コワモテ・スイーツパラダイス
連休明けのスーパーは、エキサイティングだ。
「野菜やだー!いらないー!」と泣き叫ぶ子どもの母親が押すカートにはいちごと生クリームとスポンジが乗っている。
……覗いてすまない!
だって、君の母がいちごを手に取った瞬間にその叫びが鼓膜を揺るがし、我が滅多に役に立たぬウェルニッケが「野菜やだー!」を面白音声として認識しちまったんだから…
私の鼓膜「揺れを感知しました。このままエスカーションします。聴神経さん、対応願います。」
私の聴神経「ただいまの揺れの情報を受信。音声入力信号であることを確認しました。このまま聴覚野への送信を開始します。」
私の側頭葉聴覚野「受信完了しました。スキャニングのためウェルニッケと情報共有を行います。ウェルニッケ呼び出し中です。」
私のウェルニッケ野「解析中です。」
解析結果「“その子どもは、野菜が嫌い”」
その前に、網膜がいちごを手に取る君の母の姿を捉え、今日に限って視神経が事故を起こさず視床に映像を届け、後頭葉の視覚野に無傷でたどり着いたというのもいけない。

網膜「映像を感知!1房1600円のマスカット、砕けたミックスナッツ、人(男)!人(女)!人(店の人)!人(違う店の店員)!人(子ども)!紙(求人)!豚(店のマーク)!面倒臭いのでそのまま上げまーす!」
視神経「情報量多!!」
視床「映像のトリミングを開始します。いちご・人(女)・人(子ども)の切取りに成功。視覚野に送信します。情報の解析をお願いします。」
視覚野「受信完了。こちらの映像は、買い物中の母子、母がいちごを手に取っているという状況。子どもの顔色はいちごと同等のカラーコードに設定されています。子どもの口は大きく開いています。このことからは泣き声が発せられている可能性があります。」
否。
俺は悪くない!
悪いのは俺のウェルニッケだ!
そして、今日に限って元気だったシナプスが悪い!
推測するに、誕生日ケーキを作るのだろう。
ともすればこの状況、
「獅子の子落とし」ではあるまいか?
だって、いちごは野菜だ。
“野菜はいらない”、そう叫ぶ我が子の誕生日に野菜ケーキを食べさせる。
いやはやスパルタ!
これが母の愛ってものだろうか。
よかった、我が母が獅子ではなくて。
しめじのショートケーキなんて出された日には、ひっくり返っちまうよ。
千尋の谷から二度と這い上がってなど来られぬ。
今頃谷底で白骨と化していたことだろう。
と、人様の家のバースデーケーキで余計な妄想を繰り広げる私。
おちおちスーパーにも行けない。
妄想し過ぎて脳がいつだって腹を減らしている。
「いちごのショートケーキ」を「野菜のショートケーキ」に名称変更したらどの程度売上に影響するのかを知りたいがためにケーキ屋をやりたくなってきた。
健康に配慮したいアラウンドサーティ以降の民なんかは案外「野菜のショートケーキ」に食いついてくるような気もする。
【野菜のショートケーキ】
「お野菜で作る、ご自愛ケーキ」
軽いのにもっちり、あっさりなのに食べ応え十分。
米粉スポンジと豆乳クリームで仕上げた、身体においしいケーキ。
グルテンフリーだから、アレルギーがあっても楽しめます。
“みんなで同じものを”の心で職人が丁寧に一つずつ焼き上げました。
メロンのタルトは野菜のタルトだし、
夏の人気者、スイカバー・メロンバーはお野菜アイスだし、
世の野菜嫌いたち。
君ら結構野菜、食べてるよ。
いいと思うよ。
私なんぞ、苦手食材には仕事だろうがなんだろうが頑なに触れなかったからな。
店長「悪いんだけどさ、私にんじんと水菜引っ張るからよもちゃんエリンギお願いできる?」
私「Pardon?」
店長「よもちゃんエリンギ……」
私「Pardon?」
店長「私エリンギ引っ張るからにんじんと水菜お願いできる?」
私「お任せあれ!」
苦手な食材とは徹底的に関わりたくない迷惑なバイトである。
これも一種のバイトテロである。
※幼少期、人様の分のなめこまで強奪して食ったせいできのこの神の逆鱗に触れ全てのきのこ(キクラゲ以外)食べられなくなった。
そんなことを考えながら、大袋に入った極太ネギを旗印の如くカゴに突き刺した私はひたすらに進む。
ここでなぜか見知らぬ女性が並走してきた。
カーチェイスならぬ、カートチェイスの始まりである。
Ready,Steady,Go!!だ。
熱き戦いの火蓋が切られた。
──が、0.5秒で私は棄権した。
背の高い下仁田ねぎといった風貌のネギ……
例えるなら、190cm超えの海軍所属ガチムチ系アメリカ人といった具合のネギが落馬したからな。
カート上のカゴという名の馬から。
いや、カゴから。
女は、チラチラと私を振り返り、嘲り笑いながらドヤ顔で豚バラ特盛コーナーで仁王立ちしていたが私には関係ない。
私が欲しいのはその先にある鶏胸肉特盛だからな!
