見出し画像

山猫軒のオーダーシート/白鉛筆【創作大賞感想文】

「家庭の事情で」と嘘をついたのだった。

欠席の連絡をしたときに、電話口の先生に理由を聞かれ、咄嗟に口から出た嘘がそれだった。制服は着てみたものの、電車に乗るのを想像しただけで気絶しそうなくらい学校に行きたくなくて、だからサボることにした日だった。

せっかくだから映画とか観たい。お昼はサイゼ行きたい。

サボると決めたら俄然元気になり、学校の鞄に私服を詰め、携帯で上映スケジュールを確認した。自分ではない人間を演じているような高揚感で、躁状態になっていたんじゃないかと思う。

いつもと同じように家を出て、いつもと同じように駅に向かいながら、学校に電話をかけるまでは。

< 創作大賞2025 ミステリー小説部門 >

ひとり自炊した夕食を終えてお風呂に入り、翌日の講義の準備をもれなく済ませた21時には、「特にもうやることはない」ので眠ろうとする。そんな大学生・村井時雨むらいしぐれの元に、理性と論理の権化のような幼馴染・三科創みしなつくるからショッキングな電話が来るところから、『山猫軒のオーダーシート』は始まる。

共通の旧友が人を殺したらしい。「かくまってほしい」と助けを求められている。

そんなことを話されたら、普通は恐怖を感じて拒否をするだろうし、関わらないよう一線を引こうとするだろう。でも、『山猫軒のオーダーシート』はそうじゃない。主要な登場人物たちが、

ルーティンbot風のシグレ × 六法全書を擬人化したみたいなツクル

であるせいで、物語は初っ端から訳のわからない展開を見せてくる。

【以下、「人を殺した」という黒川稔くろかわみのるの事情を把握したシグレの回答】

「理解した。協力する」
 雪崩れた前髪を逆再生で元に戻し、ツクルの顔が持ち上がる。
「礼を言う」

オイオイオイ

若者たちよ、ちゃんと警察とか行くのだ……!!

とハラハラしつつも、<木曜日の夜から土曜日の朝まで>という限られた時間の逃走援助計画にわくわくしている自分がいる。ツクルが作成した周到なシナリオを読みながら「これ成功するとこ見たいなぁ」と好奇心が働いてしまう。

それは人物たちの背景に触れて道徳心が揺さぶられたせいでもあるし、「信頼」というより互いの存在が「条理」になっていそうなツクル&シグレの関係性にエモを見出してしまったせいでもある。けれどいちばんは、

理屈不明のまま物語に半強制的に放出させられた、アドレナリンのせいであるような気がする。

「どなたもどうかお入りください。
決してご遠慮はありません」

宮沢賢治『注文の多い料理店』
を引用している『山猫軒のオーダーシート』より引用
という、ややこしい紹介をしてみる

本作は、宮沢賢治『注文の多い料理店』の一文が、各話の冒頭に挿入されている。

二人の紳士が山奥にある「西洋料理店 山猫軒」に入り、店から提示された注文通りに猟銃を預けたり牛乳のクリームを体に塗り込んだりする。その注文が、「自分たちが料理を食べるためではなく、誰かに料理として食べられるためのもの」であることに気づき、その場から全力で逃げ出す。

……という、の有名な物語とシンクロしながら、『山猫軒のオーダーシート』は進行していく。

『注文の多い料理店』では、紳士たちが進んでいく先に「親分」が待ち伏せている。『山猫軒のオーダーシート』も同様だ。それが登場人物(料理店のほうは人じゃないかもだけど)の枠にとどまらず、重層的な意味を持っているという部分も然り。噛めば噛むほど味がするので、その気になればずっと噛んでいられそう。というところも然り。

この「親分」は、いつまでもご遠慮なく喰べ続けていたくなる。

 自然発生的に生じたあの現象、そのプロセスを説明できたところで、一体『何』がそうさせたのか、根源にあるものはわからぬままだ。
 あのとき、俺たちを襲っていたもの。その正体は、何だったのか。
(略)
 つまるところ、その者の経験により『何か』の正体は変化する。そこに一義的な姿を求めるのは困難であるし、意味がない。
 そして、対峙する相手が異なるならば、向き合い方もそれぞれで変わる。

誰の何に対するセリフなのかは、本編で確かめていただけましたら

<それぞれの思いに触れ、協力を続ける時雨だが、黒川が隠したという死体が実は存在しないことを知る。>

上記の文章を、作品冒頭のあらすじの中に見たときに、「え、これオチじゃないんだ?」と驚いた。このいさぎよすぎるあらすじを読んで、本作は事象の真相を開示していくことでは無く、人物の挙動を通して人間の「不可解さ」を深ぼることに軸を置くミステリーなのかも知れないと思ったりもした。それは、ある意味当たっていたと思う。ただ、このあらすじに相当する8話目以降を読んで分かった。

これシンプルに、途中経過が書かれてるってだけだった。

「畳み掛けるタイプの小説」というのがあるけれど、本作はまさにそんな感じで、スイッチが入る8話目以降は読み手を挑発するような鬼展開が続き、それは最終話まで止まらない。

物語に散々振り回されながらも、ほとんどの伏線をスカッと回収させてもらった満足感の中で、(たぶん意図的に)読み手に委ねられた小匙1杯分ほどの謎は、心地よい読後の余韻となった。

●ある登場人物の真意
●あるセリフの真偽

について、わたしは自分なりのエンドを作成した。読了した人と「あの部分どう読んだ?」「あの人多分こういう気持ちだったと思う」などと、あれこれしゃべくり合ってみたい。そんな読み手たちの会話を、この小説はどこかで聞いていたりするだろうか。

そうだとしても、しなくても、心を込めて「ごちそうさま」と口にしたい。

「ごちそうさま」という言葉を、たとえ一人でも言うようにしている。
(略)
 誰も聞いていない、は理由にならない。
 強いて言うなら、食いものが聞いている。

山猫軒のオーダーシートさん、ごちそうさまでした。
そして、わかめたくさん あさりだし塩ラーメンさんも、ごちそうさまでした
※この感想文の後半書きながら食べた今日の昼ごはん

欠席の連絡をした電話口で、「家庭の事情?」と先生から訊き返されたときは、呆然とした。

高揚感が消し飛んだ脳みそで「なんでこんな嘘ついた?」と動揺し、強烈に現実へと戻されながら「家庭の事情は、家庭の事情です」と言って、わたしは強引に電話を切った。そして何事もなかったかのように駅のトイレで私服に着替え、機嫌よく映画を見てサイゼに行ったのだ。

後日、親と先生から事情聴取を受けたことは言うまでもない。ちなみに、「家庭の事情」なる問題や悩みは、特に思い浮かばなかった。だからこれは嘘に違いないのだけど、嘘だと認識しようとするとやるせなさが押し寄せて、ぐったりした気持ちになったんだよなぁ、と思い出す。

あのとき自分を襲っていたものの正体は、今もよく分からない。



【7.16追記】
こちらの記事を、白鉛筆さんがご自身のnoteでご紹介くださいました✨
山猫軒に寄せられた感想記事がまとめられています。他の方のレビューもすごく面白かったのでぜひ。

いいなと思ったら応援しよう!