医療専門職教育におけるグリットとレジリエンスの整理
論文の紹介
タイトル
Review of Grit and Resilience Literature within Health Professions Education
(医療専門職教育におけるグリットとレジリエンスに関する文献レビュー)
著者・雑誌・発行年
Jaclyn M. Stoffel, Jeff Cain
American Journal of Pharmaceutical Education, 2018
論文の概要
本研究は、医療専門職教育における「Grit(グリット)」と「Resilience(レジリエンス)」に関する研究を整理したレビュー論文です。
近年、医療教育の分野では、知識や知能だけではなく「非認知能力(non-cognitive traits)」の重要性が注目されています。
非認知能力とは、
・モチベーション
・粘り強さ
・態度
・ストレス耐性
・感情コントロール
など、知能テストでは測れない心理的特性を指します。
医療職は
・長期にわたる専門教育
・強いプレッシャー
・患者の生命に関わる責任
・精神的ストレス
など、非常に負荷の高い職業です。
そのため、困難な状況でも努力を続けられる力が、医療専門職の成功や幸福感に関わる可能性が指摘されています。
そこで本研究では、特に次の2つの心理特性に注目しています。
Grit(グリット)
長期的な目標に対する情熱と粘り強さ
失敗や困難があっても、「努力を継続する」「目標に向かって取り組み続ける」といった特徴を持つ人の心理特性
Resilience(レジリエンス)
困難やストレスから回復する能力
「失敗から立ち直る」「ストレスに適応する」「精神的健康を回復する」といった「回復力」の概念
この論文では、グリットとレジリエンスが医療教育の中でどのように研究されてきたのかを整理し、
・学業成績
・生活満足度
・学生のメンタルヘルス
との関係をレビューすることを目的としています。
主な研究結果
▶ レジリエンスと学業成績
レジリエンスと学業成績の関係については、研究によって結果が異なっていました。
ある研究では、レジリエンスと成績の相関はr = 0.11と非常に弱く、明確な関連は確認されませんでした。
一方で、看護学生を対象とした研究では、
・1年次GPA:r = 0.21
・臨床成績:r = 0.25
と、弱いながらも正の相関が確認されています。
つまり、レジリエンスは学業成績と関連する可能性はあるものの、決定的な要因とは言い切れないという結果でした。
▶ レジリエンスと生活の質
ブラジルの医学生約1,350人を対象にした研究では、レジリエンスの高い学生ほど
・生活の質(Quality of Life)
・教育環境への満足度
が高いことが示されました。
さらに、
・不安
・抑うつ
のスコアも低い傾向が確認されました。
つまり、レジリエンスは学業成績よりも、むしろ心理的健康と強く関係している可能性が示唆されています。
▶ ストレスとレジリエンス
中国の医学生約3,000人を対象とした研究では、
・ストレス → 生活満足度:負の関連
・レジリエンス → 生活満足度:正の関連
が確認されました。
また、レジリエンスはストレスと生活満足度の関係を媒介する要因として働くことが示されています。
つまり、ストレスが高い環境でも、レジリエンスが高い学生ほど幸福感を維持しやすいと考えられます。
▶ グリットと学業成績
グリットに関する研究は非常に少ないものの、薬学生を対象とした研究では、グリットが高い学生ほど高GPAである可能性が高いことが示されました。
具体的には、GPA 3.5以上の学生では相対リスク(RR) = 1.8となっており、グリットは学業成功と関連する可能性が示されています。
全体像として重要なポイント
本レビューで特に重要なのは、医療教育では知識だけでなく心理的資質も重要であるという点です。
医療職は、
・長時間の学習
・失敗や挫折
・患者さんの死や苦しみ
・高い責任
など、多くのストレス要因に直面します。
そのため、困難に対処できる心理的能力が重要になります。
しかし本研究では、グリットやレジリエンスにはいくつかの課題があることも指摘されています。
例えば、
・定義が曖昧
・測定方法が統一されていない
・自己申告バイアスがある
などです。
また、グリットは誠実性(conscientiousness)という性格特性と強く重なるという指摘もあります。
そのため、本当に独立した概念なのかについては議論が続いています。

結論
本研究は、医療専門職教育におけるグリットとレジリエンスの研究動向を整理したレビュー論文です。
結果として、
・レジリエンスは生活の質やメンタルヘルスと関連する
・グリットは学業成績と関連する可能性がある
・しかし研究数はまだ少ない
ことが示されました。
また、グリットやレジリエンスは測定が難しく、概念も複雑であるため、今後さらなる研究が必要であると結論づけられています。
医療教育においては、
・メンタルヘルス支援
・メンタリング
・社会的サポート
など、学生のレジリエンスを高める教育環境の整備が重要になると考えられます。
面白かった点
個人的に興味深かったのは、医療専門職教育におけるサポートと成長のバランスの難しさについて議論されている点です。
近年の教育現場では、学生の精神的安定や退学防止が重視されています。しかしその一方で、過剰なサポートが臨床現場の厳しさに対応できない卒業生を生む可能性も指摘されています。
実習教育の現場では、次のような難しさがあると感じました。
「優しさ」と「厳しさ」のバランスをどう取るか
心理的安全性を守りながら臨床の現実を伝えること
失敗を許容しつつ責任ある専門職として育てること
特に印象的だったのは、失敗を「能力の欠如」ではなく「成長の機会」と捉える視点です。
医療職は失敗や挫折、強いプレッシャーを避けることができない職業でもあります。そのため教育の段階から、失敗しても立ち直れる力=レジリエンスを育てていくことが重要であり、この点がグリットという概念の核心なのだと感じました。
教育・マネジメントへの示唆
この研究から得られる示唆は、医療教育だけでなく組織マネジメントにも当てはまると感じました。
レジリエンスやグリットを育てるためには、個人の努力だけに依存するのではなく、環境として支える仕組みを整えることが重要です。
例えば教育環境としては、次のような仕組みが考えられます。
メンターシップ制度
ピアサポート
リフレクション(振り返り)の習慣化
臨床現場のロールモデルのキャリアや「グリットの物語」に触れる機会
成功の裏にある粘り強さを知ることで、学生や若手スタッフは短期的な結果だけではなく、キャリアを長く続けていくための長期的な視点を学ぶことができるのではないかと感じました。
