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 時代小説「放浪の果てに」第二話

                                                                                           作:yoshi
第二話 似た境遇
私の先祖の鈴木一族は、元々は紀伊の国の国衆で、それが何事かを機に四百年以上前に伊豆の恵梨村付近に移って来たと言われております。
その後はご存じかと思われますが、小田原の北条に家臣として小田原開城迄仕えました。それが今から百年ほど前になります。

当時西伊豆の海は、田子の山本水軍と江梨の鈴木水軍が割拠しておりました。両水軍共に北条の水軍として名を馳せておりました。
太閤様の小田原征伐では、両水軍共に伊豆水軍として勇猛に戦いながらも、最後には多勢に無勢で伊豆の各地へ敗走してしまいました。

おちよさんの目にはうっすらと涙が滲んでいた。それを俯きながら右の手でで拭った。

 突然の話に私は度肝を抜かれた。「そうですか、時が時ならお姫様でしたね」とそんな言葉しか出なかった。
おちよさんは涙を収めると、元の凛とした顔に戻って、「今度は旦那さんのお話をお聞かせ下さい」と黒く輝いた瞳を私に向けた。

私は雲行きが悪くなってきた事を感じた。
「実は、私は武士と言われる筋合いのものではないのです。確かに、おちよさんが風呂で見た様に刀傷のある武骨な体をしていますが」
・・・。
「ではどうして身分を偽っておいでなんでしょうか」と責めて来た。さらに「この宿には三島代官所のお役人も立ち寄ります。そんな中で宿帳に誤記載があれば父がお咎めに会います」と続けた。
私はこの十年余り全国を旅してきたが、こんなに簡単に私の素性がばれるとは想像だにしていなかった。

 私はその時、ここらあたりが年貢の納時かなと思った。

何時も宿に泊まるときはあれほど細心の用心をしていたのに、あどけない娘さんについ心を許してしまった。あのお風呂で背中を流してもらったのが決定的だったのか。それに貴重品まで預けてしまった失態。
しかし、もう悔やんでも仕方がない。私はおちよさんにどうしたらいいのか尋ねてみた。

おちよさんは落ち着いた声で「父に会ってお話し下さい」と言った。

 私は「お父上はどこにおられますか」と尋ねた。すると、「あの帳場に座っていたのが父です」と言った。
「父は旦那様と対面した時、あなた様の所作で商人ではないと判ったと言っていました」
私は観念して「お父上と是非対面させてもらいたい」と頼んだ。
もう、戌の刻を過ぎていた。おちよさんは行燈の灯を消して奥の部屋へ私を案内した。

灯りが灯った部屋の前で正座して「おとっつあん、お連れしました」と障子の向こうに呼びかけた。
中から宿帳記入の時に聞いた声が「お入り願って」と聞こえてきた。
私は正座の姿勢を正して、深くお辞儀をしてから中へにじり入った。後ろの障子は静かに閉められ、おちよさんは下がったようだった。

私は主人を前に肝を据えた。
主人は穏やかな口調で「旅でお疲れの処申しわけござりません」と白髪の頭を下げた。
そして、「私どもも、公儀との対面上見過ごすわけにはいかなくてねぇ」と諭すようにいった。その時、障子の外から「お茶をお運びしました」とおちよさんの透き通った声がした。
おちよさんは盆に湯飲みを二つ載せてきて、それぞれの前に置いた。そして、小さくお辞儀して障子の外へ出ていった。主人は、私にお茶を進めて自分もひと口飲んだ。主人が何か言おうとしたとき、私は懐からあぶらしゃにくるまれた判物を出し、主人に差し出した。

主人はそれを押し頂くようにして受け取った。
その判物に暫く見入っていた主人は、一瞬当惑した顔を見せたが、私に向かって「たいへんご苦労な事でした」と目頭を押さえた。
「ちよから聞かれたかも知れませんが、私ども一族郎党は小田原征伐の時、命を賭して最後まで戦いました。しかし、相手は多勢で最後は、抵抗空しく蹴散らされてしまいました。
その後長い間伊豆の山河にそれぞれ身を隠し隠遁生活を送りました。あれから百有余年住み慣れた土地も、武士としての地位もすべて捨てて、残ったのは武士としての誇りだけで、刀を鍬に持ち替えてその地域で根を張ってまいりました」主人は、お茶をまたひと口啜って、涙と一緒に飲み込んだようだった。そして私に「境遇としては、私ども一族と似たところがあり、同情に値します」と言った。
主人は立ち上がると障子を開けて、「ちよー」と大きな声で呼んだ。そして、「酒の支度だ」と叫んだ。
第三話へ

尚、本作は、歴史上の事実や伝承をベースにしつつ、史料の「空白」の部分を作者の想像で埋めた歴史エンターテインメントです。史実とは異なる展開や独自の解釈が含まれますが、江戸時代の息遣いを感じる物語としてお楽しみいただければ幸いです。


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