見出し画像

夏休みの君にパイの実を

「夕焼けは晴れ、って言ってなかった?」

新幹線の車窓を真横に伝っていく雨粒を眺めつつ訊いたけれど、「降ってるねえ」と他人事みたいに笑って、ミナトは僕の右隣、窓際の席でパイの実を食べている。昨日の夕方、旅行の支度を放り出してベランダで空の写真を何枚も撮りながら、夕焼けが綺麗だと次の日は晴れなんだよ。とはしゃいでいたのはミナトだった。

SUP体験したい。牧場もいきたい。夜は展望台から星見たい。

思いつくまま次々口にしていたミナトの「やりたいことリスト」はいずれも、この天気では叶わないだろう。立ち籠めるチョコレートの匂いをぼんやり嗅ぎながら、宿泊ホテルの近くに工芸体験ができる複合施設があったことを思い出す。

今からでも予約出来たりするかな。

反射的に自分の左腕に視線を落としたけれど、腕時計の日焼けの跡があるだけだった。僕は普段から、綿密にスケジュールを立てるたちだ。それは「合理的に物事を行いたい」というよりは只のパズル感覚で、立てたあとのスケジュールについては、実はあまり興味がない。僕がデートの予定を立てると「研修かよ」とミナトは笑う。今回の旅行は「ノープランで行くから」と事前通告を受けていて、僕は腕時計もスマホも、ミナトに没収されていた。

「あ」

隣から声がしたので顔を上げる。立てるなと言われていたスケジュールを立てかけていたことがバレたかと思い、

「なに」

ごく自然に笑いかけながら返事をすると、パイの実を手に持ったまま、ミナトが僕の左手首をガン見している。怒られるのかな。と思った瞬間、僕の腿に手が置かれ、体重が掛けられた。チョコレートの匂いの中に、ふわっとシャンプーの香りが混じる。右手がゆっくりと伸ばされ、腕時計の日焼け跡に、パイの実が重ねられた。

「見て。大きさ一緒なんだけど」

文字盤の位置にパイの実をちょこんと置き、ミナトが嬉しそうに僕を見る。いきなり至近距離で見つめられて、言語中枢が一瞬バグる。

「全てが繋がった……! 伏線回収」
「なにそれ」
「だってほら。おんなじ六角形だし。すごくない?」
「……僕の腕時計の文字盤、丸だけど」

苦笑して言うと「そうだっけ?」と驚きながら、さっとミナトは体を起こした。確かめるように自分の鞄に手を突っ込んでいるので僕の腕時計を探しているのかと思いきや、いきなり鞄に突っ伏して笑い、「すごいことが起こった」と言ってチョコラBBを見せてくる。

「あのさあ、今日のパイの実さ、深みショコラ味なんだよね」
「え?」
「全てが繋がった……!」
「え、どこが?」
「伏線回収」
「なんなの? それ流行ってんの? どこで流行ってんの?」

僕の質問は全く聞こえてない様子で、ミナトは笑いながらプラスチックの蓋を開け、鮮やかな黄色い粒を3錠出す。

「せっかくだから多めに飲もう」
「せっかくの意味が全然分かんない」
「チョコラBBのBBって、なんなんだろ。BB弾のBB?」
「ビタミンでしょ普通に。それビタミン剤だよね?」
「ああっ! だからチョコラBBって黄色なの? 全てが……繋がった……!」

くつくつと体を揺らしながら、昨日ベランダから見た夕焼けみたいな鮮やかな黄色をした粒を、ミナトがペットボトルの水で飲み下す。一体何が繋がっているのか、どこが伏線回収なのか、全く意味不明だったけれど、楽しそうにこちらに向き直ったミナトにつられて僕は笑った。

駅に着くのは何時だろう。そのとき僕たちは空腹を感じているだろうか。ホテルまでのアクセスは路線バスで、本数は多くなかったような気がする。タイミングを逃したらどれくらい待つことになるだろう。あたりに目ぼしいものは何もないだろうバス停で、待たされている間、ミナトと何をして遊ぼうか。

窓の外に広がる土砂降りの夏休みを、どこか懐かしい晴れやかさで見やりながら、左手首に放置されたパイの実を僕は口の中に放り込む。



<1569文字>
≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡≡

シロクマ文芸部の企画に参加させていただきました。



豆島さんに続いてザルミステリー書きたかったのに、ただのザルほっこりになってしまった。(もう中盤でミステリーにするの諦めた)

!説明しよう!
「ザルミス」とは、「ザルミステリー」の略。
ちょっとした謎を、超テキトーな解決で満足するというミステリーの新しいジャンル。
発案者はおそらく、納豆ご飯 椎名ピザ 夫婦。

マメペディアを転記

ザルミステリー難しい。というかそもそも、ミステリーあんまり読まないせいで、ミステリーの定義がよく分かってないっていうザルオチ。
またリベンジしよ。ミステリーも読んでみよ。みなさまもよかったらぜひ✨

▼豆島さんのザルミステリーはこちらから

いいなと思ったら応援しよう!