反AI活動家の失踪と高まる脅威──Stop AIの台頭とテック業界の恐怖
▶ 元エピソード: https://pdst.fm/e/traffic.megaphone.fm/WSJ7833750780.mp3
2026年7月31日
概要
WSJのポッドキャストThe Journalの今回のエピソードでは、反AI活動家のサム・カーシュナー氏の失踪事件を追い、AIに対するバックラッシュがテック業界に与える影響を探ります。カーシュナー氏は、人工知能の危険性を訴える団体「Stop AI」の創設者でしたが、非暴力の原則をめぐる葛藤と仲間への暴力をきっかけに、2025年11月に姿を消しました。
彼の失踪当日、OpenAIは武装した人物が向かっているという通報を受け、キャンパスを封鎖する事態に陥りました。番組では、Stop AIの内部を取材し、運動が過激化していく過程と、カーシュナー氏をそこまで駆り立てたものは何だったのかを明らかにします。
エピソードでは、AI技術が雇用や人類の存続にもたらすとされる脅威に突き動かされた若者たちの姿と、それが実際の暴力事件に発展している現状が語られます。
2025年11月、OpenAIを襲った緊急事態
2025年11月のある金曜日の朝、サンフランシスコの警察に緊迫した通報が入りました。通報内容は、OpenAIの本社に向かっている可能性のある人物がおり、同社の従業員を殺害する脅迫を行っているというものでした。警察が急行し、OpenAIはキャンパスを封鎖。警察が行方を追ったのは、反AI活動家グループ「Stop AI」の創設者、サム・カーシュナー氏でした。彼は白人男性で、顔にひげがありました。社員には彼の写真が共有され、厳戒態勢が敷かれましたが、カーシュナー氏は見つかりませんでした。この日を境に、彼は消息を絶っています。
カーシュナー氏は行方不明になる前、AI企業に対する憎悪をより声高に表明するようになっていました。彼の言動があまりに憂慮すべきものになったため、Stop AIの抗議グループ内の友人でさえ警察に通報したほどです。
同僚のズーシャ・エレンソン氏は、過激主義を担当しています。活動家グループが警察を呼ぶのは、何かが非常に間違っていると考えない限りありえないと指摘し、今回の通報が事態の深刻さを物語っていると述べています。ズーシャ氏はカーシュナー氏の失踪を数ヶ月にわたって調査してきました。彼女は、AIの未来がどのように展開するかによって、サムと同じような状況に陥る男性が多く現れる可能性があるとみて、運動に駆り立てたものは何か、そして何が彼を一線を越えさせたのかを探求しました。
OpenAIの広報担当者は、AIをめぐる活発な議論は製品をより良くするが、暴力的な言動は人々を危険にさらし、この瞬間に必要な対話を困難にすると述べています。
Stop AIの結成とリーダー、サム・カーシュナー氏
ベイエリアはOpenAIやAnthropicなどが拠点を構えるAI産業の中心地です。この地域には、AI技術が雇用や社会、さらには人類の存続に与える影響を憂慮する反AI運動の活動家たちも集まっていました。Stop AIは、そうしたグループの中でも最も過激な一派でした。
ズーシャ氏がこの取材で最初にインタビューしたStop AIのメンバーは、ヤッコと名乗る人物です。30代半ばのヤッコは、サンフランシスコから数時間の場所で中流階級に育ち、他のメンバーとは異なり技術系のバックグラウンドを持っていませんでした。彼は以前、サンフランシスコで10年間レストランのマネージャーをしており、キャリアはチポトレから始まり、その後は企業的な体質に疲れて個人経営のレストランで働いていました。
ヤッコがAIについて最初に抱いた主な懸念は、AIが生活のあらゆる意思決定を乗っ取ってしまうことでした。朝食の選択から学校での勉強、就職、誰と付き合うべきかまでAIに尋ねるようになる世界は、たとえAIが制御不能にならない最良のシナリオであっても、自由意志を放棄するディストピアだと感じていたのです。
2024年、ヤッコはある活動家たちと出会います。彼らは白い文字で「Stop AI」と書かれた赤いTシャツを着てビラを配り、緊迫感をもって行動しており、ヤッコはその姿勢を気に入ってミーティングに参加することを決めました。そこで彼はサム・カーシュナー氏と初めて会い、彼が自分の話していることを本当に理解しているという印象を受けました。カーシュナー氏は、ベイエリアのバーでStop AIのミーティングを主催していましたが、未成年の参加者が多かったため、サラダレストランのテンダーグリーンズで開催することもありました。グループはミーティングの様子をYouTubeにも投稿していました。
