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「春のこわいもの」 川上未映子 著 新潮文庫

短編集です。全ての物語の奥底には、コロナ禍の不安が流れています。コロナに対する恐怖やそれに伴うパニックについて書かれているわけではないのですが、コロナという存在が、人の心の暗部を感じさせます。

「あなたの鼻がもう少し高ければ」
整形をしようと考えている女性と整形にのめり込んでいった女性たちの話です。

主人公トヨの大学のリアルの友達や知りあいは、最近は口をひらけば多様性とか自尊心とか、ルッキズムに反対しますとか、そんなことばかりを口にするようになっていた(p.21)のですが、トヨは、「そんなの噓じゃん」と感じています。

女性による女性に対する辛辣な言葉が次々と出てくる小説です。男性作家が書いたら炎上しそうな表現がたくさん・・。

ポリティカル・コレクトネスもアンチポリコレも行きすぎると歪なものになります。


「ブルー・インク」
男子高校生が主人公の不思議な小説です。読んでいるうちに、まるで村上春樹のような男性作家が書いているのかなと錯覚しまうような小説でした。
もう一人の登場人物である女子生徒の言葉が印象的です。

「一度書かれたものは、どうしたって」
「残ってしまうから」
「わたしは、それがとても怖い」(p.79)

きっと……何かが起きたときに、誰かにちゃんと見つけてもらえる人と、誰にも見つけてもらえない人がいるんだと思う。(p.90)

そこになにかある、でもそれがなんだかわからない・・・そんな小説です。この本の中で、一番好きな小説かも。


「娘について」
主人公よしえは母子家庭で、高校時代からの友達見砂杏奈(みさごあんな)は、裕福な家庭の娘です。よしえは作家を目指し、見砂は女優を目指します。
見砂は、おそらく母の”ネコさん”の方針で、「病院にはいかない。市販薬も飲まない。精製された白い物は食べない。昔からお世話になっている先生が処方している漢方と水に依存しており、見砂はあらゆる予防接種を受けずに育てられ(p.116)」ました。
見砂は言います。
「たしかにうちのお母さんは心配しすぎだし、色々と問題あるとは思うけど、でも愛だから。ぜんぶ愛なんだよね。娘を愛してるって気持ちに間違いはないから。わたしはそれを、わかってるから(p.128)」
それは、愛ではありません。「逃げなさい。全力で、後ろを振り返らずに・・・」と、僕の心の中の声が言っていました。
よしえはなぜか、見砂杏奈のことを、「杏奈」ではなく一貫して「見砂」と表現しています。「見砂」は「杏奈」になるチャンスがあったのに・・・。そして、よしえは、「よしえ」のままでいられるのでしょうか?

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