【 #SNS #情報発信 #思考停止 】批判する人ほど発信していない?SNSで見えてきた「批評する人の心理」と情報発信者の思考プロセスを徹底考察!ネット文化のリアルとは!?【前編】
SNSで発信を続ける中で
見えてきたのは、
「批判する人」と「発信する人」の
思考の違いだった。
過去の自分自身の経験も交えながら、
ネット文化における批評、創作、
そして情報発信の本質について考察します。
この記事は
「SNS時代の情報発信」
をテーマにした考察記事です。
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■批判コメントは
昔から存在していた
SNSで記事を書いていると、
時折こんなコメントを受ける。
「知的財産で金儲けしているだけでは?」
最初は少し驚いた。
しかし冷静に考えてみると、
自分の記事はネットニュースを読み、
その内容について自分なりの
視点や考察を書いているだけである。
ニュースを転載しているわけでもない。
長文引用を並べているわけでもない。
デマを流しているわけでもない。
つまり本質的には
「出来事に対する個人的な評論」
である。
実は、この文化自体は昔から存在してきた。
新聞には社説がある。
雑誌には評論がある。
テレビにはコメンテーターや解説者がいる。
出来事を解釈し、
自分の言葉で語る仕事は昔から
存在していた。
違うのは、
インターネットによって誰でも
発信者になれるようになったことだ。
言い換えれば、
評論は一部の専門家だけのものでは
なくなった。
現代は「評論の民主化」が起きている
時代なのである。
PR
■個人メディアも立派な
メディアである
もう一つよく言われるのが、
「記事でPRしてお金を稼ぐなんて…」
という意見だ。
しかし、これもメディアの仕組みを
考えれば決して特別なことではない。
新聞には広告がある。
テレビにはCMがある。
雑誌にはスポンサーがいる。
YouTubeにも広告収益がある。
コンテンツを作り、
その中で収益を得るという構造は
昔から変わっていない。
違うのは、企業だけが
メディアだった時代から、
個人もメディアになれる時代へ
移り変わったことだ。
ブログ、note、YouTube、SNS。
個人でも情報を発信し、
多くの人へ届けられる。
小さくても、
自分だけの新聞社を持てる時代に
なったのである。
■批判する人のアカウントを
見て気付いたこと
ある日、コメントを書いた相手の
プロフィールを見に行った。
そこには日常の出来事や雑談、
軽い感想が並んでいた。
もちろん、それ自体は悪いことではない。
ただ一つ気付いたことがあった。
オリジナルの記事や
考察を書いている人は意外と少ない。
もちろん例外はある。
優秀な評論家もいる。
鋭い分析をする人もいる。
しかし体感として、
創作や発信をしていない人ほど
批判側に回る傾向はあるように感じた。
それは相手を否定したいからではなく、
立場の違いによって見えている景色が
違うからなのかもしれない。
この違和感には、実は「昔の自分自身」が
深く関係していました。
続きは後編で。
発信者と批評者、
それぞれの立場から見える世界を
さらに掘り下げます。
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■昔の自分も批判する側だった
実は、過去の私も同じだった。
誰かの記事を読んでは…
後編
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洗体代にしますね🥹