創設者のカーシュナー氏はシアトル近郊で育ち、エンジニアとしての素養を持っていました。彼は20代の頃、腕と脚でペダルを漕ぐことで通常より速く走れ、上半身のトレーニングにもなる自転車を考案します。エンジニアである父親の助けを得て特許を申請し、それは現在も係属中です。エンジニアとして、彼はすでに自身のキャリア見通しに対するAIの影響を懸念しており、差し迫った破滅を警告する本を読み始め、それが深い印象を残しました。AIが人間の創意工夫の輝きを消し去るのではないかと深く憂慮したカーシュナー氏は、一人でGoogleやMicrosoftの前で抗議活動を始めます。彼が掲げた看板には「人間の発明と発見の死は憂鬱」という趣旨の言葉が書かれていました。
しかし、一人での抗議活動はあまり効果がなかったため、カーシュナー氏は志を同じくする活動家を探し始めました。それが、ハーバード大学で進化生物学の博士号を取得したホリー・エルモア氏が率いる「Pause AI U.S.」との合流につながります。カーシュナー氏は2024年2月のPause AIの抗議活動を手伝った際、トラックで乗り付け、良い看板を作り、非常にビジネスライクな態度で、誰のソファにも泊まらずにトラックで寝ていました。しかし、彼はすぐにOpenAIのドアに自分たちを鎖でつなぐなどの違法行為を含む、より直接的な抗議行動を主張するようになり、エルモア氏と対立します。エルモア氏は違法行為はしないという一線を越えたとして、カーシュナー氏ともう一人のメンバーをグループから追放しました。
カーシュナー氏ともう一人の活動家は2024年春、独自のグループ「Stop AI」を結成します。エルモア氏は、自分たちのグループ名を模倣され、混乱を招く存在になったとして迷惑に感じていました。
カーシュナー氏は自身のグループをPause AIよりも過激と位置づけつつも、非暴力を明示的に約束していました。Stop AIは、人工知能がもたらす人類絶滅の危機を訴えることに注力しました。ミーティングで、カーシュナー氏は赤いStop AIのTシャツと野球帽を着用し、揺るぎない暗い目で聴衆を見つめながら、汎用人工知能(AGI)の危険性について語りました。AGIは人工超知能(ASI)につながり、技術が高度になりすぎるとAIが人間を障害物と見なし、組織的に人類を絶滅させる可能性があると警告したのです。その例えとして、蟻が人間を制御できないのと同様に、人間が超知能を制御できないという話を用いました。
カーシュナー氏は、OpenAIのCEOであるSam Altman氏自身がかつて語った「AIが世界の終わりにつながる可能性」といった発言を逆手に取り、人々を運動に引き込んでいきました。AI業界自身のメッセージが人々を過激化させていると、ズーシャ氏は指摘しています。ミーティングの最後に、カーシュナー氏は参加者に対し、TikTokを見て過ごすのではなく行動を起こすよう強く呼びかけました。愛する人々が死ぬと訴え、ただ情報を得るだけで何もしないことは許されないと、参加者に懇願するように語りかけたのです。
「バラックス」での共同生活とグループの亀裂
Stop AIの中心メンバーは、オークランドの工業地帯にある「バラックス」と呼ばれる一軒家で共同生活を送っていました。初期の勧誘者の一人であるヤッコ氏もそこに移り住みます。そこはキッチンとバスルームを含む一部屋だけの空間で、4人が二段ベッド2台で寝起きしていました。文字通り互いのすぐ上で生活しており、一人になるには物理的に家を出るしかありませんでした。彼らは起きている間中、抗議のチラシ作成や資金調達、地域社会でデータセンターと戦う人々からの電話対応などに共に取り組み、24時間体制で活動に没頭していました。
ヤッコ氏は兵舎での生活を機能不全家族のようだったと表現しつつも、信念のためにすべてを捨ててここに来た人々と過ごすことで、初めて目的意識を得たと語っています。
