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ハードボイルド運動会

寝食を忘れ、鼻をかんだ。
一晩で3箱あけた。
1箱250組を3箱だから750組だ。
2枚で1組だから1500枚もの薄紙を一晩で消費した。

もしもこの紙が400字詰原稿用紙だとしたら、一晩で600,000文字も書いたことになる。
余白なしでギッチギチにな!
夏目漱石の『こころ』ならば3.4冊、
『ハリー・ポッター』シリーズなら、「賢者の石」と「秘密の部屋」を描き切ったあたり。
※『ハリー・ポッター』を1冊36万字と仮定した場合

一夜の間に、2/11十一分の二・ローリングになっちまったぜ!
9と3/4番線みたいな言い方やめろ!

そんなわけで、遠足前の小学生の如く一睡もせず運動会に臨んだ。

イグアスの滝と化した鼻で、ズビズビズビズビ……
校長先生のお話の最中、ブンブン鼻をかみまくり
“ありがたいお話”に感動しまくっている人みたいになっちまった。

イグアスの滝
アルゼンチンとブラジルを股にかける世界最大流量の滝。
平均毎秒6万5000トンも水が落ちている。
25mプール(幅10m、深さ1.1m)に換算すると236杯分に相当する。

クルーズガイド


そのせいか、
私の左隣に立っていた保護者はなぜかキリスト教の祈りのポーズで、右隣は合掌でMC.校長のパフォーマンスに聴き入っていた。

半ばトランス状態である。

なお、MC.校長の時点で箱ティッシュ1箱目の半分使い切った。

続きまして、応援合戦。
娘は赤組だというのにまさかの白いキャップで滝と化している俺。
「孫が赤組でねェ……」
と言いながら移動している紳士の頭が綺麗な白髪だったから白いキャップも許容されるはずだ。

団長以上に存在感を示していたのが、赤組旗振り担当の女の子である。
実線を失い、現実の世界に舞い降りた涼宮ハルヒが「登校前に5人葬り去りました」みたいな目でブァサッブァサッ!!と真っ赤な旗で風を切る。

私はもうハルヒしか眼中にない!
娘がどこにいるのかは知らん!

団長ががなればがなる程、ハルヒの旗振りは激しさを増す。
ハルヒの旗振りが激しさを増せば増すほど、私のズビズビも激しさを増す。

「3・3・7拍子って全部足したら13だなあ」
「全部かけると63だなあ」
「ワルツ・ワルツ・ラッキーセブン」
とかなんとか余計なことを毎年運動会のたびに考えていた幼少期を反省するなどした。

ここで、ティッシュ1箱を使い切る。

下がり続ける気温と、上がり続ける児童と保護者のテンション。

ティッシュも2箱目に突入し、私の鼻も滞りなくイグアス!

ここで、スキンヘッドのコワモテがチャカを構える。
しかも、その後ろで30cm定規6本分のあの男がチャカに銃弾を込めまくっている。
怒涛の勢いで5丁ものチャカに込めている。

半袖半ズボンというわんぱくスタイルで、チャカに銃弾を込めている!

しかも、込め終わると絶対にスキンヘッドの背中を撃たんとするポーズをとる。

なお、この抗争一歩手前のわんぱくは娘の担任である。
9月に映画「避難訓練 season2〜不審者はそこにいる〜」で主演(不審者役)を張った彼だ。

米を食い過ぎて、体重がりんご3個分から5個分にまで増えたが1年かけてりんご2個分減らしたものの、ここに来て4個分増量したという米とりんごに翻弄される人生を歩む小学校教諭である。

……実りの秋だから仕方あるまい。

まどろっこしいから私みたいに体重200kgですって言えよ!
何を照れているんだ!
今日だって私は150kgの身体で道をゴロンゴロン転がってここまで来たのだぞ!

昨日は食うや食わずで鼻をかみまくったから一晩で50kg減量した!
だから、150kgだ。

150kgの滝が、体重表記がリボン付ねこの担任のわんぱくぶりを眺めている。

パァァァァン!!!
パンパパァァァァン!!!
パンパン!!!

寒空の下、鳴り響く銃声に驚いた近隣住民はベランダから身を乗り出している。

その目線の先には……

「推しの子」の主題歌に合わせて銃を乱射するコワモテスキンヘッドとそれを撃とうとする元・不審者(娘の担任)。

♪誰もが目を奪われてく(パンパパァァァァン!!)

♪君は完璧で究極のアイドル(パンパパァァァァン!!!)

♪金輪際現れない一番星の生まれ変わり(パンパン!!!)

