大地の歌の帰結を出発点にしているものの、「大地の歌」の 反復でも、同じことの(今度は純器楽による)言い直しでもないだろう。
こうしてみたときに気になるのが、マーラーについてしばしば言われる象徴的な楽器法の 「大地の歌」への適用である。例えば、タムタム / マンドリン / チェレスタ という楽器に限定してみよう。
タムタムは、勿論常にではないが、しばしば Leben から Tod への移行とか、端的にTodを象徴する場面で使われる。 第2交響曲の第3楽章の「この世の営み」の無窮動が止んで、原光へと移行するattacaや、 第9交響曲第1楽章のHöcheste Kraft「最高の力をもって」の部分に続く、あのWie ein schwerer Konductの葬送行進曲を 思い浮かべてもいいだろう。そして「大地の歌」では、第6楽章、特にその中でも葬送行進曲風の中間の間奏曲部分が それにあたるだろう。(ちなみに、この部分について、HAYESさんがMAHLERIANA中の文章で WunderhornliederのNicht wirdersehenのルフランとの類似を指摘されているが、これは、これまたHAYESさんの 述べられている通り、ルフランの歌詞(Ade, mein herzallerliebster Schatz!)を考え合わせるに非常に興味深い指摘である。)
チェレスタについては第6交響曲と第8交響曲におけるその機能を考えてみればよい。 楽器の名前の通り、Himmelを象徴すると見做されることが多い。 わけても、第6交響曲の第4楽章において、3回目のハンマー打ちが削除され、チェレスタの上行音型に置き換わった ことはよく引き合いに出される。第1楽章のSchwungvollの第2主題でも響いているが、それ以上にアドルノのいう Suspensionの最も典型的な例である、第1楽章の展開部後半の、あのカウベルが鳴るブロック、あるいはアンダンテ楽章の やはりカウベルの響くエピソードのブロックでチェレスタが用いられることを見逃すことはできないだろう。 第8交響曲では、第2部も終わり近くの、あのマリア博士のBlicket auf!という呼びかけから始まる霊感に充ちた素晴らしい歌の後、 これもまたその力を否定し難い「神秘の合唱」に至る直前の、こちらは毀誉褒貶のある間奏曲の部分(練習番号199以降) の用法が重要だろうか。そのチェレスタが、「大地の歌」では第6楽章のDie liebe Erde以降のコーダで響くのである。 従って、これにやはり或る種の象徴を読み取ろうとするのは自然なことではあるだろう。
だが、これだけで終わらせてしまってRückert LiederのIch atmet'einen linden Duftに言及しないのは、マーラーの歌曲を 交響曲同様に重視すると言った手前、言行不一致の謗りを免れないだろう。 しかも、ここでも菩提樹の香りLindenduftが隠れていて、だとすると、ここでもまた若き日の「さすらう若者の歌」の終曲の眠りが 思い起こされる。(だから村井さんが「大地の歌」の終結部に関して特に「さすらう若者の歌」に言及しているのは的確だと思われる。) だが、Ich atmet'einen linden Duftそのものはどうなのか?しかも上で既に述べた通り、ここでは終結の付加6まで一致しているのである。 この作品には、同じRückert Liederに含まれるIch bin der Welt abhanden gekommenに通じるような遁世の安らぎはあって、 そこでなら、Himmelという言葉が、gestorben der Weltという言葉が確かに出てくる。gestorben dem Weltgetünmmelまで 出てきて、Erde / Himmel で行けば、どちらかといえば後者の側に属しているようにさえ見える。だが その一方でそもそもRückert Liederの世界は、Wunderhornliederの世界に比して、丁度同時期の中期交響曲群がそうであるように、 ずっと現実的、地上的な感覚が強いのもまた確かなことと感じられる。
そしてもう一つ、チェレスタが鳴り響く歌曲として忘れてはならないのは、Kindertotenliederの終曲である。ニ短調の嵐の音楽が Allmählich langsamerに至って、第1曲でも響いたグロッケンシュピールの響きとともに静まっていき、 ついにニ長調に転じたLangsam. Wie ein Wiegenliedの部分、曲尾において、ここではニ長調の主和音で閉じられるに至るまで、 ずっとチェレスタが響いている。その子守歌の歌詞に従うならば、ここでのチェレスタの機能は、第6交響曲におけるのと同様、 あるいはそれ以上に明確にHimmelを象徴するものと考えてよいのだろう。