とかなんとか思っていたら、視界に飛び込んできたのは
致死量の砂糖と致死量のバナナを積んだカート
とそれを押す雷神にそっくりなコワモテ!
このクソ寒いのにタンクトップ!
腹はぽってりしていて若干チャーミングだが、腕は筋骨隆々。
それも、左腕の方が右腕よりも厳つい。
そして龍のタトゥーが刻まれている。
ただものではない!
私は無意識に袖をまくり上げていた。
そこから出てきたのは、昨晩寝ぼけて本棚の角柄のタトゥー……
否。
ただのアザである。
もはや私の神経どもは情報の選別など諦めたようで、
得た情報の全てを脳にエスカレという名の丸投げをしている。
「下の段全部砂糖」+「上全部バナナ」
↓
コワモテスイーツパラダイス
突如としてやってきた繁忙期についていけぬ我が脳は情報を処理するどころか妄想回路への接続を開始した。
この雷神はきっと、バナナキャラメリゼ専門店のパティシエなのだろう。
その屈強な腕からは想像もつかぬほどに繊細な指さばきでバナナに砂糖をたっぷり乗せる。
自慢の左腕でフライパンを小刻みに揺らし、香ばしく焼き上げる……
最後はご自慢の火炎放射器でゴウゴウと砂糖を焦がす。、
パリットロッジュワーなバナナキャラメリゼの出来上がり……
一度目を閉じ、首をぶんぶん横に振り妄想を振り落とす。
再びカートをガラガラと押し始めるも、目当ての鶏胸肉特盛コーナーでは雷神が冷風に吹かれている。
しかも、なぜか腕組みし始めた。
──こりゃあ長くなるぞ。
とそこへ、別のコーナーから大量の小麦粉を抱えたガングロがやってきた。
こちらはピチピチのアロハシャツ(ヤシの木柄)を着ている。
例によって何やらタトゥーが覗いているが、何かわからない。
とりあえず、雷神の相棒らしいので風神とする。
【雷神】
身長:170cmくらい
装備:黒のタンクトップ・ダメージジーンズ
特徴:龍のタトゥー、ぽってりお腹、筋肉質な腕(左>右)
【風神】
身長:170cmくらい(雷神よりやや高い)
装備:アロハシャツ(ヤシの木柄)・ダメージジーンズ
特徴:なんらかのタトゥー、ぽってりお腹、筋肉質な腕(左<右)、グラサン
2人を見ていたら季節を忘れた。
ここは、常夏のハワイ。
ハイビスカスが風に吹かれている。
フラガールたちがティーリーフスカートを揺らす。
マラサダの香りに包まれながら、ジャスミンのレイを首に……
じゃないんだよ!
ハワイ行ったことないくせになに抜かしとんじゃい!
私が行ったことのある南国は八丈島だけだ。
ハイビスカス、咲いてたぞ!
あれが私にとってのハワイだ。
マラサダもなかったし、フラガールもいなかった!
でもアシタバのカチコチアイスが最高に美味い!
