チキン売りの(少)女
「チキンは……チキンはいりませんか……?」
クリスマスを目前に控えた土曜日。
星がきらめく寒空の下、少女は油にまみれた服でカゴいっぱいに入ったチキンを売り歩いていた。
否、少女ではない。
健気さのかけらもない十八歳の私だ。
立ち止まる者はおらず、チキンも私も温度を奪われ冬の空気と混ざり合っている。
ようやく立ち止まってくれた白髪のマダムは申し訳なさそうに言った。
「ごめんなさいね、もう、チキンはあるの……」と。
その腕には筒状の箱が大事そうに抱かれている。
赤と白の縞模様の上で微笑むおじいさん。
「またね。」と軽く会釈をして去っていった。
ここは街外れ。
駅を隔てた反対側は電飾がキラキラと輝き、ささやかながらもクリスマスマーケットがひらかれている。
「試食だけでも……いかがですか……?」
かじかむ手の震えを必死に抑えながら、道行く人に爪楊枝に刺さったチキンを手渡す。
「あ! おいしい!」
「へえ……なかなか、いいね。」
人々の束の間の笑顔は、私の心を温めてくれる。
しかし、私はわかっている。
その反対側の手にぶら下げられた袋の中の別の香りが、現実を突きつけてくる。
私の言葉通り、試食だけをしてくれた彼ら彼女らの背中を見送る。
……素敵なクリスマスを。
真っ赤な指先を遠ざかる背中に振り続ける。
その指の隙間から、先程見送った白髪のマダムの姿が見える。
先程まで腕に抱かれていた赤と白の箱は小脇に抱えられ、反対側の手には数字の「7」と「11」を模したマークの入った袋がさげられている。
つい、目が離せなくなってしまう。
彼女は私に気が付き、逃げるように早歩きで行ってしまった。
名もなき感情、そして一抹の申し訳なさと不甲斐なさ。
冬の夜風は心までも凍らせていく。
指先の感覚はすっかりなくなっていた。
カゴの中のチキンはもうずっと、私と一緒だ。
ごめんね、寒いよね。
「おお……寒い!」
湯気の上がるカゴを抱えた店長が店からでてくる。
「あれ、試食もうないの?」
「ええ、少し前に。」
空になった試食皿を睨みつける店長。
「奴らには人情ってもんがないんだろうか!」
不思議なことにその怒りからはメロンソーダの甘い香りがする。
店長は私の足元にまきびしの如く敷き詰められた爪楊枝を拾い集めながら、信号の少し先に視線を移した。
「お買い物ついでにチキンはいかがですかー?」
色っぽい声のサンタクロースが妖艶に誘う。
その傍らの長身のトナカイが“ついでのチキン”をほんの少し特別な袋に詰める。
それをサンタが何食わぬ顔で受け取り、客に渡す。
客は笑顔で帰っていく。
どこか、誇らしげだ。
“ついで”にもなれず、抱きしめられることもなく冷えていくチキン。
今、この瞬間にも熱を奪われている。
店長は、瞳の中でごうごうと炎を燃やした。
「ちょっとだけ、待ってな!」
そう言って、完全に冷えた十本のチキンを私から奪うようにして、自動ドアが開ききるよりも早く身体を店の中へねじ込む。
店長の身体分の隙間から、ほんの一瞬漏れ出た空気に手をかざした。
──その暖かいこと!
私は再びひび割れたアスファルトの上を歩き始める。
「チキンはいかがですか? 冷めてもおいしい、チキンはいかがですか?」
ビュウと音を立て、北風がひと吹きした。
「あの……チキン、ください。」
「あ……」
振り向くと、同い年くらいの茶髪の巻き髪の女性が立っている。
白いコートの袖からは、薄いピンクの爪がのぞいている。
まるで、イルミネーションをそのまま閉じ込めたかのよう。
上を向いたまつ毛が小刻みに震えている。
潤んだ瞳は伏目がちなのに、この道のなけなしの光の全てをたたえているかのようにキラキラとしていた。
浮かない顔でカゴの中を見つめていた。
「何本になさいますか?」
「五本……五本ください。」
そう言った彼女の瞳から街のきらめきが一粒、また一粒こぼれ落ちる。
その光は、地面を黒く染める。
私は彼女の震える手を、なんとかして温めたい衝動に駆られた。
しかし、私の手は何も感じないほどに熱をなくし爪は青ざめている。
ようやく私の手元を離れていくチキン。
「ありがとうございます。す……」
言いかけて、私は自分が吐き出そうとしていた言葉の違和感に気付く。
慌てて飲み込んだものだから、咽せてしまう。
手の感覚が少しずつ戻ってくるのを感じる。
白く華奢な手が、私の真っ赤な手を包み込んでいる。
温かい。
彼女の手の温度が私に入り込んでくる。
程なくして、手を包まれている感覚のみとなる。
「もう、大丈夫……」
そう呟き手を離す直前、私は彼女の手の冷たさを感じた。
彼女は与える側だ。
そして奪われる側だ。
不条理だ!
何も考えたくない。
ただ不条理だ!
去っていく彼女の足首には血が滲んでいる。
その後ろ姿見つめながら、心の中で叫んでいた。
冬の大三角が頭の真上に来た頃のことだった。
冷え切ったチキンを自転車のカゴいっぱいに乗せ、線路沿いを歩く。
風を切る気力も体力も残されてはいなかった。
不気味なほどに大きな月が赤々と私を照らしている。
心臓がヒュッと喉の方へ持ち上がる感覚がした。
人の家の灯りはまばらだ。
重なり合う影もあれば、動かない影もある。
もう、朝の方が近い。
赤い月の下、きっと私は寝付けない。
相変わらず身体は冷え切ったままだった。
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クリスマス、ラブホテルに入っていくカップルをカウントするカップルの話。
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クリスマスイヴの阿佐ヶ谷にはまだ夏が残されている!
調理実習で丸鶏を焼く高校生達の話。
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鶏肉食べましたか?
鳥ネームたっぷりの刑事モノ。
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