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第3回 選手が感じているのは「スペース」ではなく「時間」であるーーサッカーという構造|新章

試合後のインタビューで、選手はよくこう言う。

「時間がなかった」
「余裕がなかった」
「プレッシャーがきつかった」

しかし、彼らが最初に口にするのは「スペース」ではない。

彼らが語っているのは、時間の感覚だ。

選手が感じているのは、空間ではない。
時間である。


「時間がある」とはどういう感覚か

ピッチの上で、選手は何を感じているのか。

「時間がある」という感覚は、単に周りが空いているという意味ではない。
相手が遠い。寄せが遅い。身体を向け直せる。次のプレーを選べる。

つまり、プレーを完了するだけの余裕があるということだ。

パスを出す時間がある。
ドリブルで前に進む時間がある。
シュートを打つ時間がある。

反対に、「時間がない」という感覚は、相手がすぐそこにいるということだ。

ボールを持った瞬間、相手が寄せてくる。
前を向く前に身体をぶつけられる。
パスコースを探す前に、足を出される。

そのとき選手は「スペースがない」と言うよりも、こう感じている。

間に合わない。

選手が「プレッシャーがきつかった」と言うとき、それは相手が近かったということだ。
そして、相手が近いということは、自分に残された時間が少なかったということだ。

空間の話ではない。
時間の話なのだ。


スペースという言葉の正体

では、「スペースがある」とは本当は何を意味しているのか。

それは、時間があるという意味である。

「スペースがない」とは何を意味しているのか。

それは、時間がないという意味である。

私たちは長い間、スペースという言葉を使いながら、実は時間について語ってきた。

あそこにスペースがある。
そこを使え。
スペースに走れ。
スペースを消せ。

こうした言葉は、すべて空間のように見える。
しかし本質は違う。

本当に問題になっているのは、その場所にいることではない。
その場所でプレーを完了する時間があるかどうかだ。

なぜ私たちは、時間ではなくスペースという言葉を使ってきたのか。

理由は単純だ。

時間は目に見えない。
空間は目に見える。

ピッチ上の空いた場所は、映像でも確認できる。
図にも描ける。
矢印も引ける。

しかし、その選手が感じている「あと0.5秒ある」「もう間に合わない」という感覚は、目に見えない。

だから私たちは、目に見える空間を語ることで、見えない時間を表現しようとしてきた。

しかし、その表現には大事なものが抜け落ちる。

スペースは、ただの場所ではない。
時間を伴って初めて、スペースになる。


スペースは主観的だ

ここで重要になるのが、スペースは主観的だということだ。

同じ場所でも、ある選手にとってはスペースであり、別の選手にとってはスペースではない。

なぜか。

選手によって、その時間の中でできることが違うからだ。

技術の高い選手は、短い時間でもプレーを完了できる。
ボールを止める。
身体の向きを作る。
パスを出す。
シュートを打つ。

これらを短い時間で終わらせることができる。

一方で、技術が足りない選手にとっては、同じ状況でも時間が足りない。
ボールを止めるだけで遅れる。
前を向く前に寄せられる。
シュートの準備をしている間に、コースを消される。

つまり、同じ場所でも、選手によって「使える場所」かどうかが変わる。

それは空間の違いではない。
時間を処理する能力の違いである。


横山選手のゴールが示したもの

岡山対C大阪戦の横山選手のゴールは、その象徴だった。

場所だけを見れば、決して余裕のある場面ではなかった。

ゴールエリアの奥深く。
ゴールラインはすぐそこ。
角度も限られている。

平均的な選手なら、そこで折り返すかもしれない。
一度ボールを止めるかもしれない。
シュートを選ぶには、狭すぎると感じるかもしれない。

しかし横山選手は、ボールを止めなかった。
トラップで流し。
そして、守備が正しいポジションを取り直す前に、シュートまで終わらせた。

これは単に、空いている場所を使ったプレーではない。

守備が間に合わない一瞬の時間を使ったプレーだ。

横山選手には、その短い時間の窓の中で、シュートを打ち切れる技術があった。
だから、他の選手ならスペースと感じない場所でも、横山選手にとってはスペースになった。

ここに、スペースの本質がある。

スペースとは、誰にとっても同じように存在するものではない。
その選手が、その時間の中で何を完了できるかによって変わる。

だから「あそこにスペースがある」という言い方は、実は少し正確ではない。

正確には、こうだ。

「あそこに、その選手にとってのスペースがある」

そして、そのスペースで何ができるか。
つまり、与えられた時間の窓の中で、何を完了できるか。

そこに、選手の差が出る。


スペースではなく、時間を語れ

戦術の言葉は、長い間スペースを語ってきた。

スペースを作る。
スペースを消す。
スペースに入る。
スペースを使う。

もちろん、それらの言葉は間違いではない。
しかし、それだけでは足りない。

なぜなら、選手が実際に感じているのは、空間そのものではないからだ。

選手が感じているのは、時間である。

プレーできる時間があるか。
判断する時間があるか。
身体を向け直す時間があるか。
相手より先にプレーを終えられるか。

この連載は、その言葉のずれを問い直す試みだ。

スペースという言葉を、時間という言葉に置き換える。
すると、サッカーの見え方が変わる。

スペースを作れ、ではなく、時間を作れ。

スペースを消せ、ではなく、時間を消せ。

スペースに入れ、ではなく、時間が生まれる間に入れ。

言葉が変わると、見え方が変わる。
見え方が変わると、試合の読み方が変わる。

サッカーは、空間を奪い合う競技に見える。
しかし本質は、時間を奪い合う競技である。


次回予告

では、時間はどうすれば生まれるのか。
そして、時間はどうすれば消えるのか。

次回はその仕組みを解剖する。

攻撃が時間を作るとはどういうことか。
守備が時間を消すとはどういうことか。

サッカーの本質は、ここからさらに見えてくる。


参考動画(※音が出ます)

参考記事

第2回

連載計画


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