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結んで解いて、また結ぶ──『水辺のつつじ』ep.38

ほどいては結び、結んではほどく。
僕の首元の色は目まぐるしく変化を続けていた。

──12/24 17-21
──12/25 17-L

何度手帳を見たところで事実が揺らぐことはなかった。

「おはようございます。」
もうすっかり陽の落ちた頃に、おはようございます、、、、、、、、、
僕はどうにもこの挨拶の風習に慣れない。
言うたび笑いそうになる。

トナカイのツノを頭につけた店長が、僕を休憩室に押し戻す。
「え、いや。ちょっと……」
「瑞樹君さ、言い逃れできると思ってる……?」
壁際に追い込まれた僕は右下の段ボールに視線を落とす。
「いや全然……」
「じゃあ外販、行こっか。どれでもいいから、好きなのつけて。」
「困ります……」
「なんで?」
「寒いし……」
「わかってないな……マッチ売りの少女って知ってる?」
「アンデルセンの……はい……」
「じゃあさ、マッチ売りの少女がムートンブーツ履いて、ダウンジャケットでもこもこに着膨れてたらどう? 買う?」
店長の眼鏡はぎらついている。
「買わなくない?」
「いや……う……どうでしょう……」
「俺なら買わないんだけどさ。」
ようやく店長は僕の身体から離れると、段ボールの中をかき回し始めた。
「いかにも身体の弱そうな青年がこんな寒い夜に、半袖でチキンを売る。そこに意味がある!」
僕は制服のシャツから飛び出している自分の腕に鳥肌が立つのを見た。
「チキン……チキンはいかがですか……青年はうわごとのように囁く……!」
不覚にも僕は寒空の下、チキンの入ったバスケットをぶら下げ、街を彷徨う自分を思い浮かべてしまった。
「これを売り切らないと、中に入れてもらえないんです……」
僕は首を横に振った。
店長の口から出た言葉が僕の声で聴こえてしまったからだ。
「在庫を売り切るためならば、俺はいくらだって悪人になろう!」
彼は胸に手を当て、反対の手を天井に向かって伸ばす。
どこぞのミュージカル俳優の圧巻の舞台の一部始終を観てしまったような、妙な気分だった。
ほどなくして店長は牧野先輩の鉄槌をくらい、キッチンへと引き戻されていた。

あれは一箱も売れずに少女は悲惨な最期を迎える物語です、と伝えられないまま。

僕がバックヤードから外へ出ると、向かいのコンビニの女性店員がダウンジャケットを着込んでフライドチキンを外売りしていた。
ああ……と白い声が漏れた。

店内はわずかに賑わい始めていた。

仕事が早めに終わったからとケーキ片手に予約のチキンを引き取りに来る会社員風の女性。
制服姿で、スマートフォンを握りしめて誰かを待っている雰囲気の高校生。
小さな花束と向き合って、ほとんど冷めていそうなホットコーヒーをすするスーツ姿の男性。

僕は予約表と睨めっこ状態で、牧野先輩と二人でチキンの箱詰めに追われていた。
「ごめん。悪いんだけどさ、裏行ってバンズの在庫見てきてくんないかな? これ発注かけないとマネージャーがこれ、、するから。」
「これ?」
「そう、これ。」
僕たちは、サンタクロースの帽子の端から人差し指を二本立てて笑い合った。

裏、こと休憩室に積み上がるバンズの袋の数を指折り数えた。
ふと、紙袋が視界に入る。
溜め息をついた拍子に数を忘れた。
もう一度数えて、僕はまた店内へと戻る。

「瑞樹君、今配膳行ける? 五番お願いしたい!」
「はい。」

僕はミネストローネとカフェオレを載せたトレーを片手に五番の番号札を探した。
番号札の後ろのお客様、、、は白いコートを着たまま俯いていた。
長い睫毛が、店の明かりをゆったりと掬い上げる。
眠たそうに開いた瞳は僕をとらえると、ふっと笑顔になった。
「瑞樹君……?」
その瞳の潤みの中で溺れそうになるのを必死にこらえる。
「お待たせしました……。ミネストローネとホットのカフェラテです。」
「はい。」
「ご注文、以上でおそろいでしょうか?」
「はい。」
「ごゆっくりどうぞ……」

なんとか言い切った僕は水から上がった子どもみたいにハッと息を吐いた。
彼女はカフェオレの湯気に手をかざして言った。
「何時まで?」
「ん?」
「シフト。」
「ああ……九時まで。」
「そっか。」

僕は五番の番号札を持ってレジ裏に戻る。
「バンズ、何袋あった?」
「あ……」
「はい、もう一回!」

湯気のないカップの後ろ、彼女はうつらうつらしている。
「ごめん、起こした……?」
「……注文、してないよ?」
「うん。」
僕はスティックシュガーを一本、余分にソーサーに載せた。

陽気なクリスマス・ソングが流れ続けている。
彼女はまた、目を閉じていた。

「あ、瑞樹。お前そろそろ上がりじゃね? 先、着替えてきなよ。」
「あれ、もうそんな……?」
「あとは任せろ、俺はラストまでだからな!」
「つかぬことを伺いますが……」
「ん?」
「今日本当はシフト入っ……」
「ああ! やめやめやめ!! 傷を抉るな!」
牧野先輩は辺りを見回してから僕の肩に腕を回し身をかがめた。
「でもさ、いくら俺ががめついって言ってもクリスマス料金なんて発生してないんだからな……?」

身体を起こしてすぐ、僕は客席へと目をやった。
彼女の姿がなかった。

僕は黙ってまた先輩の隣に立って作業を続けた。
「いいから。いけよ。」
「でも……」
「わかんないだろ? だから、いけって。」

僕は喉まで出かかっている言葉を音にできなかった。
不意をついて全部、出てきてしまいそうだったから。
ただ頷いて、休憩室に戻る。

紙袋が視界に入る。
僕は更衣室のカーテンの内に入るより前にネクタイを解いていた。

カーテンの内側で、僕は緑色を脱ぎ捨て水色のシャツを着た。
青と銀の縞模様のネクタイを硬くしめる。
スラックスのタックを払い、灰色のジャケットを羽織った。
その上にコートを羽織る。

意味なんて、どこにもなかった。
それでも、この姿になることしかできなかった。

街は光ばかりが賑やかで、音はしんと穏やかだった。
光を纏うミズキの並木が眩しくて、僕は目を細める。

「瑞樹君。」
「え……?」

振り向くと、白いコートを着て顔半分ほどをマフラーに埋めた彼女の姿があった。
僕は夢を見ているのだろうか。
コートの白色が夜の闇にぼんやりと溶けて、輪郭が曖昧になっていたのだ。
何度も、何度も目を擦っては細めた。

彼女がケラケラと笑い出した。

「変…….かな?」
「うん。」
「そっか。」
「でも、似合ってる。」

月は、白く儚い光を零している。
星は、どこにも見当たらない。

僕たちは、金色で互いを隔てその姿を瞳に映し取っている。

風がわずかに髪を揺らした。


【創作大賞2026】
恋愛小説部門エントリー中。



大正時代の電車に乗ります。
上原、おつかいへ。


【エッセイ】
約一年前の記事。
童話で裁判起こしていた。
こちらは「おやゆびひめ」編。


【エッセイ+小説】
これはワシがクリスマスにチキンを売った記憶を美化したお話です。


ゆきお様・解説
イルミネーションは輝く、恋は輝かない。
市場のニーズに合わせられない我が小説を肯定してくださいました。
ありがとうございます。

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よもぎ よもぎちゃーん! はーい! 何が好き? ポテトチップスよりも お・ぬ・し

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