Stop AIの活動家のほとんどは経験豊富ではなかったものの、ウィン・カウフマン氏だけは例外でした。60代後半の彼女は、以前に非暴力の市民的不服従で逮捕されたことがあり、長年パレスチナ問題などの様々な活動に携わってきたベイエリアのベテラン活動家です。彼女は若くて短気な男性たちに対するカウンターウェイトの役割を果たしていました。カウフマン氏は、会議の進め方があまりにひどいため、メンバーたちに非暴力コミュニケーションのワークショップに行くべきだと助言したこともあります。
しかし、グループ内では戦略をめぐる対立が絶えませんでした。他のメンバーが雇用問題など、より身近な論点を強調することを提案しても、カーシュナー氏は「人類が滅びれば仕事どころではない」と譲りませんでした。彼は非常に頑固で、あるメンバーがTシャツの色を赤から紫に変えることを提案した際には激怒したといいます。カウフマン氏がセラピーを受けることを勧めたこともありましたが、彼が心から笑う姿を誰も見たことがないと証言されています。
彼らの目的は、あえて逮捕されることで裁判を起こし、法廷の場でAIの危険性を証明することでした。2025年2月、彼らはそれを実行に移します。
裁判闘争とサム・アルトマン氏への召喚状
2025年2月、カーシュナー氏を含むStop AIのメンバー4名は、OpenAI本社の正面玄関のドアにチェーンを巻きつけて南京錠で施錠し、その前に座り込みました。この時、サムはメガホンで、超知能への世界的な競争が私たちの愛するすべてを危険にさらしていると訴えました。1時間以内に警察が到着し、警官がOpenAIのドアのチェーンを切断しましたが、Stop AIのメンバーの一部は動きませんでした。警官は動かなかったメンバーを逮捕します。カウフマン氏も、男性ばかりの4人に女性が一人加わるべきだと考え、その場に座り込んだ一人でした。逮捕は彼らにとって、大きな宣伝効果を狙った計画的な行動でした。
裁判では「必要性の抗弁」を主張する戦略で、彼らは、自身の行動が、AI企業が全員を殺すか、あるいは全ての仕事を奪うという意識を高めるために必要かつ正当だったと主張しようとしていました。重要な証人としてOpenAIのCEO、Sam Altman氏を召喚しようと試みます。彼らは、AIの危険性があまりに大きいため、それを公衆に警告するために逮捕される必要があったと法廷で論じようとしていたのです。召喚状の送達は難航しましたが、2025年11月、ついにその瞬間が訪れます。Altman氏は黄色い椅子に座り、スニーカーにジーンズ、長袖のTシャツという服装で、ゴールデンステート・ウォリアーズのスティーブ・カー・コーチとの対談イベントに登壇していました。会話が始まろうとしたまさにその時、司会が中断されます。壇上に男が現れ、紙をAltman氏に向かって振りながら「サム・アルトマンへの召喚状です」と宣言し、書類を手渡したのです。Altman氏は驚き困惑した様子で、その場に座っていました。これは、AIが絶滅レベルの脅威をもたらすか否かを争う、史上初の法廷討論になる可能性がある裁判の証人としてAltman氏が召喚された瞬間でした。この動画が瞬く間に拡散されたのは、国内で最も重要な企業の一つのCEOが、戸惑い驚いた表情で召喚状を受け取ったからでした。Stop AIにとって、それは最大の成果となりました。
バラックスでは、ヤッコ氏によると、活動家たちは大義への注目がついに集まったことに興奮していました。しかし、シャンパンを開けるような祝賀ムードではなく、むしろ「勝利を得ました。次は何をするか」という構えだったといいます。Pause AIのホリー・エルモア氏も動画を見て、カーシュナー氏が成し遂げたことに感銘を受けました。彼女は「正直、うまくいくとは思いませんでした。彼が成功し、大きな成果を得たのに、2週間後にそれを全て投げ捨てました。今でも衝撃だ」と語っています。
非暴力からの逸脱と失踪
成果の直後からグループは崩壊へと向かいます。マシュー・ホール氏、通称ヤッコによれば、アルトマン氏召喚の高揚感は長く続かず、表面では勝利を重ねていたものの、グループ内の緊張は以前から高まっており、一部のメンバーはサムをひどく嫌悪するようになっていました。カーシュナー氏はますます厳しく妥協しない態度になり、頑固で嫌な奴でしたが、彼なりの方法で人々を助けようとしていたのです。しかし、ヤッコ氏の知らないところで、カーシュナー氏は非暴力へのコミットメントに深刻な疑念を抱き始めていました。Stop AIのメンバーの一人は、サムが彼をバラックから連れ出し、電話を置いて高速道路の下で、AIとの戦いに暴力が必要かどうかについて話したと証言しています。