秋風に背中を押され過ぎた6年生、フライング続出。

銃弾がいくらあっても足りねえぜ!の顔をしているスキンヘッド。
と、それを撃とうとする担任。

その後も、1レースにつき平均3フライングで競技は進行していく。

ここでようやく児童席にいる娘を発見。
何やら左右の子どもたちと共にゲラゲラ笑っているのがわかる。

目線をずらすと、
30cm定規6本分の不審者が銃を乱射している。

しゃがみ込むスキンヘッド!
これはもしや、やったのか?!
やっちまったのか?!

背後霊と化している天野に
「ねえ!どうなってんの?!」
と興奮気味に声を掛けたら、上の空である。

その目線をイマジナリー線で結んでみたところ、校舎のバルコニーに中年男性がいて
何やら下方に手を伸ばしている。
伸ばされた手の先には、これまた中年女性が上方に手を伸ばしている。

逆ロミオとジュリエット!!!
略して逆ロミジュリ!!!

銃を乱射する不審者 between 上の空男 and 逆ロミジュリ
かつ、イグアスの滝 in front of 上の空男である。

つまり、銃を乱射する不審者は上の空男とその前にあるイグアスの滝と逆ロミジュリ(中年)に挟まれている!

もう、止まらない。
爆笑という名の轟音と共に、限界突破の流量を誇り続ける我が鼻!

左隣は相変わらず十字切ってるし、右は念仏を唱えている。

一気にティッシュ2箱目を使い切り、3箱目に突入。
いよいよ箱ティッシュの在庫も残り1箱である。

「続きまして、2年生の短距離走です!」

娘の出番である。

──朝、私は卵かけ納豆ご飯を吸い込んでいる娘に尋ねた。

「ねえ、短距離走、何番目に走るの?」
「わかんない」
「え?」
「わかんない!」
「ノンちゃんと、ミー君と一緒に走る。」
「ですから、それは何番目なんですか?」
「わかんない!」

何番目に出てくるやもわからん娘の走りを待つこととなる。

アナウンスがあってから5分経ってもいっこうに競技が始まらない。

遠くの方で、チャカをチャカチャカ振っている担任が見える。
MC.校長がMC.職を辞してメカニックと化し複数のチャカをいじくり回している。
しかも、キツネのセパレートタイプの着ぐるみを着ている。
重ね重ねの“しかも”で申し訳ないが、しかも・・・尻尾が股間の方に来ていている。
卑猥!

しばらくして卑猥キツネが全チャカを放棄した。

私は察した。
スキンヘッドと担任が代わる代わる乱射したせいでチャカがヘソを曲げたのだろうと。

チャカに代わりまして、ボロボロの旗とオマヌケサウンドを放つホイッスルが登場。

ハードボイルド映画から突如として吉本新喜劇のベテラン芸人の漫才を見せられているような温度差である。
温度差で風邪ひきそうだよ!
否、もう風邪ひいてるよ!

♪夢ならばどれほどよかったでしょう

「?!」

♪未だにあなたのことを夢に見る

「ウェッ!」

いや。
米津玄師に罪はない!
誰だよ選曲したのは!
明らかに短距離走のBGMではないだろう!
どんな気持ちで走ればいいんだよ!

とかなんとか思っていたらスタートラインに娘が立っている。

♪あの日の悲しみさえ

走る、娘。
8年前、ガラガラで私の頭を何度も殴打してきた娘。
通常のハイハイをせず、高這いしかしなかった娘が、走っている。

♪あの日の苦しみさえ

6年前、私のうな重を食い尽くした娘。
昨日、壁にくっついているカメムシに驚いた娘に驚いたカメムシが床に落ち、そのカメムシを踏み潰した娘。
状況性マトリョーシカを生み出した娘。

♪そのすべてを愛してた

去年の雪辱を果たすべく、先頭を走る娘。

今盛大に……

けっつまづいた!

言わずもがな、最下位である。

去年も最下位だったのだ。

自暴自棄になる娘に私は、
「それは傷みにくい、長持ちする、サケトバみたいなもんだよ!」
と声を掛けた。

最大限励ましたつもりだったのだが、
“足が早い”を知らぬ娘には何の効力もなく
むしろ
「こんなアホから生まれちまったのか」とでも言いたげな絶望に満ちた瞳をしていた。

たぶん、“早い”と“速い”があることをまだ知らない。

そしておそらく今日、娘はまた最下位の痛手に血を流しながら帰ってくるのだろう。

娘は抽象的血を、私は実体としての鼻水をだらだらと流している。

先程開けた3箱目、ラストティッシュも尽きかけている。

……とんとん。
肩に優しく触れる手。

右を向くと……
念仏の保護者が消え、そこにいたのは娘の保育園の頃の担任の先生である。

新卒で1歳児クラスから年長までずっと見てくれていた、言わば親以上に面倒を見てくれていた恩人!