だが、私の主観的な見方かも知れないが、この曲の 悲しみは、実にこの子守歌で頂点に達するのだ。この子守歌には、喪失の受容と諦観が伴っている。意識は天国にはない。 意識は地上にあって、いなくなってしまった子供が神様に守られている天国のことを思うのだ。安らぎはここにはない。 喪ったものはもう、元には戻らないから。だからチェレスタがHimmelを象徴しているといっても、そこでの意識のありようを個別に 見れば決して単純なものではないのだ。
結局のところ、チェレスタの響きには一定の情調が結びついていることは確かなのだが、 Erde / Himmel の対立にあまり図式的に適用するのは無理が生じるのではなかろうか。としてみれば、「大地の歌」の コーダでチェレスタが鳴ったといっても、それはやはり「地上」でのことで、Ich bin der Welt abhanden gekommenで既にそうであるように、 gestorben dem Weltgetünmmelとは言い、Himmelといっても、それはあくまで比喩であって、単純にいわゆるTodやHimmelといった 超越的なもの「自体」とは異なったものとして捉えられている、ここでの文脈に即して言えば、ErdeがWeltgetünmmelの場でもあり、一方でHimmel でもあるということかも知れないのである。
更には、大地の歌のコーダではチェレスタと同時にマンドリンが響いていることを無視することはできない。
第7交響曲の第4楽章、第2のNachtmusikを先駆とし、またもや第8交響曲第2部でもグレートヒェンであった Una poenitentiumが過去を振り返って聖母に取り縋りながら語る部分、ついでSelige Knabenがやはり 自分たちの過去とファウストの過去を対比させて語る部分―つまり過去のものとなった地上に対して眼差しが 向けられる部分―で用いられているが、「大地の歌」では第4楽章でははっきりと地上の(ただしそれは、 まるで回想の裡にあるように儚げではあるが)風景の中で鳴っていたマンドリンの響きは、ここでは寧ろ琵琶のようですらある。 第7交響曲や第8交響曲ではそうではなくても、「大地の歌」ではマンドリンは「東洋趣味」の現われであると 一般には解されるのかも知れないが、琵琶のようであるとはいっても、私がそこに東洋を聴いているわけではなく、 その音色は第6交響曲のカウベルとは異なって、寧ろチェレスタとは調和しない要素が残っていることを感じさせると いうことが言いたいのである。例えば第6交響曲では、Mediatorの指定のあるハープの弾奏や、低音の 調律されていない鐘の響きが表しているものに通じているように感じられる。(そしてそこでもやはりチェレスタは鳴っている のである、たとえそれが切れ切れで、まるで、遥かに遠ざかった場所から辛うじて風のまにまに響いてくるようであっても。)
そして第9交響曲では、チェレスタもマンドリンもないかわりに、葬送の鐘がタムタムとともに残るのである。 第4楽章において、Stets sehr gehaltenの指示以降、はっきりと大地の歌の終楽章が参照されるが、 それはその音楽の中では、客観的な要素、もはや表情を喪って宙を漂うしかない要素、シェーンベルクの 言う「非人称性」を思わせる要素に結び付けられる。こうしてみると、「大地の歌」終結のマンドリンの 響きを「非人称的」と形容したケネディの発言は、意味深長に思える。
こうした特徴の列挙はまだまだ続けることができるだろうし、重要なものを見落としているかも知れないが、 いずれにせよ、その特徴について何か解釈を自信をもって下すことは、私にはまだできそうにない。 だが、それでもこれまで聴いてきて、比較的揺らぎのない印象が心のなかに刻印されていることも確かなので、 ここでは論証抜きにその印象を書いておきたい。
私見では、大地の歌の終曲はersterbendの指示にも関わらず決して主観の消滅の描写ではないし、 同様に、第9交響曲の第4楽章も、「昇天」の音楽化ではないのは勿論、(この点では村井説とも異なって)超越を拒絶した死の描写であるとも思わない。 そういう見方は、結局、マーラーの晩年の音楽を、そうした音楽を書くに至った彼の心境を軽んじる一方で、結局「昇天」の音楽化という見方と同様、 「死が私に語るもの」の標題よろしく世紀末的な「死のイメージ」の描写というレベルに還元してしまいはしないだろうか。
別にマーラーその人の心境や認識、人生観(何なら世界観でも宇宙観でも、、、)が前代未聞の稀有なものであると言いたいわけではない。 むしろその音楽の創作の「動機」―それは素材に過ぎない―そのものは寧ろありふれていて、私の様な凡人にすら体験しうる、従ってあるレベルでは 共感できるようなものであっても、その心の傷の深さがその音楽に刻印されるときの様態の方は全く例外的で「天才的」という他なく、そうしたモメントを無視すること、 そして描写されているというよりは、音楽そのものがもたらす心的なプロセス(意識的、無意識的なものをひっくるめて)のユニークさとその圧倒的な力を、 それ以外の何かに還元してしまうような見解には抵抗を感じるということである。