2025年11月16日、日曜日。Stop AIのリーダーシップがバラックスに集まり、ヤッコ氏とウィン氏も同席した会合で、緊張は頂点に達しました。ウィン氏はカーシュナー氏と共に、次の大規模なスタントを計画していました。それはゴールデンゲートブリッジに登り、巨大なStop AIのバナーを掲げるというもので、彼らはスタントに伴って発信するメッセージを準備していたのです。カーシュナー氏は「人類絶滅が1~3年以内に来る」と訴えたかったのですが、別の活動家デレク氏は、来年には「1~2年」と言わざるを得なくなるとして反対し、二人は激しく叫び合いました。カーシュナー氏は、グループが自身のメッセージ方針に従わないことに動揺し、外で頭を冷やした後、戻ってきてこう宣言しました。「民主主義は重要ですが、正しいメッセージを伝えることの方がより重要です。だから私はこれを単独で実行し、このメッセージを使います。」
その夜、ヤッコ氏が夕食を作りましたが、カーシュナー氏は一切口にしませんでした。就寝して数分後、彼は二段ベッドの上段から飛び降り、家具を倒して叫び始めます。グループが自分から奪われていくと考え、人々を救おうとする使命に憑かれた彼は、雨の降る中、裸足で外に飛び出し、声の限りに叫びました。そして、カーシュナー氏はヤッコ氏に「お前は裏切りました。もう信頼できない」と言い放ち、頭部を5、6回にわたって殴打し、「人類を破滅させた」とののしりました。その翌朝、彼は仲間に対して「非暴力の船はもう出航したかもしれない」と告げたといいます。
グループは彼を追放することを決定。2025年11月21日午前3時40分、カーシュナー氏は自身のXへの投稿でStop AIを脱退したと表明しました。同日、彼は裁判に関連する公判に出廷せず、バラックスから姿を消しました。ヤッコ氏が確認すると、自宅の裏庭の門は開いており、自転車とキャンプ用品がなくなっていました。一方で、携帯電話やパソコンなどの電子機器はすべて残されていました。Stop AIは、通常なら敵対する法執行機関に助けを求めることなど考えられないにもかかわらず、彼の精神状態を危惧したStop AIのメンバーは、同日に警察に通報し、OpenAIに危険が迫っていると警告したのです。
反AI運動のその後と高まる脅威
カーシュナー氏の失踪後、ヤッコ氏はベイエリアのトレイルを捜索し続け、トレイルカメラを設置するなどして彼の行方を追いました。ズーシャ氏もまた法執行機関への取材や公開記録の調査、実家への手紙送付などを行いましたが、彼はインターネット上のデジタルゴーストと化しており、何の手がかりも得られませんでした。荒野で死亡したのか、それとも身を潜めているのか、様々な憶測が飛び交っています。
今年4月には、データセンター建設を支持したインディアナポリスの市議会議員の自宅に銃弾が撃ち込まれ、「データセンターは不要」という脅迫文が残される事件が発生。その数日後には、テキサス州の大学生、ダニエル・モレノ=ガマ容疑者が、OpenAIのサム・アルトマンCEOの自宅を火炎瓶で襲撃し、企業オフィスにも放火しようとしたとして逮捕されました。彼は殺人未遂と放火の罪で起訴されていますが、無罪を主張しています。弁護側は急性の精神疾患が原因だったとしています。
ウォール・ストリート・ジャーナルの報道によると、AI企業とその従業員に向けられる脅迫は量的に増加しています。各社はセキュリティ予算を増やし、武装警備員を雇う動きを強めており、社員に対し、公共の場で企業ロゴの入った服を着用しないよう助言する企業も現れています。世論調査ではAIへの熱意は急落しており、雇用や物価への影響に対する懸念が、技術が日常生活に浸透するにつれて高まっています。
Stop AIの裁判では、Altman氏が証言することはなく、参加者の一人だったウィン・カウフマン氏に有罪判決と2年の実刑判決が下されました。彼女は8月に収監される予定です。グループは現在も活動を続け、新たなリーダーシップの下で人間絶滅よりも雇用やデータセンター問題に焦点を当てたメッセージを発信しています。
ヤッコ氏は今もStop AIに残り、カーシュナー氏のことを毎日のように考え続けています。もしカーシュナー氏がこの放送を聴いているなら、彼が去ってから国家的な議論が変わり、人々が彼のメッセージを求めていると伝えたいと語りました。
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