貴重な休日を使って観に来てくれていたのだ。

なお、先生は
「開会式の時、一発で見つけて……」と言う。

開会式の時、私が何をしていたかというと
鼻をかんでいた。

「応援合戦の時、すごく楽しそうにジャンプしていましたね!」

応援合戦の時、私は涼宮ハルヒ赤組応援団旗振りの子に夢中だった。

「6年生のリレー、真剣に観てましたね!」

その時私はコワモテスキンヘッドと不審者今の担任の抗争と逆ロミジュリと鼻水に気を取られていた。

まるで、かつての保育記録の連絡ノートの如く先生から娘の様子を伝え聞く吾輩。

母親失格を隠蔽すべく、先生に今の担任を遠巻きに紹介する。

「あ、あの、半袖半ズボンでチャカ持ったままマイクで喋っている人が今の担任であります!」
「チャ……チャカ?! ああ!」

そうこうしているうちに、結果発表である。

赤組は白組に惨敗を喫した。

それでも、腐ることなく互いの健闘を讃えあう令和キッズたちの姿に心を洗われると共に
依然としてチャカを所持したまま業務にあたるわんぱくな担任には、今後も末永く少年の心を持ち続けていただきたい。

校長先生が再びMC.校長に戻り、〆る。

ここで、ラストワン賞などないラス1のティッシュが終わる。

約3時間に及ぶ運動会で3箱空けた。
1時間につき1箱空けた計算だ。
1箱250組を3箱だから750組だ。
2枚で1組だから1500枚もの薄紙を3時間で消費した。

もしもこの紙が400字詰原稿用紙だとしたら、運動会の間に余白なく600,000文字も書いたことになる。

夜中の600,000文字と合わせて、1,200,000文字である。
『ハリー・ポッター』シリーズなら、「賢者の石」と「秘密の部屋」に続き、「アズカバンの囚人」と「炎のゴブレット」を描き切ったことになる。
※『ハリー・ポッター』を1冊36万字と仮定した場合

こうして無事4/11十一分の四ローリングになった私はズビズビしながら帰路に着く。

玄関ドアを開けると
部屋に残り離れない、何とも言えないカメムシの匂い。
一体どうしたものだろうか。
鼻イグアスの私ですら、オエオエしちまうレベルなのだが……

しかし、気にすること勿れ。
下がり続ける気温と反比例し、私の体温は再び上昇を始めた。
下げた床を再び上げ、寝た。

もう少し外気温と我が体温には仲良くしてもらいたいものだが、どうにもいがみ合わずにはいられないらしい。
まあ、ほら。
喧嘩するほど仲がいいとも言いますでしょう?

運動会の後、
児童は興奮も冷めやらぬまま、教員はとてつもない疲労を抱えたまま給食を食らい、6時間目まで授業という主に先生達の阿鼻叫喚が想像に易いタイムスケジュール。

先生方がリアルでバタバタしている最中に我がドリームの中ではコワモテスキンヘッドと不審者担任が銃撃戦を繰り広げていました!

ただでさえ多忙を極める中、我が夢にまでご出演いただき誠に恐縮である。
かたじけない。

夢から覚めた私はゆで卵を食い荒らしていた。
すると娘が帰ってきた。

……うっかりしていたが、最下位の痛手を負っている彼女を励ますという任務がある。

しかし、なぜかにこにこしている。
悔しさのあまりおかしくなったのか?!

「何で今体育着着てるんだっけ? 寒いんだけど!」
「え?」
B先生保育園の担任に会えたの最高過ぎる!」

まさかの再会のおかげで、最下位の苦しみは愚か運動会の存在そのものを忘却している娘。

娘を出迎えたのち、私は玄関で目眩に襲われた。
これは、熱のせいか。
それとも運動会が無事終わったことへの安堵なのか。
はたまた身体中の全水分が鼻水へと変わったことによる脱水症状なのか……

一晩と3時間で『ハリー・ポッター』を4冊も書き終えたからか!

なお、依然として私はイグアスの滝である。
流量は、もはや記録を更新しそうな怒涛の勢いなのだ。

今夜は寝食の“食”は忘れず鼻をかんでいる。

あとどれくらいでフルローリングもとい、J.K.ローリングになれるだろうか。

いや、なれない!
ならなくていい!
私は私でいい!

イグアスの滝も辞職したい。
早いこと雨量の足りぬ華厳の滝を襲名させてくれ。

そう願いつつ、私は目を閉じる。

再び夢の中で、銃撃戦が繰り広げられることも知らずに。


運動会前日は病院に行く話。


保育士の皆様に頭が上がらない話。


珍しく“いい話”風に書いた不審者の紹介記事。


【参考資料】
◽︎クルーズガイド
絶景の世界遺産イグアスの滝はどっちで見る?ブラジル側とアルゼンチン側の魅力や違いを解説

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