見出し画像

「強くあらねば」を手放した先にあったもの。パーソナル編集者と歩んだ1年の記録。


これまでセルフブランディングという言葉とは無縁だったけれど、より自分のことを発信していく必要がある。

そんな思いから始めた「パーソナル編集者」のサービス受講。

前職の小学校教員だった頃は、実名や顔出しのリスクを感じ、SNSとは程よい距離を取っていたように思います。
しかし、転職をきっかけに「これからは個人としてもしっかりと発信していかなければ」という焦りのような気持ちが芽生えていました。

詳しくは、受講を始めた頃に書いたこちらの記事にも残していますが、今振り返れば、どちらかというと「セルフブランディングをしなければ!」という焦りや不安が大きかったように思います。

あれから1年。

パーソナル編集者とともに過ごした時間を振り返りながら、私の中に起きた変化や気づきを、ここに綴ってみたいと思います。



■ 書くことで「生き方」とも向き合った最初の半年

パーソナル編集者と伴走を始めて、最初に取り組んだのは「何を届けたいのか」という問いでした。

ちょうどその頃は、公立小学校からゼロ高に転職し、ライフコーチとしての副業もスタートしたタイミング。今思えば、「自分をすごい人に見せたい」という気持ちもどこかにあった気がします。

実際、最初に書いた記事では「ベンチャー教育機関って書いたら響きがかっこいいんじゃないか」とか、そんなことを考えていました…笑

けれど、少しずつ“書き残したいこと”に向き合うようになり、気づけば記事のテーマは、30歳という節目に感じたことや、子どもが生まれたときのことなど、自分の“生き方”に自然と目が向くようになっていました。

そして半年が過ぎた頃、「何を届けたいのか」から「自分はなぜ書くのか」という問いに向き合っていたように思います。


6月に始めたパーソナル編集者との伴走は、11月で一区切り。
ですが、私は迷わず継続することを選びました。

「もっと自分の人生と向き合いたい」
それもありますが、何よりも、書くことが純粋に楽しくなっていたからです。

自分が書いた記事に反応をもらえる。フィードバックが届く。そんな“読み手の存在”が、書くことの喜びをどんどん膨らませてくれました。

これからまた半年、どんな変化が待っているのか。
そんな期待を胸に、私はこの旅をもう少し続けてみることにしました。


■ 「強く見せなきゃ」を手放していった残りの半年

書くことが楽しくなり、「もっと自分の言葉を届けたい」と思うようになった私は、発信の場をX(旧Twitter)へと広げることにしました。

noteでは、自分の内面とじっくり向き合いながら書くことができたけれど、Xというオープンな場所に出ると、また違った感情が揺れ動きはじめます。

「もっとたくさんの人にポストやnoteを読んでもらいたい」
「コーチとして、信頼される存在に見られたい」

そんな思いが徐々に膨らみ、「強く見せなきゃ」という感覚が、再び私の中に顔を出し始めたのです。

特に、他のコーチや発信者の存在が目に入るようになってからは、バチバチにストイックなルーティンや、キラキラと整った言葉で発信をしている人たちと、自分を比べてしまうことも増えていきました。

もっと有益なことを書かないといけない
日々の行動でより成果を出さないと

そうやって、自分で自分を“発信者モード”に追い込んでいくような感覚もありました。

振り返ると、自分の言葉を広げたいという素直な願いが、また少しずつ「ちゃんと見せたい」にすり替わっていたのだと思います。


■ 等身大の言葉が、人の心に届いた日

そんな状態でXでの発信を続けていた2025年3月。
私は、noteの毎日投稿企画にチャレンジしていました。

この企画はネタのストックもないままの見切り発車。なんとか1ヶ月走り切ることはできたのですが、毎日何を書こうかと頭をひねることに必死な期間でした。

チャレンジも終盤に差し掛かったある日。本当に何も思いつかず、23時を過ぎたあたりで、私はつぶやくような気持ちで下の記事を書きはじめました。

それは、そのときの自分の本音を、ただそのまま綴ったものでした。

読み返しても、特に有益な情報があるわけでもなく、何かドラマチックな展開があるわけでもない。むしろ「こんなこと書いてもいいのかな…」と、投稿ボタンを押すのをためらったほどでした。

けれど、そのnoteが、これまでで一番と言っていいほど多くの反応をもらったのです。

その経験を通して、人って「ちゃんとしてる誰か」よりも、「ちょっと迷ってる誰か」の言葉に共感し、心が動くことだってあるんだなと思わされました。

背伸びして書いた言葉よりも、等身大の言葉のほうが、届くことがある。
その日から少しずつ、「何か有益なことを書かなきゃ」という鎧を、脱げるようになっていきました。


■ AIが書けても、“私”が書く意味は消えない

少しずつ肩の力を抜いて書いていると、同時に、こんな問いも浮かんできました。

「たくさんの人が発信するこの時代に、私が書く意味って何だろう?」
「こんな文章、AIでも書けてしまうんじゃないか?」
「なぜ、そんな大変な思いをしてまで書くのか?」

そんな時、ふと教員時代の先輩に言われた言葉を思い出しました。

あなただからこそ救える子どもがいる

なぜ、その言葉を思い出したのかわからないけど、間違いなく「いま私が書く理由」につながると感じました。

言い換えると、「私が書いたからこそ届く言葉が、きっとどこかにある。
完璧じゃなくてもいい。整っていなくてもいい。

自分の思いや体験を言葉にすることで、誰かの心にそっと触れることができるなら、それはAIにはできない、“私にしか書けないこと”なのだと思えるようになりました。(もちろん、AIは全く使わないというわけでなく、この記事の執筆も手伝ってもらっています。)

書くことは、ただ情報を届けるための手段ではなく、誰かに届けようとするプロセスの中で、自分自身と深く向き合う時間でもあります。

だから私は、これからも書き続けたい。
上手じゃなくても、迷いながらでも、“私の言葉”を、私のペースで届けていきたいと思っています。


■すべての ”書きたい”を支える、パーソナル編集者

書くことって、実はとても孤独な作業。

毎回この白紙の画面から始まる孤独な戦い…

手が止まる日もあるし、書いていて「これ、誰に届くんだろう」と不安になることもあります。

でも、そんなときに隣で寄り添ってくれる人がいるだけで、書くことはずっと楽しいものになりました。

パーソナル編集者というサービスは、ただ“文章を上手にする”ためのものではありません。

自分自身の内面と向き合うための場所を持てること。
自分の声を信じられるようになること。
そして、書くことを通して誰かとつながる喜びを知ること。

それは、書くことの技術以上に、大切な力を育ててくれる時間だったと思います。

このサービスが、もっと多くの人に届いてほしい。

私と同じように、自分の言葉に自信が持てなかったり、「強くあらねば」と頑張りすぎてしまう人にこそ、「あなたの言葉には、あなたにしかない価値がある」と伝えてくれる人と出会ってほしい。

そんな気持ちを書き残して、1年間の記録を終えようと思います。

担当のあずまさん、パーソナル編集者を生み出したみずのさん、そして、ペンクラブの皆様にもこの場をお借りしてお礼を伝えさせてください!
本当にありがとうございました!


パーソナル編集者については、こちらのマガジンにまとめられているので、興味のある方はぜひご覧になってください!


いいなと思ったら応援しよう!

この記事が参加している募集