246の果てなき塔──『水辺のつつじ』ep.2
──灰色の塔と下弦の月は土と塩素の味がした。
湿った風が髪に絡まっている。
中途半端な夜空には消えてしまいそうな白い月。
途方もなく高い、その塔に僕はうんざりしていた。
柵に登る。
すると月はもっと、もっと高くなる。
塔の最果てだって見えやしない。
だから目は開けたまま。
目線を少し下げたら塔も月も全部混ざり合っていた。
僕の影も。
全部、全部。
両腕を広げた。
最期くらい、上手に翔びたかった。
そして、正しく墜ちたかった。
午前二時、たしかにバイト先の鍵を閉めた。
正確に言えば、真っ暗闇の中に緑色の制服に身を包んだ僕みたいな奴を閉じ込めてきたのだ。
今頃膝を抱いて、休憩室の隅でぶるぶる震えていると思う。
一方、僕は季節外れのツツジの花を辿って歩いていた。
都会の夜は、明るくてかえって薄気味悪い。
だからつい、おかしなことのひとつやふたつ、し
たくもなってしまうんだ。
どこをどう歩いたか。
国道二四六沿いの眠らない道。
逃げるように大きく曲がれば軟口蓋を乾かす排ガスは途端に消え失せる。
街路灯を打つ羽根の音、古アパートの明滅する非常灯の音。
あれは水硝子を叩くのによく似ている。
すれ違う酒精中毒者の愉快な鼻歌。
会釈しても反応のないことが、僕はうれしい。
汗が土臭い湿気と一緒になって首から背中へ流れ落ちていく。
この時期の風はそれらを乾かすどころかどろどろに溶かして「生」の卑しさをまざまざと見せつけてくる。
その穢らわしさから逃避するように、こっそりとツツジの花を一輪摘んで、煙管みたいに吸ってみる。
舌先に、わずかな甘み。
白色に、薄紅色の靄をかけたあの花を捨てるのは忍びなくて僕はあれをいつも食べてしまう。
あの酸っぱさと味蕾を破壊するえぐみに顔をしかめる時、生きた心地がしてしまって哀しく苛立つんだ。
吸い寄せられるように僕はあの塔の前まできていた。
光もないのに、まるで馬鹿げている。
花火の残骸と、ハイボールの空き缶と、死んだ煙草。
煌めいたであろう焰と他人の唾液、揮発性の宿酔で朦朧とする。
草むらに垂れ下る残骸中の残骸。
僕にもある、生きた残骸。
ただ僕は今この瞬間が一番幸せ。
世界で一番不幸せのように感じられるから。
耳元で四百ヘルツが飛んでいる。
聴こえる。
僕のC₁₀H₁₆N₅O₁₃P₃に吸い寄せられた吸血鬼たちの歌が。
塔は灰色、月は白色。
空は……
相も変わらず中途半端な夜のままだった。
(続)
↑
第一話です。
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杉下右京のごとく、「はいィ?」と言いたい瞬間用小説。
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「死」から始まる物語。
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超初期のお名前エッセイです。
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ゆきお様・作
にぎやかさがつれてくる静寂をこれほどまでリアルに描いた作品を私は見たことがない。
音が溢れるからこそ炙り出されるしじまをとくとご覧あれ。
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