子供の死の歌の回想は「ここではない場所」、あるいは「どこでもない場所」を示しはするが、いずれにせよ、最後まで主観は覚醒しているように聴こえる。 マーラーの音楽そのものが、それ自体或る種の非可逆な過程であり、だからこそその音楽を聴くことは、聴き手にとってそれを聴く前とは異なった 何かを発見させることがあるのだと私には感じられる。
シェーンベルクが言ったように、第9交響曲における主体は「メガホン」に過ぎないかも知れない。 だが第9交響曲が「限界」であって、その先にはTodが立ちはだかっているというのは、それもまたやはり「神話」に過ぎないのではないか。 (プラハ講演の時点で、シェーンベルクが第10交響曲に関して何を知っていたかを考慮する必要があるだろうし、後年 彼が、他の多くの作曲家同様に第10交響曲の補筆を断った理由は、例えばショスタコーヴィチがはっきりとそう言っているように、 寧ろ技術的な問題―ただしそこには作品を作ることに対する心構えのようなものも含まれる―が第一義的なものであったのではないかと思う。)
未完に終わった第10交響曲もまた、それの手前、第9交響曲との間に溝があるという見解同様、アダージョとそれに 続く部分の間に超えがたい溝があるという主張には同意し難いものがある。勿論第10交響曲がいかなる意味でも 完成した状態にないことは認めた上で、それでも私は、クックによって明らかにされた全5楽章の構想全体を重視したいのである。 演奏用の補筆とは言いながら第10交響曲のフィナーレを聴けば、おしなべて晩年のマーラーの音楽が どのような「場所」で鳴っているのかについてに関して、誤解することはないように思われる。
まだそれを説得力のある仕方で論証することはできないとはいえ、このような印象を持つ私にとっては、第10交響曲の演奏版の 作者であるクックが当初はBBCでの放送のためにマーラーに関して書いた小冊子で「大地の歌」について記した内容は、 強い説得力を持っている。クックは「大地の歌」の内容が若き日のマーラーの文章や詩と共通している部分があることを指摘した上で、 それを単なる回帰と見做さず、晩年の認識の違いをはっきりと述べているのである。 それを私なりに敷衍するならばその違いはまさに、かつては憧れの対象であった「愛する大地」の永遠性に対する「疎外の意識」の存在にあるのだと思う。 「さすらう若者の歌」で、あるいはリュッケルト歌曲集で、孤独と引き換えにWeltlaufから逃れる先であったそれ―それを「自然」と呼ぶことは容易いが、 それでなくても発散しがちな議論がこれ以上発散しないようにするためにも、ここでは「自然」について主題的に論じることはしない ―に対して、実はそれはHimmelなどではなく、結局同じErdeなのであるという認識がまずあって、更にその上で、「大地」の永遠性、 その絶えざる回帰・循環の一部でありながら、有限な個体は、その永遠性には与れないのだという認識があるのだと思う。
簡単な事、ある意味では最初からわかりきったことなのだ。「別れ」は永遠性に対するそれであり、それは自分の有限性に由来するに 違いない。そして勿論そうした認識をもたらす契機として、やはり娘の死、(後世の眼では誤診だったとしても主観的には大きなダメージとなった)自分の病の 宣告といった、個体の有限性に向き合うマーラー自身の個別的な経験があることは否定し難いと思う。 私は同じ時期にヴァルターに宛てて書いた書簡に現れたマーラーその人の気持ちを、当時流行の「死のイメージ」の描写などに すり替えたくないのである。私は「大地の歌」に、思い込みだろうが何だろうが、やはりそうしたマーラーの声を 聴き取ることができると感じているし、その重みだけは否定したくないのである。
それゆえ例えば、ここで最終的な判断をすることは到底できないものの、大谷さんが病跡学雑誌に掲載された論文で述べられている、 マーラーの晩年の音楽が、死の受容のプロセスの反映であるという説には説得力を感じる。 大谷1995(病跡誌No.49 pp.39-49)によれば、「大地の歌」の曲の配列が、絶望(悲しみと怒り)、虚脱、受容、見直し(再起)という死や障害の 受容過程(平山1988「悲嘆の構造とその病理」現代のエスプリ248 pp.39-51)に類似しているという。すなわち、受容の過程は以下の様な経過を辿る。
1.現実の否認
2.喪失に心から気付き、不安でしようがない。生きていく自信や意欲が持てない、悲しみが膨らみ感情の起伏が激しくなって、特に怒りが表面に出る。
3.引きこもり。亡き者にできるだけのことをしたのだろうか?
