【 #Dリーグ #オワコン ?】ダンス好きだからこそハマれない…プロリーグ化で失われた自由と違和感の正体【前編】
ダンスは好きだ。
だからこそDリーグに感じる違和感を
無視できない。
スポンサー、勝敗、人気投票、
制作サイクル。
華やかな舞台の裏で
失われているものとは何なのか?
ダンスファン視点で語る。
面白かったらスキ必須!!
この記事はDリーグを
叩きたいわけではありません。
むしろダンスも音楽も
大好きだからこそ感じてしまった
違和感について書いています。
共感した方も、
反対意見の方もぜひ最後まで
読んでみてください。
あなたが感じていたモヤモヤの正体が
見つかるかもしれません。
◻️アンチではない、むしろ逆だ
ダンスと音楽が好きだ。
だからこそDリーグに心から
熱狂できない。
これは炎上狙いでもなければ
否定でもない。
むしろ私はダンスを信じている側だ。
Dリーグは日本ダンス界にとって
大きな挑戦だった。
巨大スポンサーが付き、
豪華な照明があり、
映像演出も充実している。
かつてアンダーグラウンド文化
だったダンスが、
多くの人に届く環境を作った功績は
間違いなく大きい。
実際、Dリーグをきっかけに
ダンスを知った人もいるだろう。
しかし、その成功を認めたうえでなお、
どうしても引っ掛かる部分がある。
それは
「ダンスの本質」と「リーグ運営」が
噛み合っていないように見えるからだ。
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◻️資本が入ると表現は広がる。
でも自由は減る
スポンサーが入ることで表現の幅は広がる。
照明も映像も衣装も予算があるから
実現できる。
個人では不可能な規模の作品を作れる。
これは間違いなくメリットだ。
しかし同時に、
企業が関わる以上は守るべきルールも
増える。
炎上しないこと。
誤解を生まないこと。
企業イメージを損なわないこと。
つまりダンサーは表現者である前に
企業の看板を背負う存在になる。
本来ダンスには毒もある。
反骨精神もある。
見る人によって嫌われる自由もある。
だが企業スポーツ化すると、
その尖りは徐々に削られていく。
自由なアートだったものが、
安全な商品へと変わっていくのである。
◻️勝敗のないものに勝敗を
つける難しさ
Dリーグ最大の違和感はここだ。
ダンスは本当に勝敗を
つけるべきものなのか。
野球なら点数がある。
サッカーならゴールがある。
しかしダンスは違う。評価基準は印象。
好み。
物語。
期待値。
そのすべてが混ざり合って結果になる。
つまり勝敗は客観的事実ではなく、
あくまで多数派の感想だ。
もちろん審査競技として成立はする。
だがスポーツリーグとして考えた場合、
その曖昧さは常につきまとう。
勝っても理由が分かりづらい。
負けても納得しづらい。
これは競技化するうえで避けられない
宿命なのかもしれない。
後編ではオーディエンスポイント問題、
隔週制作の過酷さ、
ベンチメンバー問題など
Dリーグの構造的課題についてさらに
深掘りします。
続きは後編で。
フォローとスキをしてお待ちください。

◻️オーディエンスポイントは
熱量ではなく資本だ
Dリーグにはオーディエンスポイントが
存在する。
建前としては観客の熱量を可視化する
仕組みだ。
しかし実際にはフォロワー数や
人気の持ち込みになりやすい。
その日のパフォーマンスだけではなく、
事前の認知度や物語が結果に影響する。
もちろんエンタメとしては自然な流れだ。
だが純粋にダンスを競うという視点では
疑問も残る…
後編
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