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時代小説「放浪の果てに」第三話

作:yoshi

第三話 夜更けの酒席
夜もすでに亥の刻になり、すっかり暗くなった。
明日早い出立のご人はもうそろそろ就寝の時刻になる。

主人はこの時間に酒と肴をおちよさんに準備をさせた。
肴の膳には、沼津の蒲鉾や芋の煮っころがし、鮎の塩辛(うるか)などが供されていた。
主人は、「こんな物しかござりませんが」と言って私に酒をすすめた。
酒が進むうちに主人の口から「世が世であれば、こんな酒席はありえないことですな、そちらが豊臣方で私は北条方でしたから・・・」私はそれに答えて「そうでございますね、お互い太刀で相まみえていたかもしれません」と応えた。
続けてご主人は私に尋ねた「今の世をいかにお思いになりましょうか」と、私は「平穏が続き武士の世の中から商人の世の中に変わりつつあるのを感じております」と答えた。
主人は、感慨深そうな顔で「そうですね、お金が力をもって、武士の儀が廃れてきました」と言って、盃を傾けた。

そして、私の顔を見て「ところで、あなた様はこの後どういたすおつもりでしたか」と尋ねられた。
私もお猪口に手酌で注いで「素性を知られたいま別段考えておりません」と、注いだ酒を一気に口に流し込んだ、その勢いで「ご主人の出方次第です」と言おうとしたが言葉を飲んだ。

その後、肴のうるかを箸で摘まんで口へ入れて見た。これは「珍味ですね」と言うと、主人は笑って「その塩辛い中に少しの甘さと渋さが癖になるんですよ」と言った。
そして主人は渋い話をした、「本来なら咎人として公儀に召し出すところですが、それでは私の儀に反します」と言い、続けて「あなた様のこれからの目的が定まらないと言われるのなら、処遇は私どもにまかせてはもらえませんか、そしてくれぐれも軽率な行動は差し控えてていただきたい」と付け加えた。
「私どもがこうして旅籠を営んでいられるのは、あるお方のお力添えがあってこそでございます。そのお方にご迷惑が及ばないためにも、明日箱根の関所を通ることは控えていただきたいのです」との言葉に、私は一瞬主人の顔を見入った。

私は観念した口調で「私に課せられた仕事はこの十年程で殆ど終わりました、後はこのまま果てても構わないと思っています」と答えた。
すると主人はキッとした顔になり「それでは先立たれた方々の意に反しませんか、それより静かなところでこれまでの旅の疲れをとって、方々の菩提をお弔いなすってはいかがですか」と諭すような口調で言い含めて来た。
さらに「私どもの遠い親戚筋にあたるお方が伊豆に居ります。そのお方を紹介いたしましょうか」と身を乗り出してきた。

「そのお方は三島代官所に用事向きの際は必ず私どもの宿をご利用していただいておりました」と言った。
私はあまりにも唐突な話に暫らく声を失った。
主人は「そうでしょうねぇ、突然言われても答えようがないですよね」と言うと、部屋から出ていった。わたしは、暗い壁を見ながら思いを巡らせた。暫くすると、おちよさんが障子の外から「失礼いたします」と言って入って来た。

「旦那様もう時刻も遅くなりましたからお休みになりますか」と聞いた。私は「ご主人様は」と聞くと、「明日があると言ってもう休みました」と言った。
さらに「父からの伝言で、旦那様にじっくりお考えいただくようお願いしてくれと言っておりました」と話した。そして、「旦那様今日はこの部屋でお休みください」と言って、膳を片付けて桐の間から私の荷物を運んできて来てくれた。

私が厠へ行っている間に布団が敷かれてあった。脱いだ脚絆や足袋などは洗濯して置きましたと言っていた。時は子の刻近くなっていた。いつもなら明日早朝の出立のため寝入っている頃だった。
しかし今夜は行燈を消してもなかなか寝付けず、暗い天井をただ見つめていた。はたして、伊豆の国とはどんな処なんだろうか。
第四話へ

尚、本作は、歴史上の事実や伝承をベースにしつつ、史料の「空白」の部分を作者の想像で埋めた歴史エンターテインメントです。史実とは異なる展開や独自の解釈が含まれますが、江戸時代の息遣いを感じる物語としてお楽しみいただければ幸いです。


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