4.癒し。これからの新しい役割の意識
5.生き直す vita nova? 孤独感の深まり。
これに対して、「大地の歌」の楽章排列を対応づければ以下のようになる。
第1楽章.最も絶望的で苦悩に満ちている
第2楽章.寂寥、悲哀
第3,4楽章.過去の美への耽美的傾向
第5楽章.現実逃避
第6楽章.彼岸への指向、宿命への穏やかな肯定
この内容と順序こそが重要であって、ここを無視すればこの大谷さんの指摘を取り上げる意味合いはなくなるのだが、 その点で「大地の歌」と比較する意味でKindertotenliederを思い浮かべるのは興味深い。というのも ここで詳論はできないが、Kindertotenliederの排列順序については若干の異なりがあるように見受けられるからである。
(もしかしたら、Kindertotenliederが必ずしも実体験に基づいたものはなかったことを思い浮かべるべきなのかも知れない。もっとも、Kindertotenliederの 連作歌曲集としての一貫性の高さ、聴いてえられるカタルシスの深さもまた格別のものがあり、こちらについては病跡学的にどのような説明が可能なのか 伺ってみたいところではある。)
ここで重要なのは、その音楽が「死」そのものの「描写」であるのではなくて、その「受容」の過程の、凡人には為しえない天才的な仕方での昇華で あるということで、それゆえに聴き手もまた、音楽を聴くことでそのプロセスを自分なりに反復することができる可能性があるのだ。 (大谷さんも述べているように、「受容」そのものについてマーラーの能力が際立っていたということではなくて、偉大なのはその過程の作品化の方なのだが、 そこにある経験の深み、作品と経験との他には見られないほどに密接な関係がマーラーの特徴なのだと思う。)
とりわけ「大地の歌」について言えば、その構成が死の受容過程に類似しているという指摘は大変に興味深いもので、この「大地の歌」を 含めた様々な優れた芸術作品が持っている「力」、多くの人が感じ取ることができる力の正体を考える上で示唆的だと思うし、病跡学とはいっても、 いわゆるマーラーその人の気質類型論の類にはあまり関心はないとはいえ、この説については、私の自分の経験に照らして、深い共感を覚える。 例えば、バルビローリの「大地の歌」の演奏記録を聴き、その印象について書いた際、そうした経験を反芻しつつ文章を綴ったのを私ははっきりと覚えている。 (だから、この説に一見賛成しつつ、各楽章の性格付けと不可分のものである筈のその具体的なプロセスについて異議を唱えるような主張は、 私見によれば全く見当外れであって、すでにそれは一般的な「標題」や「プログラム」の議論にこの説を縮退させて論じているに過ぎず、であれば寧ろ、 この説にそのもの対して異議を唱えるのでなければ一貫しないだろうと思われる。少なくとも大谷説の要諦は経験の具体的な側面であり、その 説得力の源泉も、具体的な音楽の構成と心的なプロセスの同型性にある筈なのだ。)
さらにまたこの大谷さんの見方は、マイケル・ケネディの「マーラーは死ではなく、生に対する熱烈な憧れを表現」したのだという意見、その作品が聴き手の 「新陳代謝の一部になる」という表現と強く響きあうものがあるように思われる。 そして何より、私がマーラーに関して強く感じていること、マーラーの音楽が有限の主体の、儚い意識の擁護であること、取るに足らないものであっても、 それが還元不可能なものであり、様々な価値の源泉であるという感じ方とも一致しているように思われるのである。私にはヴェーベルンが気質の違いを 超えてマーラーに見出したかけがえのないものとは、こうした認識ではなかったかと思えてならないのだ。
(2007.5.31作成, その後加筆・修正を経て、2025.4.29 noteにて公開)