それで、よくよく鼻を澄ますと漂っているのはマラサダではなく焼き芋の香りだった。
危ない。
生のさつまいもの上に焼き芋まで積み重ねるところだった。
風神は小麦粉を必死こいてバナナの上に積み上げていく。
雷神「おい!バナナ潰れないようにしろよ!」
絶妙に上手くいかないテトリスの如く、空洞がある。
横向いたL字みたいなブロックがすごい速さで落ちてきた後といった状況がコワモテたちのカートの上で再現されている。
とはいえテトリスの如く上手く積み上がったからといってバナナと小麦粉が消えたらそれはそれで、
雷神が
「うおっ!!!!なんでだよ!!!!おい!!!」
などと風神を締め上げる未来しか見えないので
この手詰まり、ゲームオーバー気味で正解なのだが私はその横の鶏胸肉特盛コーナーに用がある。
このコワモテパティシエ二人組を見ていたい気持ちと、あまり人と関わりたくない気持ちから移動速度が遅過ぎて迷惑がられる台風ほどの歩みの遅さでちまちま歩いていた私はついに一触即発ほどのポジションまで到達してしまった。
ここでバックしようにも後ろにはあの獅子の子落としマザーと野菜断固拒否キッズのカードがぴったり追走してきている。
バックオーライではないのだ。
なにもオーライではないのだ。
バックオールバッドだ。
ケツアタック、いやケツラリアット待ったなしなのだ。
雷神に
「失礼します!!!」
と職員室に突撃する内申点を意識し過ぎた高校三年生みたいなハキハキボイスで言ってから鶏胸肉特盛を一パック手に取った。
すると、雷神が
「あ、こっちの方がでかいですよ!」
と確かにでかい鶏胸肉を渡してくれた。
鶏の胸肉はモリモリ、私の胸はドキドキである。
しかし、私の妄想はとどまることを知らない。
もしや、雷神と風神は兄弟で
祖父の代から続く洋菓子店の三代目を二人で引き継いだのではあるまいな?
極道・なんちゃら会系組長だった祖父が唐突にカタギになって始めた洋菓子店。
一番人気は“いちごのショートケーキ”。
祖父が亡くなり婿だった父が区役所を辞めて二代目に。
そんな父もある日突然病に倒れる。
三ヶ月ほどの休業を経て、実は製菓学校卒の母が一念発起。
一番人気だった“いちごのショートケーキ”を引っ提げ営業を再開。
しかし、コンビニスイーツの台頭により売上は伸び悩む一方。
当時高校生だったコワモテ兄弟は、自分たちがこの店をなんとしてでも盛り立てる、母を楽させる、その一心で製菓学校に入学。
修行とバイトに明け暮れる日々。
そしてついに二人は後を継ぎ、
二人の母は念願の軽井沢でゴールデン・レトリバーとの隠居生活を開始。
継いだ時点で経営は火の車。
二人は考えに考える。
しかし、良いアイデアというものはそう都合よく降ってはこない。
降るのはただ、しんと冷えた晩秋の雨のみである。
そんなある日、福岡県にいちごを吟味しに行った兄の雷神こと龍也は門司港レトロ観光物産館港ハウス前でバナナの叩き売りに遭遇する。
サアサア門司港名物バナナの叩き売り
御用とお急ぎで ない方は
見ていらっしゃい、 聞いてお帰り
荷物にゃならぬ
バナナ屋自慢のバナ節
おもしろ おかしく節 つけて
故郷の土産に買わすのが
門司の名物叩き売り
(バナちゃん節)
ここで龍也はピンときた。
バナナならば、いちごより単価が安い。
そして、甘みが強い。
つまり、砂糖の量を減らすことができる。
材料費が若干浮く。
浮いた材料費を返済に充てる。
東京に帰還した龍也は弟の風神改め虎次郎にセピアの斑点が浮かぶバナナを渡す。
「バナナに、かけてみねえか……?」
この瞬間から、龍也の夢は二人の夢へと変化を遂げた。
バナナスムージーに、バナナのパウンドケーキ、バナナチップスにバナナブレッド……
バナナブレッドは、イースト発酵で作るタイプの本格派だ。
来る日も来る日もとことんバナナに向き合い、
二人のお腹がバナナでぷっくりとし始めたのと時を同じくして、
ついに完成したのが新しい看板商品、バナナキャラメリゼだ。
バターの塩っ気とバナナそのものの甘み、そしてパリッと砕けるキャラメリゼされたグラニュー糖。
シンプルが故に確かな技術が試される、至極の一品である。
ヤンチャな見た目からは想像もつかない繊細なバナナ特化型パティスリーへと進化を遂げた二人の洋菓子店は大盛況!
「賞味期限3分」の触れ込みで広まったバナナキャラメリゼを求め、毎日長蛇の列を作る店前。
パウンドケーキやバナナブレッドは手土産として人気を博し、
バナナチップスは揚げずにオーブンで乾燥させる製法でボディメイク界隈で大バズり。
その人気はとどまることを知らず、今冬ついに五号店を福岡県にオープンさせる……
風神が持ってきた小麦粉のせいで、妄想はムンムンモクモクと膨らんでいった。
妄想も、パン生地も、際限なく膨らんでいく。
気付いた時には私、家の台所でバナナ潰してバナナブレッド仕込んでいました。
しかも、パン生地と一緒に眠っていたようだ。
レシピ本には、「生地を寝かせる」と書いてあるのであって、何も作り手に「寝ろ」とは言っていない。
レシピ外のことをしたので失敗するかと思ったが全く問題なかった。
なお、脳は身体全体の20%ものカロリーを独占的に使用している。
ブドウ糖にして、450kcalくらい消費しているらしい。
私の場合、起きている間中ほぼずっと妄想しているからもう少し多く消費しているのではなかろうか。
いくなんでも燃費悪過ぎるだろ。
いや待てよ……
最近芋を食い過ぎているな。
あれは糖質だから、妄想のエサになる。
……芋を食い過ぎるから妄想も捗りまくるのか?
なら芋食うのやめれば妄想も止まるのか?
ともすれば……
ってもうやめなさい。
妄想に次ぐ妄想で歯止めが効かなくなっている。
スーパーは、連休明けだろうがなんだろうがエキサイティングだ。
胃はパンパンなのに、やたらとお腹が空いたと感じるのは、
ブラックに働かされる脳の栄養が枯渇しているからなのだろう。
焼き上がったバナナブレッドから立ち昇る甘い湯気を吸い込めば、そこはコワモテスイーツパラダイス!
龍也と虎太郎が厳つい笑顔とドスの効いた「いらっしゃいませ」で出迎えてくれる。
どす黒くなっている腕のアザを見る。
これ、バナナだったら「甘いですよ」のサインなんだがな。
とよくわからないことを思う。
ブラックに働かされる、といえば電子レンジが直った!
まさに今日買い替えようと思っていたのに機嫌が良くなった!
でも多分、昨日は「どうしたん?」じゃなくて、
「Trick or Treat!」
って言っていたんだろうな。
にも関わらず、お菓子でもなんでもなく
真っ二つに切ったかぼちゃを渡されたもんだから
ブチギレ。
(中略)
ああ……あの時切ったかぼちゃではなく
かぼちゃプリンとか、かぼちゃパイとか、かぼちゃクッキーを入れていれば買い替えずに済んだかもしれぬ。
電子レンジの機嫌をハロウィンの日に損ねちまって、コワモテ顔負けのコワモテだったわけだが
今日はニッコニコでバナナブレッドを焼き上げてくれた。
だがこれで調子に乗ると今度は爆発なんかしてホームブレッドとかいう超大作を焼き上げられても困るので使うのは一日おきにしようと心に決めた。
ハロウィンはとっくに終わったというのに、ゾンビの如く起き上がり深夜にバナナブレッドを貪り食っている。
こうして栄養を手に入れた我が脳はまた、妄想を生み出すのであった。
↑
妄想で書いた恋愛小説。
【参考資料】
◽︎大学共同利用機関法人自然科学研究機構生理学研究所
目から入ってくる溢れるような視覚情報を “くっきり”させて脳に伝える仕組みの一端を解明
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よもぎちゃーん!
はーい!
何が好き?
ポテトチップスよりも
お・ぬ・し